完全に油断していたのだ。
まさか、自分が狙われていたなんて思ってもみなかった。
パーティの類は好きじゃない。成金たちがなんとか顔をつなごうと寄ってくるばかりで、こちらに利益なんかあったものじゃない。
だからと言ってあまりに引きこもっていると悪い評判が立つものだから、仕方なく参加しているだけだ。
「楽しまれていますか?」
若い実業家だとかいう男が親しげに話しかけてくる。疎ましく思いながらもなんとか笑顔を作ると、グラスを差し出された。
「どうぞ、よろしかったら。うちの会社で作ったものなんです」
「申し訳ない、私はあまり強くないので」
「女性でも飲みやすいようなものですよ、一口だけでも召し上がってみてください」
そこまで勧められてしまえば強く断るのもおかしいかと、口をつける。やけに甘ったるい味と、独特の風味。酔いが回るのとは少し違う感覚には、どことなく覚えがある。
「おや、酔ってしまわれましたか? 少し部屋で休みましょうか」
周りに聞こえるような声で言いながら、力の抜けた身体を支えられる。他人に触れられるのは気持ち悪い、はずなのに、否応なしに体温が上がる。
「お前、が」
「ええ、上に部屋を用意してますから。今度こそお楽しみいただけますよ」
嫌悪感が背筋を伝って、それなのに身体は言うことを聞かない。
人気のない廊下まで連れ出されて、このままエレベーターに乗せられたらもう終わりだろう。
「要らん、運転手を呼べ」
「そんなこと言って、分かってて飲んでくれたんでしょう? うちは製薬会社だって、何度かお話ししたじゃないですか」
身体を撫で回される。気持ち悪くて吐きそうになりながら必死に逃げようとするのに、熱を持った身体は勝手に快感を受け取ってしまう。
「やめろ、気持ち悪……」
「ずっと楽しみにしていたんですよ。この間はいつの間にか帰ってしまいましたし……帰ってから僕のことを考えてしてくれたんですよね?」
まさぐる手が服を脱がせようとしてきて、衝動的に相手を突き飛ばしてしまった。突然の衝撃にポカンとする男に、必死に呼吸を整えて言い放つ。
「金輪際私に関わるな。そうすれば許してやる。次に顔を見るようなことがあったらどんな手を使ってでも潰してやるからな」
我ながら子供の啖呵のようなことを言ったものだと思うのに、我に返ったのか心神喪失状態なのか、男は固まってしまっている。
とりあえず助かってなんとか精神力で立って話しているものの、そろそろ限界に近付いている。ここで倒れたらすべてが無駄になると思い、ポケットから携帯を取り出し、車で待っているやつに電話をかける。
「酔いを醒ますのに廊下に出ている。早く迎えに来い」
言うだけ言って切ると、まだこちらを見ている男に気がつく。
「さっさと立ち去れ」
「……そんなことを言って強がっているようで、身体は反応しているじゃないですか。そうやって僕を誘っているんですよね? ああ、もしかして見られそうなところでするのがお好きなんですか?」
ブツブツ呟く言葉に、服は乱れて所々ボタンが取れたりしていることに気付く。最悪だ。
そんな状況に少し興奮していることも。
「気味の悪いことを言うな。さっさと行けと、言ってるだろう」
「見られて興奮しているんですか? ほら、もう足に力も入っていない」
かく、と崩折れた瞬間に覆い被さられた。間髪入れずにベルトを緩められて、下着をずらされる。
「僕に見られてこんなになってるんですね」
「違っ、気持ち悪……離せ」
暴れようにも存外に力が強く、更に反応したところに触れられると身体から力が抜ける。
嫌なはずなのに気持ちよくて、それでも拭いきれない嫌悪感があって、頭のなかにはなぜか奴隷のことが浮かんできて、早く来て欲しい思いと見られたくない思いがせめぎ合う。
「舐めて欲しそうにしてますよ。ほら、ピクピクしてる……」
「嫌っだ、やめ」
ぬめった舌が触れた瞬間、甘ったるい声が漏れる。
じゅっ、と吸い付かれて、腰が砕けた。もうだめだ、とどこかで思う。
「っ、くそ、出る──」
数回のストロークで簡単に果てたそれは、目の前で飲み下される。気持ち悪いのに引き剥がす力も出てこない。
「僕の口はそんなに気持ちよかったんですか? こんなすぐたくさん出してくれるなんて」
「う、るさい、離れろ」
「恥ずかしがらなくてもいいんですよ。僕だってほら」
地面に押し倒されたまま覆いかぶさられ、勃起したモノを押し付けられる。嫌悪感で全身に寒気が走るものの、押さえ込まれた身体は抵抗の一つもできない。こんなところでこんな奴に犯されるのかと情けなさに涙が出てくる。
「泣くほど嬉しいんですね。ほら、早く僕のを受け入れられるように、もっと気持ちよくなってくださいね」
無意識にヒクつくそこに指が触れる。嫌なのに感覚には過敏に反応してしまう。それを嬉しそうに見た男は、何かのチューブを取り出して指の代わりにそこにあてがう。
「ほら、欲しいでしょう? これでもっと良くなって、最後は中にたくさん注いであげますからね……」
中に広がる熱さ。薬の類なのか、ずくずくに溶けそうになる。
「ヌチョヌチョになって絡みついてますよ。毎晩僕のことを思って慰めていたんですね」
「ちが、何、気持ち悪い」
「ほら、抜こうとしただけで締め付けてくる……僕のが欲しくてたまらないんでしょう?」
気味の悪いことを言いながら指をぐちぐちと抜き差しされる。絶対に嫌なのに、薬に染まった身体は抵抗しきれない。
もう、ほとんど諦めかけている時だった。
「お迎えに参りました」
突然身体が軽くなった。覆いかぶさっていたやつは首根っこ掴んで持ち上げられていて、その後ろでは能面のような顔のやつが平然とそんなことを言う。
「お邪魔でしたか?」
「……余計な厄介に巻き込まれただけだ」
「そうですか」
手に持っていた邪魔者を廊下の反対側にやすやすと投げたあと、ぐちゃぐちゃに乱された身体を見下ろされて、ぞくんと背筋が震える。
「どういたしましょう?」
「車まで、運べ」
「かしこまりました」
ほぼ脱げた服にも力の入らない身体にも疑問をぶつけず、淡々と整えて持ち上げられる。時折漏れる声すら聞こえないように振る舞われて、寂しいような気まずいような思いになるものの私が悪いわけでもない。