世にも奇妙な話



最近、登りの練習中によく会う女の子がいる。
それもどういう偶然なのか一人で練習中の夕暮れ時の峰ヶ山、その駐車場にチャリを停めてベンチに腰掛けて休憩中のタイミングで。

そして今日もその子は、オレの前に姿を現した。


「今日も頑張ってるねー!おつかれー」
「おー、また会ったな」


にこにこと笑って、手を振りながらこちらにひょこひょこと近付いてくる彼女はいつも黒いサイクルウェアを着ている。どうやら彼女もロードに乗っているようだが、近くに彼女の物らしきバイクは見当たらない。けどこれは今日に限らずいつもの事だ。
一度ロードの在処を訊ねたことがあったけど、「今私も休憩中なの」としか言われず。不思議に思っちゃいたが毎日きつい練習でヘトヘトだったオレはそれ以上の追求をやめた。


「部活、大変だね」


彼女は今日もオレの隣に座る。これも不思議、というか心配になるのだが彼女の手にはボトルやペットボトルといった水分の類が毎回見当たらない。まあけど給水のタイミングなんて人それぞれだし、余計な心配だろう。


「ああ…インハイ近くてやる事多いし、自分の練習はあるし……って、悪いな、愚痴溢しちまって」
「あはは!いいよいいよ!いつも頑張ってるんだもん、そういうの必要だよ!」


疲れが溜まっているせいなのか、はたまた彼女の何でも打ち明けられるような雰囲気がそうさせるのか…オレはいつもこうして軽く愚痴ってしまう。


「いつも愚痴聞かせちまってるお礼にさ、飲み物奢らせてくれよ」
「え!ほんと!?」


彼女はぱあっと顔を明るくさせてオレを見上げてくる。「ほんとほんと」と言いながらベンチから腰を上げて背中のポケットに手を伸ばして財布を取り出そうとした。
……が、財布の中に小銭が入っていない事をすぐに思い出す。そうださっきも小銭無くて青八木に借りたんだった……うわ、奢るとか言っといてめちゃくちゃカッコ悪ぃじゃねーか。


「けどその気持ちだけで充分!お財布の中入ってないでしょ?」
「え……?」


オレはまだこの子の前で財布を出そうとしただけで、中を開けてもいない。なのに何故財布の中身が無いことに気が付いたんだ…?
…まさかこの子、心の中を読める超能力者か?それかもしくは……幽霊?

本当に幽霊なら、色々辻褄が合う。

いつもオレが休憩を取るタイミングで現れること。ロードが側にないこと。補給の類が見つからないこと。そして今の透視なのか心を読むのかわからないが、そんな超能力があること。
思わず背筋にぞくりと寒気のような物が走って、途端に連日の疲労で回らなかったはずの頭が回り始める。オイオイまだ夏じゃねーだろ?夏の怪談話にはまだはえーだろうが。


「純太くんの事なら、何でもわかるよ!」


にこりとした笑顔に少しだけ恐怖を覚えた。

…今思えば、彼女は不思議な言動が多かった。オレの事、そして部活のことを、彼女はなぜかよく知っていた。
最初に彼女出会った時はかなり疲れている日だった。今彼女と話しているこの場所で、「無茶するよねー」なんて言いながらオレの前に現れた。その時の疲れ切った頭じゃ「君誰?」なんて事も聞く気力もなくて。そのあと彼女の口から繰り広げられる「主将は忙しいね」という言葉何の疑問も持たなかった。
あの時、オレはいつも通り総北の黄色いジャージを着ていたから自転車部だと言う事はわかるだろう。けどその部の主将を務めているなんて事は一切口にしていないし、当然見てわかるような物も無い。

そしてオレは、彼女の名前を知らないし……自分の名前を教えてもいない。


「なぁ……君、誰?」


恐る恐る訊ねてみると、彼女はにっこりと笑ってすくっとベンチから立ち上がった。


「さあ、もう休めたよね!早く戻らなくちゃ!今日はピッツァ食べに行くんでしょ?」
「え、ちょ…!」


彼女はオレの質問に答える事はなく、代わりに結構強い力でぐいぐいと背中を押してくる。つーかまたオレの事知ってるし…!
そう、彼女の言う通り今日は練習終わりに青八木と公貴と三人でピッツァを食べに行く約束をしている。「何でそんなにオレの事知ってんだよ!」と再び質問を投げようとしたが、ふと嗅ぎ慣れたにおいが鼻腔を掠める。どうやらこれは彼女から漂っているようだ。

女の子から香る匂いっつったら、大体石鹸とか花のような香りとか甘い匂いだろうけど……彼女から香ったのは、いつもチェーンに挿しているオイルの匂いだった。


(ああ…そういう事か)


今この場にオレ以外の、例えば公貴がいたりなんかしたら「どうかしている」とか言われんだろうな。実際オレ自身もそう思うよ。
けど、これなら彼女がオレの事をよく知っていた理由に説明がつくんだわ。エスパーとか幽霊とかそんなんじゃなくて……いつもオレと一緒に走ってくれてたから、なんだよな。


「…いつもありがとな」
「私こそ、いつもありがとう!」


オレンジ色の夕陽を受ける愛車は、いつもより一層輝いて見えた。





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