スプリンターですから



オレは人との付き合い方が上手くない。
昔から人と会話をするのが苦手で、自分から何かを発するのも得意じゃないし…冗談も通じないと言われクラスメイトからは名前をもじって“まじめ”と呼ばれていた。
今は純太と知り合って、自転車部に入って先輩に指導を受け後輩を導いているお陰で大分人付き合いも出来るようにはなったと思っている。

けど、それ以上の事はやっぱりまだよくわからない。
それ以上、というのは…女子との関係のこと。



「それって……苗字の事が気になる、って事か…?」
「……」


いつものように頷けば純太は目を見開いて「マジかよ!!」といつも以上に大きな声を上げる。その声量に少し驚いたが純太はオレ以上に驚いているようだった。

無理もない…か。
オレが持ちかけたのは、「最近苗字の事が頭によく浮かぶんだ」という話題、というか相談だ。おそらく、純太はオレの口から部活以外の人間の名前が出た事に驚いているんだろう。

苗字は隣の席の女子で、委員会が同じという事もありクラスの中じゃ比較的よく話す。それが最近の席替えで隣になって、以前よりも話す機会が増えた。
そしていつ頃からだったか、気が付けばふと彼女の顔が頭に浮かぶようになった。笑いかけられると何とも言えないような感情が全身を駆け巡る。

オレはこの感覚が何と言うのかかわからなくて、純太なら分かるのではないかと思った。純太はすごいヤツだから。


「…これ、なんなんだ?」
「何なんだって……おま、そりゃ恋だよ!苗字に惚れてんだってお前!」


恋、と確認するようにぽつりと口に出してみる。けどまだ少しよくわからない……これが本当に恋なのだろうか。
そんなオレの様子を察したのか、純太はもどかしそうに「あーもう!」と地団駄を踏んだ。


「青八木さ、苗字と話せて嬉しいか?」
「……多分」
「つい苗字のこと目で追ってたーとかさ、そういう事ねぇか?」
「…多分、ある」
「んじゃあさ、苗字の事なんか可愛いなーとか、綺麗だなーって思う事は!」
「………」


純太にそう聞かれて初めて気が付いた。苗字を見ていると周りの景色が何故かぼやけて見える事、笑った顔が眩しく見える事……


「…ある」


途端に顔が火照りだして、走った後とはまた違うような動悸を感じる。
そうか…これが……。


「…もうわかったよな?それが恋だよ」


片目を瞑るお得意の表情をしながら、純太はオレの肩を叩く。


「…そうか」


これが恋だと言う事は朧げに理解できたが…これから一体どうすればいいのか。女子との距離の詰め方なんてわからないし……苗字とどうなりたいのかもわからない。つい視線を下に落とすと、戸惑っているのを察したらしい純太が「まあ急に言われてもな…」と呟く。


「いきなりどうしたいかなんて、よくわかんねぇよな」
「……」
「けどさ、青八木が好きだなんて知ったら、苗字喜ぶと思うぜ」
「………そうか?」
「そうだよ!苗字だって楽しそうに喋ってくれんだろ?それに最近お前の女子人気すげーし、何よりさ」


肩に純太の手が勢いよく置かれる。少しだけ痛かったが、純太がこうする時は大抵何か力強い言葉をくれる時だ。


「オレの相棒は、めちゃくちゃ男らしくてカッコいいヤツだからな!」
「…!」


男らしい、かっこいいという言葉に自分が当てはまるのかイマイチピンと来ないが、きっとオレを誰よりも知ってくれている純太がそう言うのなら間違いない。


「そうだな、まずは連絡先交換して…そこから徐々に距離詰めて──って青八木?」


純太がぶつぶつと言い終える前に立ち上がる。
オレのために色々思案してくれているのはありがたいが、オレは純太のように器用ではないから周りくどいのはきっと向いていないと思う。


「苗字に気持ちを伝えてくる」
「え!?今!?ちょ、ちょっと待てよ青八木!」
「ありがとう純太。お前に打ち明けて良かった」


もやついていたこの気持ちの正体がわかって晴れやかになった心と、早鐘を打っている心臓と共に苗字がいるはずの教室へと向けて一直線に駆け出す。
背後から純太の「青八木ィー!!」と叫ぶ声が聞こえたが、もう止まる事の方が難しい。





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