いわゆる、意識の高い新入社員。
就活に奔走した自分にどこか酔いしれ、そして手に入れたその立場を振りかざす、調子に乗った生き物。

「チッ、どこ見てんだよ」

そんな彼からすると、ホームでぶつかった醜い中年男などというのは、自然と見下すべき存在になってしまうらしい。携帯の画面に見入って注意を怠ったのは彼の方なのに、思わず舌打ちを浴びせる。相手が男で、しかも自分よりも劣っていると感じるような見た目だったからそんな態度を取ってしまったのだろう。それが間違いだった。
その反応が気に入らないらしい中年男は、小さく頭を下げながら彼を睨めつける。何かを見定めるような目で。ブツブツと聞こえないくらいの声で男が何かを呟くと、彼の華々しいはずの世界は音もなく崩れた。


(なんか、男ばっかで暑苦しいな)

女性専用車が実用され、乗り合わせることは少なくなったものの、満員電車の車両一両に一人も女性が見当たらない、なんてことが、今まであっただろうか。違和感はそれだけではない。異様に、他の人間の息遣いを感じる。気のせいか、やたらと視線が集まっているような気もする。
彼は居心地の悪い空気から逃げるように、携帯の画面に視線を落とす。

(って、マジかよ)

しばらくニュースサイトを漁っていると、さわ、と、尻のあたりに何かが触れる。まさか、と思う間に、探るように谷間を何度もさすられる。

(こんなの、マジであるんだな。きもちわり)

でもまあネタにはなるか、などと軽い気持ちでいた彼は、振り返って一発殴ってやろうなどと思い、気付く。身体が動かないことに。

「あれ、抵抗しないのかなぁ」

熱を帯びた男の声に、彼はカッとなって怒鳴ろうとした。はずなのに、声すらも出ない。それどころか、男の手に合わせるように腰が揺れた。

「なんだ、ノリノリなのか」

(え、ちょ、なんだよ、これ……)

車内は男たちの興奮でむせ返りそうになっていた。彼は、片手で吊革に捕まりスマホを持った状態で、それを一身に受けている。わけがわからず視線を動かすと、前の席に座った男が目に入る。目があったのに気付くとにやりと下卑た笑みを浮かべるそいつは、さっきぶつかった男だった。

「舐めた新入社員くんには、社会の厳しさを知ってもらおうと思ってねぇ」

他の浮かされたように興奮した男たちとは違い、一見落ち着いたようでもある男に、彼はなぜか恐怖を覚えた。

(意味、わかんねぇ)

依然身体を撫でる手は止まらず、それどころか数を増やしている。スーツのボタンは外され、ネクタイが解かれ、薄く筋肉のついた体が露わになる。
撫で回されるとくすぐったいものの、気持ち悪さが拭えない。鳥肌の立った肌をすべる指を睨みつける。

「あんまり反応してないかな」

(当たり前だ……男に触られたって気持ち悪いだけ……っ!?)

目の前の男がパチン、とわざとらしく指を鳴らす。ドクン、と心臓が跳ねたかと思うと、男たちに触られているそこかしこがジンジンと熱くなり、息が乱れる。

「指パッチンするたびに、どんどん感度がよくなって、どんどんエッチになっちゃうからね」

パチン。後ろから乳首を摘ままれ、それに身を震わせる。
パチン。太ももを撫でる手に、ねだるようにたちあがったものを摺り寄せる。
パチン。見知らぬ太った男の寄せてきた唇に、自分から吸い付いてしまう。

(そんなわけ、ない、のに……!)

勝手に動く身体と感じたことのない快楽に、彼は頭がおかしくなりそうになる。
汗ばんだ男たちの手が、しなやかな女の手よりもよく感じてしまう。パチン、パチンと指が弾けるたびに、理性はとけてなくなってしまう。

(やだ、きもちい、おかしくなる……!)

