唐揚げ定食と誕生日



春休み真っ只中の大学だが、そんな事は自転車競技部のオレ達には関係ない。
今日も春休み前と変わらずこれから先輩達による厳しくてキッチィ扱きが待っている。それが終われば一年だからッつー理由で振られる雑用。正直気が遠くなりそうだがそうも言ってらんねェ。はぁっと息を一つついて部室の鉄製の扉を開けた。


「入りまァー、す……ハァ!?」


扉を開けるとオレの目に飛び込んで来たのはいつも通りに練習に出る支度をしている先輩達や同じく一年の金城と待宮ではなく…いや、先輩達も金城と待宮も居るが、いつもと雰囲気がちげぇ。
もうすぐ出入りするようになって一年が経つ見慣れた部室は、やたら派手なパーティーグッズで飾られている。中でも一番主張してくんのは「Happy Birthday」と赤だの黄色だのいろんな色で書かれた壁に貼られたガーランド。オレなンも聞いてねぇんだけど…今日って誰かの誕生日なのか?


「来たか。荒北」
「来たか。じゃネーヨ金城!ンだよコレェ」


先輩の誰かの誕生日なら気不味いし、チャリには関係ねーケド部活の連絡事項を聞き逃していたんだとしたら間違いなく怒鳴られんなと思って声のボリュームを抑えて金城に聞いてみる。そしたらこのメガネはレンズの奥で目を丸くして「…聞いてなかったのか?」と抜かす。オレが何が、と返す前にその奥にいた待宮がケラケラとムカつく顔で笑いだした。


「スマンのぉ、荒北に伝えんの忘れたとったわ」
「ハァ……今日は苗字の誕生日だからな。練習前にお祝いをしようという事になっていたんだ」


やっぱンな事一言も聞いてネェ。誕生日祝いの事もだが、今日が苗字の誕生日って事もだ。何よりンな事オレだけ知らなかったっつーのが気に入らねぇ。とりあえず伝え忘れたッつって悪びれた様子もない待宮の背中を殴ってやった。

…苗字には、オレだって世話になってンだよ。
マネージャーだからッつって面倒クセェ雑用も文句言わずにこなしてくれるし、練習中も部員を一人一人ちゃんと見て記録を取ってくれている。気が強くて可愛げがなくて、いつもオレとは売り言葉に買い言葉だけど……真面目にサポートしてくれてるトコはまぁ…嫌いじゃねぇ。
だから、たけぇプレゼントとかは一人暮らしの大学生にゃ用意出来ねーケド、何かしらで返してェなとは思っていた。世話になりッぱなしは性に合わねぇし。
誕生日なんて正に丁度いいタイミングだ、けど事前に知ってなきゃンなモン用意もできねェ…!クソ、やっぱムカつくわ、伝え忘れたとか抜かすバカ待宮の事は後でもう一発殴る。

こうして何も苗字への誕生日プレゼントを用意出来ないまま、パタパタと走る足音が部室の外から近付いてくる。このわっかりやすい足音は苗字のモンだというのはウチの部員全員が把握している。その証拠に先輩達が「来たぞ来たぞ」と小声で騒ぎ始めて、全員が扉にじっと視線を向けた。そしてガチャっと部室の扉が開いて、既に運動着姿の苗字が現れた。


「おはようございま──わっ!?」


苗字が挨拶し終える前にパンッと響く先輩達が持つクラッカーの破裂音と紙吹雪、充満する火薬の匂い。それから「おめでとう!」という部員達の声。ちなみに段取りを知らなかったオレは混乱して言うことが出来なかった。


「そっか…今日私の誕生日…!皆さんありがとうございます!」


嬉しいなぁ、って笑いながら頭に乗っかったクラッカーから飛び出た紙テープを手に取る苗字。コイツ、自分の誕生日忘れてたのかよ。


「いつもサポートありがとう、苗字。これはオレからだ」
「エッエッ、ワシからもあるけぇの!いつも助かっとるワ」
「マネージャーとして当然の事をしてるだけなのに…けど、金城も待宮もありがとう」


次々に苗字にプレゼントを渡していく金城と待宮、それから先輩達の姿をただ眺めているだけで、オレはなンも出来なかった。多分オレだけがじっと立ち尽くしているだけだったと思う。いつもありがとうと感謝の言葉を向けられる苗字は、やっぱ部員全員からの信頼が厚い事を改めて思い知る。だからこそ、余計に焦りを感じたし…あと、何だこれは……なんかイライラするようなモヤモヤするような……あークソ!全部待宮のせいだかんな!アイツ後でゼッテー蹴る。何しれっとテメェは苗字へのプレゼント用意してンダヨ!クソ!






