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魔王は容赦するということを知らなかった。
東の村から勇者が旅立つという情報を仕入れては、近辺の魔物を弱いスライムから強いゴーレムに変え、一年かけてひとりでゴーレムを倒せるようになったという情報を仕入れては村にドラゴンをけしかけた。

しかし魔物とその手下は、人間を殺しはしなかった。それが今の魔王の方針だからだ。
あらがうものにはそれ相応の攻撃をしかけたが、一般の人間や女子供には絶対に手を出さない。あるいは盗賊や海賊から村を守り、感謝されている魔物もあるらしい。ただ、魔王に反逆しようとする者にだけは容赦がなかった。


「行ってくるよ」

きりっとした表情の勇者は、家族に向き直る。

「別に魔王さんを倒すことないじゃない。ゴーレムさんが来たおかげで盗賊の被害だってぐんと減ったのだし」
「そうはいかないよ。それに、ドラゴンが来たときだってすごく怖かっただろう」
「あなたを攻撃しているドラゴンさんは怖かったけど、この間の地震で塞がった泉の水源を直してくれたし……」
「やめてくれ!僕だけが嫌われているのはなんとなく気付いているんだ!」

生まれた時から勇者の刻印を持つ勇者は、古くからの言い伝えで魔王を倒すという運命にある。過去であれば歓迎されたそれも、数百年前に現在の魔王になってからは特に必要とされていない。今の魔王は、昔のようにただ城で悠々と生活し、手下を使い人間を襲い金や食べ物を奪うだけの魔王ではない。村ごとに無理のないよう特産品を納めさせ、冷害や日照りが続けば力になる魔物を派遣し、犯罪者から弱いものを守るという、権力を正しく利用した支配者だ。人間の国王が汚い手で取り入ろうとした時も屹然とした態度で対応し、賄賂はすべて国民のもとへ返した。ただ、魔王の権力を脅かす者にだけは容赦がないのだ。


家族との別れはあまり気持ちのいいものではなかったものの、なんとか気を取り直して旅に出かける。本当に容赦がない。最初のダンジョンから魔導師とたたかうなんて聞いていなかった。それでも勇者はたたかった。どうして魔王を倒さなくてはいけないのかわからなかったものの、運命にはあらがえないのだ。

勇者は馬鹿みたいに強くなった。仲間なんて出来そうにないので、ひとりで魔法を使い武道をこなし回復も自分で行った。教えてくれるものもいないので、すべて独学だ。
そしてついに魔王の城へとたどり着いた。長かった。勇者はもうくたくただった。気を使って負けた後栄養ドリンクを落とした魔物にたたかう意味を見失いかけたこともあったが、それでも勇者はたたかった。早く解放されたかったのだ。

勇者は魔王を倒せば魔王の呪縛は解け、腕に刻まれた勇者の刻印も消えるらしい。ようやく普通の人間として暮らせるのだ。それだけが望みだった。何をしていても駆り立てられる焦燥感。どこにいても襲いかかる魔物。他人の冷たい視線。そのすべてにもううんざりしていた。壊してしまいたかった。そのためには、魔王を倒すしかないのだ。


目の前にした魔王は、普通の人間と大差ないようだった。小さな角と長いしっぽがあるくらいで、あとは至極普通だ。袴のような服を着ている。

結論から言うと、魔王は勇者よりも何倍も強かった。もとより、ひとりで勝てる相手ではない。圧倒的な実力の差で何度も負けた。勇者はもうカンストしたステータスを見て諦めたくなる。心情的にはもうすっかり諦めていた。村に帰って普通に生活したかった。勝てるわけがないのに挑むことに疲れてしまっていた。それでもたたかわずにはいられないのだ。勇者は自分の運命を恨むあまりに、魔王のことも憎らしくなっていた。



「また来たのか」

冷たい薄ら笑いを浮かべる魔王に、勇者はいつもと違うことを悟られぬように黙っていた。

「まあいい。いつもの通りひねりつぶしてやる」

魔王が指を鳴らすと戦闘が開始する。それがいつもの流れだ。魔王が手をあげる。指が鳴る直前に、勇者は麻痺魔法を放つ。虚をつかれた魔王はあっさりと引っかかり、身体が動かなくなる。

「おい、どういうことだ、卑怯だろう!」

不自然に手を上げた状態で固まった魔王が叫ぶ。

「僕だってこんなことしたくないんですよ。でも、お前を倒さないと普通の人生が歩めないんだ」
「知ったことじゃない!さっさと魔法を解け!」
「最低なのはわかっています。でも、これしか手がないんだ。最後に聞きます。負けたって言ってくれませんか?」

勇者の言葉を聞き入れない魔王に、勇者はため息をつく。

「後悔したって遅いんですよ。最低なことするって言ってるんですから」


ステータスだけでは勝てないと悟った勇者は、ありとあらゆる魔王の情報を集めた。歴史書や文献を読みあさり、カジノやバーでささやかれる些細な噂を聞いて回った。
行き着いた結果は、『魔王は快楽に弱いらしい』ということだった。