誰かの指が、入り口を探る。パチン。もう身体は痛みを感じない。ずぷりと無理やり捻じ込まれても、快感に震えるばかりだ。
粘膜を擦られるとたまらず腰が揺れる。もう身体は自由になっているが、そのことにも気づかない。

「どこが気持ちいいの?」

はぁはぁと興奮した男の声。気持ち悪いはずなのに、ゾクゾクと興奮が伝染する。

「全部っ、全部、気持ちいいっ……ぁ、れ、声、出て、ちが」
「そっかぁ、全部気持ちいいんだ。かわいいね」

自分のはしたない声で自由に気がつき、驚いて携帯を取り落とす。前に座った男が、ゆったりとした動作でそれを拾う。

「これ見るの好きみたいだし、記念に写真でも撮っておいてあげようか」
「やっ、やだ、やめろ、んん、ぁっ……ら、だめ、そんなの」

男は何か操作すると、彼の方へレンズを向ける。
後ろから横から多数の男に責められる彼は、必死にそれから逃れようと身を捩る。

「ひ、ゃ、んん、おかし、なるっ……ら」
「何やってるの、写真撮る時はピース、でしょ」

ずん、と後ろから誰かに貫かれる。圧迫感と快楽に顔が歪む。シャッターの音が響くと、反射的に手が動いた。

「ほら、もっと笑って」

パシャパシャとシャッター音が鳴る。ずこずこと犯されながら、ダブルピースを作る。電車の揺れの中で力の入らない身体は、下からの突き上げに支えられている。

「そうだ、せっかくだから中出しはムービーで撮ってあげるよ」

ぴろりん、と音が切り替わって、レンズに舐めまわされる。無数の手で跳ねさせられる身体。不自然な笑顔とダブルピース。安いエロ漫画のような展開に、彼の頭はついていかない。

「なんでこんなことになったんだろうねぇ」
「てめ、が、なんかしたんだ、ろ、あっ、ん、ふぁ」
「違うよ、ちゃんと思い出して」

君が服を脱いで、犯してくださいってみんなにお願いしたんでしょう

男の声が、とろけた彼の頭でリフレインする。

「そうっ、そっ、でしたぁ、おれが……ん、ぁ、お願いした、からぁ」
「じゃあ、最後もちゃんとお願いしてみようか」

お礼もしないとね、と言われ、彼はガクガクと頷く。

「ん、ひぃ、ぁ、は、今日、は、わざわざ、電車のなかっ、でぇ、俺みたいなのを、犯していただいて、ありがと、ございます、ぁ、ん、そこ! そこが、気持ちい! はっ、ぁ、そやって、奥、いっぱい突いて、中に出して、精液いっぱいくらさい! あ、ん、ゃあ、壊れ、壊れる!」
「ちょっとやりすぎちゃったな」

そこまでされちゃうと逆に萎えるなー、なんて男の声を聞きながら、彼は初めての前立腺での絶頂を迎える。

「あっ、はぁ、中、中きてるのぉ! ドクドクって、いっぱいきてる! もっと、もっと種付けして、孕ませてぇ!!」

彼は度を超えた快楽に、自ら腰を振りたくり、周りの男たちに強請る。

「うん、感謝の伝え方はわかったかな。じゃあ、会社に着いてもお世話になった人にはそうやってお礼するようにね」
「はい、ありがとっ、ござ、ます……!」

ぶちゅ、と下品な音を立てて引き抜かれたそこからは、どろどろとした精液が垂れる。彼はそれを意に介さず崩されたスーツを着て見なりを整え、ぞくりと震える身体を立て直す。

(大変だったけど、犯してくれって頼んだ甲斐があったな。今日の歓迎会では、これを応用して上司に取り入れそうだ)

彼の中では、淫乱なセックスが礼儀を弁えた感謝の伝え方のように変換されている。

「……意識の高い淫乱っていうのも面白いな」

面白がった男が常識をいじったせいで、まるでビジネス書やマナー本のようにエロ漫画や官能小説を研究し真面目に読む大学生や若い社員が増えたのは、また別のお話。


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