レイニーブルー



だるい。とてつもなくだるくて何にもしたくないし少しも動きたくない。この数時間、ただ家のもこもこのカーペットの上にまるで打ち上げられた海洋生物のようにうつ伏せになっている事しか出来ないでいる。
あーやらなきゃいけない事色々あるのにな、夕飯作ったり洗濯したりなんやかんや。こんなにやる気が無いのは全部窓の外でザアザアと音を立てて降っている雨のせいだ。ちくしょう低気圧め。
ぐうう、とちっとも可愛げのないうめき声を上げながら重たい腕をのばして頭の上に落ちているスマホを拾って、画面を軽くつついて時間を確認するともう間も無く靖友が帰宅してくる時間だった。やばい、ご飯作ってない。
普段めちゃくちゃこき使われて、深夜まで仕事して立派な社畜と化している靖友だけど、最近は仕事が落ち着いているらしく定時で上がって人間らしい時間に帰宅している。そんな貴重な期間に限ってどうして雨が降るのか、どうして気圧が低くなるんだよ馬鹿野郎。靖友が人間に戻れる貴重な期間なんだから「いつもお疲れ様」って美味しいご飯を食べさせてあげたいのに!

いや、そもそも雨に弱い私が悪い。気圧なんかに負けてしまう自分が憎い。こんなだらしない姿靖友が見たらどう思うか……ああ、夕飯ができてない事にも腹立てるだろうなあ……せめて小腹を満たせる簡単な物だけでも作っておこうと鉛のように重たい体をゆっくりと起こした。壁に手をつきながら、よろよろとした足取りでどうにかキッチンに向かう。
けど、キッチンにたどり着く前に玄関の方から聞こえるガチャっという音。ああやばい、靖友帰ってきちゃったなと焦りを感じてただでさえ雨で冷えている体温が少しだけ下がった気がした。


「ただいまァ」


社畜期間と比べて元気そうな靖友の声。すぐに玄関に駆け出して出迎えたいけど、重たい体がそうさせてくれない……というか、また私の体は床と一体化した。なにこれ、今日マジでダメダメじゃん。
床に伏せているせいで体にダイレクトに靖友の歩く振動が伝わってくる。どうしようもない私でごめんね、もういっそ叱り飛ばしてくれていいよ……。


「……名前が落ちてる」
「う…おかえりぃ……」


床に這いつくばった私のどうしようもない姿を見た靖友は怒るどころか「ン」と短い返事をするだけで持っていたカバンをソファの横に、脱いだスーツのジャケットは背もたれにかけた。


「ごめん……ご飯まだ……」


可愛げのない声で恐る恐る口にすれば、靖友は「ンだそのヘンな声」とくつくつと笑っている。


「ンな事だろうと思ったァ。雨降ると打ち上げられたアザラシみてーになっからなオメェ」
「う……ひどい…」


なにそれ!打ち上げられたアザラシってひどくない!?…とはいえ今の私はキッチンの前で横たわっていて、きっと今にも死にそうな顔をしているはず。悲しいけど事実でしかないし、雨が降ると大抵いつもダメダメになる事も否定は出来ない。それで靖友に面倒をかけた事がしばしばある事も。


「ごめん、すぐ作るから……」


さっきよりも重たく感じる体を起こして、今度こそキッチンに向かおうとする。だけど「やめろ」と靖友が私を制した。雨で気持ちまで落ちているせいか、心なしか不機嫌そうな声に聞こえてしまう。


「ンな死にそうな顔してんのにメシなんか作んなバァカ」


何かやらかしそうだ、と。これも否定出来ない。こんな調子悪いのに料理なんかしたら、塩と砂糖間違えたり卵の殻混入させたり何かしらやらかしそう。だけどそんな言い方しなくったって…となんだか悲しくなって涙が出そうになる。いつもなら何か言い返すのにな……こんなに情緒不安定なのは雨のせいだ。


「…調子ワリィんだから、ムリすんなつってんだヨ。今日くらい休め」


いつの間にか側にいた靖友はガシガシと私の頭を雑に撫でてくる。いつもなら「髪が乱れる!」と言うところだけど、今日はもうすでにボサボサなのでこれ以上ボサボサになったところで変わらない。それよりも靖友の声が珍しく優しくて、しかもダメな私を許してくれるような言葉に今度は別の意味で泣きそうだった。靖友だって仕事で疲れて帰ってきてるのに。


「ごめんねぇ…靖友ぉ……」
「オメェごめんばっかだな?もう謝んなバァカ」


思わずまた「ごめん」と言いそうになるけど、今度は怒鳴られそうなのでその言葉は飲み込んだ。その代わりに靖友の腰に腕を回してぎゅっと抱き付く。


「うう…靖友だいすき……」
「……ッたく…」


照れ臭そうな小さな声が聞こえたなと思ったら、言葉の代わりにぎゅっと抱きしめられてまたボサボサの頭を雑に撫でられる。照れ屋の靖友は言葉でこそなかなか言ってくれないけど、これが靖友の「オレも好き」って愛情表現だって事を私は知っている。
なんだかんだで大事にしてもらってるし、甘やかされてるよなぁ、私。


「メシ、ピザでも取るかァ」
「賛成!ピザ食べたい!!チーズめっちゃ乗ったやつ!!」
「オメー急に元気になるじゃナァイ……」






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