どうせなりふり構っている場合ではないのだ。勇者らしからぬ勝ち方だって構わない。勇者を辞めたくてやっているのだ。もしそれで勝てれば万々歳だ。

「一体どうする気なんだ」

冷静な態度が戻った魔王に、勇者は無言で近付く。上がった片方の手ともう片方の手を頭上で束ね、魔力を封じる包帯でしばる。

「痛くないですか?」
「……なんのつもりだ」
「せめて痛いことはしたくないので」

決意して来たものの、罪悪感は揺るがなかった。なにせ、魔王は悪というわけでもないのだ。こちらを見据える冷めた目が痛くて、ネクタイで目隠しをする。

さすがに身体の自由を奪われ視界まで失うと魔王でも怖いらしい。身体は強ばっていて、表情から余裕が失われる。

「なに、を」

ちゅ、と唇を重ねる。抵抗できないのをいいことに、唇を舐めて、舌を絡めて、好き放題にしてやる。一生懸命に閉じようとしていた口はだんだん半開きになり、甘い吐息が漏れる。口の端から伝う唾液がいやらしい。

「はぁ、ふ、ぁ」
「ごめんなさい、こういうことです。聞き入れてくれるまでエスカレートする予定ですけど、負けてくれますか?」
「ん、だれが、お前なんかにすきにさせるか……!」

強く言い切った台詞も迫力がない。だからといって同情していては進まないので、宣言通り行為を先に進める。

玉座に力なくしなだれかかった魔王の襟元をゆるめ、袴を脱がせる。薄い生地の着物をバスローブのように羽織った状態まで脱がせて、再度問いかける。

「どういうことかわからないってことはないですよね? 本当に、やめるなら今ですよ」

勇者の言葉を魔王は無視する。唇を噛んで口をつぐんでいる。勇者は仕方なくその肌に触れる。びくっと身体がはねた。

「魔法解きますけど、抵抗しないでくださいね」

魔王の身体が軽くなる。手は呪縛で動かないが、足は自由に動くらしい。蹴りを入れてやろうと上げた足はからめ取られて、身体がふわっと浮く。横抱きにされたらしい。

「ベッドとかないんですか」
「……」
「身体、痛くなりますから」
「構わないから好きにしろ」
「あ、ここ私室ですね。入りますよ」
「なんで知ってるんだ!」
「何年も研究してるんで。お邪魔します」

玉座の裏の隠し扉の先にある部屋に入り、ベッドの上に優しく下ろす。

「意外と質素な部屋ですね」
「部屋なんて寝られればいい。寝床のない村もあるんだ」
「……あなたがもっと悪い人だったらよかったのに」

唇を首もとに寄せて息を吹きかけると、魔王の身体はぐっと強張る。口は声を漏らさないよう強くつぐまれていて、痛々しい。

「いつでも負けたって言ってくれればやめますから」

ぺろっと鎖骨を舐めて、指を腹にはわせる。着物の合わせ目が肌を滑って、その感覚にすら震える魔王に勇者は激しい罪悪感と少しの劣情を覚える。

「言うか、っ、死ね」
「いやです」

胸の先端を口に含む。舌先でもてあそぶと面白いくらい身体がはねる。それでも頑なに開こうとしない口は強情だ。

「やり過ごせると思わないほうがいいですよ」

勇者は呟くように言った後、ゆらゆら揺れたりぴんとはりつめたりするしっぽを指で絡め取る。すーっと触れるか触れないかという強さで付け根までなぞり、また反対になで上げる。

「あっ、や……っ、ふぁ」
「知ってました?そんなに気持ちいいって」

指をリングのようにして、上下にこする。先端を口にくわえて舌でつつくと、もう声も止められないらしい。

「ゆう、しゃっ、やめ、も、おかしくなる、から……!」

ずれたネクタイの下からのぞく目は涙で潤んでいて、口はひっきりなしに甘い吐息と懇願の声を漏らす。

「負けたって言いますか?」
「……んっ、それ、は、むり、」
「まあ、痛いことはしないって約束しましたからね」

最後にぺろっと舐めあげて、しっぽから口を離す。指も外すと、魔王ははぁはぁと息を整える。

「っていうか、イっちゃってるじゃないですか」

下着の色が濃くなっているのを見られ、魔王は赤面する。ぐちゅ、と下着の上から触られただけでまたあられもない声を上げる魔王に、勇者はため息をつく。

「もう負けていいじゃないですか。別に僕は国がとりたいわけじゃないし、刻印さえ解ければそれでいいっていうのは分かってるでしょう」
「私を倒すのがお前の本能なら、同じようにお前に倒されないのが本能、なんだよ。本当なら、こんな目に合う前に降参している」

なるほど、と勇者は頷く。倒さなくては進めないのが自分の運命なら、それを拒むのが魔王の運命らしい。その運命の絶対的な力を理解できるのはおそらく魔王と勇者の二人だけで、決着をつけるほかなさそうだ。

「……目隠し、あった方がいいですか?」
「ないほうが、いい」

しゅる、とネクタイをほどいて、ついでに腕の包帯もほどく。

「なん、だ」
「どうせ、もうその状態なら抵抗できないでしょう」

手首が痕になっていないか確かめながら勇者が言う。

「負けたっていいのなら、僕に身を任せてくれませんか?」

濡れた目を見つめながら言う勇者に、魔王は黙って目を伏せる。

「……むり、だ」

『いや』ではなく『むり』な辺りに何かを悟った勇者は、仕方ないと微笑む。

「今のがほんとの最後ですよ。できれば嫌がることはしたくなかったんですけど」

仕方ないです。言い聞かせるようにつぶやいた勇者から不穏な空気を感じ取った魔王も、諦めたようなため息をついた。