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カブトムシというだけで持て囃された時代は遠い昔に去ってしまった。
海外からカラフルでキラキラしたカッコイイ奴らがどんどん入ってきて、黒いだけでもう若くもない俺なんて売れ残るに決まっている。
そんなこんなでショップの隅っこで歳食って値段も下がった俺を買ったのは、小さな子供だった。

「僕、これにする!」
「いいのかい? もっとかっこいいのもまだ若いのもたくさんいるんだよ?」
「だって、こいつなら僕のお小遣いでも買えるもん」

店員に対して天使のような笑顔を振りまき、更に割引された値段で俺は彼の元に渡った。

「俺みたいなので、本当にいいのか?」
「ん? 僕、カブトムシ大好きだよ!かっこいいし!これから仲良くしようね」

にこ。と花が咲くような笑顔。慌てて頷く。
ずっとひとりで過ごしてきた俺は、他のだれかと一緒に生活するのが楽しみだった。もう叶わないかと思いかけてたけど。
まさかそれが、こんなにかわいらしい子に叶えてもらえるなんて夢のようだ。



彼の名前はひなたというらしい。
俺を飼ったのがよほど嬉しいらしく、やたらと世話を焼いてくる。

「ほら、ゼリーだよ」
「え、いや、そのまま食べられる」
「いいの! 僕が食べさせてあげるから」

今日は指ですくったゼリーを差し出された。自分でできるといってもひなたは言い出すと聞かないタイプで、どうしていいかわからず狼狽えていると、指を口元に近づけられる。

「ほら、食べて」
「あ、ああ」

仕方ない。
言われたとおりぺろ、と舐めとると、甘くて美味しい味が口に広がる。

「美味しいでしょ!」
「ああ、美味い」
「もっと欲しい?」

頷くと、ひなたは意地悪そうに見せた(実際は天使のようなのだけど、本人はたぶんそう意識しているような)顔で、ゼリーのパックを遠ざける。

「欲しいって、お願いしてくれなきゃあげない!」

可愛すぎる仕草に、思わず頬が緩みそうになる。だけど子供扱いばかりしているとひなたが拗ねてしまうので、困ったふりをして乗っかってみせてやる。

「ほ、欲しい、から、食べさせてくれ」
「ふふ、いーよ。はい」

目論見が上手く行ったからか嬉しそうに笑ったひなたは、今度は二本の指で多めにすくったのを、口の前に差し出してくれる。
指先にたっぷり乗ったゼリーをこぼさないように、まずは指ごと咥える。歯を立てないように気をつけながら舐めとると、ひなたはくすぐったそうに笑う。

「おいしそーだね」

食べてるところをじっと見られるとどうにも恥ずかしくて目をそらすと、ひなたは咎めるような口調で俺を叱る。

「だめだよ。ちゃんと僕のこと見て食べなきゃ」

目を合わせたまま、また新しいゼリーを食べさせられる。気恥ずかしくて仕方ないけど、お腹はすいてるしゼリーは美味しいしひなたは嬉しそうだから、黙々と運ばれるそれを食べ続けた。スプーンがわりの指先がふやけそうだ。

「うん! ちゃんといっぱい食べれたね!」

結局一パック分そうやって食べ切ると、それを確認したひなたにいい子いい子! と頭を撫でられた。かわいい。

「美味しかった?」
「美味かったよ。ありがとう」

柔らかくてふわふわの髪の毛を撫でかえすと、嬉しそうににこにこする。天使だ。

「僕、君が美味しそうに食べてるとこ見たらなんか嬉しくなっちゃうな」
「そう、か?」
「うん!」

きらきらの笑顔を摺り寄せてくるひなたはかわいくて仕方ない。
自分以外の誰かに世話を焼かれる感覚も悪くなくて、いつの間にかひなたに言われるがままになることを不思議に思わなくなってきた。