少年を拾った。名前はカイト。話を聞いたところ、孤児院から売られそうになったところを逃げ出したらしい。

まだ大人になりきっていない彼は、ひどく未成熟なのに芯がある。ぼくを助けようとしてくれたときの瞳は何百年も生きてきた中でも見たことがないくらい澄んでいて、思わず見惚れてしまった。

「アルヴィ、頼まれていた薬草、全部摘んできたよ」
「ありがとうカイト。じゃあそれを整理したらお昼にしようか」

ぼくは生まれ育った里を出てからしばらく旅をして、今は山奥にある屋敷にひとりで暮らしている。基本的には近くの森で材料を集めて薬をつくって、たまに街に下りてそれを売る。そんな生活を百年くらい続けていた。

平和だけどつまらない日常は、カイトを拾ったことで少しずつ変化した。
薬草の採取や簡単な作業を手伝ってくれるカイトは、他にも洗濯や料理などの家事も器用にこなす。
基本的に生活能力の低いエルフにとっては、とても助かることだ。

「お昼ごはんは何がいい?朝のパンの残りと、オムレツでもつくろうか」
「うん、それがいいな。こっちはあと少しで終わるから待ってて」

人と話すこと、一緒に食事をする相手がいること。これまで必要だと思ったことなんてなかったのに、今ではもうなくなることが想像できない。

最初は変わったペットでも飼うくらいのつもりでいたのに、今のぼくにとってカイトはかけがえのない存在になっていた。


***


時が経つのは早いもので、カイトがうちに来てから5年が経った……といっても、エルフにとっての5年なんて本当に一瞬と変わらないはずなんだけど。
これまでの人生に比べて、カイトのいる生活は妙に色付いて感じるから不思議だ。

「アルヴィ、これ変じゃないかな?」
「ぼくが選んだんだ。そんなわけないよ」
「着慣れないから落ち着かないな……」

アルヴィはすっかり成人して、人間の大人らしい見た目になっている。
今日は顧客から誘われたパーティに出席する日で、付き人として同席するカイトにも礼服を仕立てさせた。背が高くてバランスよく筋肉のついた身体は、質の良い服に着られることもなく格好がついている。
自分で言うのもなんだけど、ぼくと一緒にいればかなりその場が華やぐだろう。

「そうやってソワソワするのが一番格好悪いよ。堂々としていればいい」
「わかった……ああ、でも緊張する」

カイトを社交の場に連れていくのは初めてだ。そもそも、ぼく自身がそうそう参加することはないし、あったとしてもわざわざそんな面倒なところにカイトを連れていく必要性を感じなかった。

そう思っていたけど、カイトももう大人だ。いつまでもぼくに囲われるような生活を続けるものじゃない。
年頃なのだから、これからは人間の相手を見つけて現実的な暮らしを見据えないといけない。

正直、このまま彼を手放すのはさみしいけど。



***


「うわあ、華やかだね……」

散りばめられた宝石を魔光石が照らすシャンデリア。壁には凝った装飾が施された額縁の絵画が並び、テーブルの上は豪華な食事で彩られている。給仕が運ぶドリンクは、おそらくボトル1本でその辺の村人の1年の稼ぎを優に超えてしまう値段だろう。

そんな華々しい会場を、ぼくとカイトは歩く。
主催者や知り合いに挨拶をして、カイトを助手だと紹介する。相手にご令嬢がいればチャンスだと思って話を振るものの、カイトの反応は芳しくなかった。

「さっきのご令嬢、美人だったね」
「そう?あんまり覚えてないけど……あ、このローストチキンおいしい!」

少し休憩しようかと中心を離れて料理を手に取ると、カイトは目をキラキラさせてご馳走を頬張る。
ぼくといた時間が長かったから、まだあんまり異性への興味みたいな感情は薄いみたいだ。
残念なようで、少しだけ嬉しくなってしまったぼくはきっと悪い大人なんだろう。