ささやかな苗字の誕生日会が済んで、今日のキッツイ練習も終わった。めちゃくちゃ疲れたッつーのに今日も当然オレら一年に課される部室の掃除諸々の雑用。それには今日誕生日を迎えた苗字も例外なく参加させられていた。その雑用も4人でさっさと片付けて、先に帰った先輩達から遅れて帰り支度を進める。


「すごい量だな」


ぽつりと漏らした金城の視線を追えば、重たそうに鞄を持つ苗字がいた。先輩達や金城達からプレゼントを渡されていた苗字の鞄はパンパンになっていて、多分来た時の二倍くらいのデカさになっていた。


「重たいけどね、ありがたいよ。マネージャーなのにこんなに祝ってもらえるなんて」
「それ程、先輩達も苗字には感謝しているって事だろ。オレ達もいつもお前には助けられているからな」


金城の言葉に苗字はへへ、っと照れ臭そうに笑う。しれっとンな事を言える金城は素直にスゲェと思っちまう。オレにはゼッテー無理だ。


「…そうだろ、荒北」
「ア!?」


…前言撤回だ。ンでオレに振ってくンだこの坊主!しかもニヤついてンじゃネーヨ!
そりゃオレだって苗字のサポートには助けられてるヨ。今日だって誕生日だッつーのに文句一つ溢さねーで部員のサポートだって雑用もこなしてた。…感謝してねぇなんつッたら、嘘になる。けどそれを素直に口にすンのはゼッテー無理だ。


「荒北が感謝のォ…似合わんのォ。おめでとうもプレゼントも無かったじゃろ」


マジざッけんなこのドブ待宮!そりゃオメェが伝え忘れたからだろ!!
おかしそうにケラケラ笑う待宮にどんどん怒りが込み上げてくる。何か言い返してやろうと思って口を開いた、が、それよりも先に苗字が「そんな事ないよ」と言う。


「荒北、意外だけどドリンク渡したりすると必ずお礼言ってくれるよね。私はそれだけで十分だと思ってるよ」


すごいぶっきらぼうにだけど。と余計な一言を添えて。
ドリンク渡して来たら礼を言うなんてンなの当たり前の事だろうが。オレがコイツに伝えたいのはそうじゃねぇ。もっとこう…クソ、自分の言いてェ事すら浮かんでこねぇなんて。


「さて、と。私はそろそろ帰ろうかな。夕飯の買い物とかしてかなくちゃだし」


よいしょ、とパンパンの鞄を重たそうに持ち上げた苗字の手からそれを奪ったのは無意識だった。当然驚いた顔でコッチを見上げてくる苗字。


「お前、誕生日なのに一人なのかヨ」
「は!?……まあ…そうですけど…」


苗字は悪い!?と言わんばかりに顔を顰めている。やっぱな、と思うと同時にコイツが不憫に思えた。誕生日なのにマネージャーの仕事して、雑用もして、家に帰ったら一人でメシ食うのかヨ。なんつー色気のねぇ。


「…メシ、奢ってやんヨ。早くしろノロマチャン」


苗字の鞄を持ったまま、オレは金城と待宮に「お先ィ」と告げて部室の外へと向かう。慌ててオレを追いかけて来てる苗字の「待ってよ荒北!」って声は無視して部室の扉を開けた。


「もー、急になんなの?」
「ウッセ。奢ってやるッつってンだから黙って着いてこい」
「…別に奢ってなんて頼んでないんだけどね?」
「ウッセ!もうオメー喋んな!」


またいつもの言い争いが始まっちまう。普段ならここで苗字も「うるさいのはどっち?」って顔を顰めてきてお互いにヒートアップしちまうところだ。少しヤッベェと思ったが、後ろを着いてくる苗字は「わかったわかった」と言ってそれきり暫く喋らなかった。どうやら頼んでないとか言いながら、奢って貰うのは満更でもないらしい。
しかし困った。奢るッつったはいいケド財布ン中いくら入ってた…?この間部品買っちまったからあんまねぇぞ……。出来るだけ安くて、ンでもってうめぇ店なんざ知らねェ。駅前のハンバーガー屋…は、多分嫌がられんな。緑の看板のイタリアン…は確か改装中とかでしばらく休業だと貼り紙がしてあった。クッソ全ッ然思いつかねェ!行く宛もないまま大学内を歩いている事は多分苗字には気付かれてははいないだろう、いや、気付くな。ったくンな時に改装なんかしてンじゃネーヨあのイタリアン!あそこなら苗字も好きっつー事知ってっし、まぁ文句は言われんだろうけど無難だと思ったのによ!バァカ!!
つい舌打ちしそうになったその時、ふと頭ン中にとある店が過った。あの店なら安いし、まぁそれなりにうめぇ。微妙な反応はされンだろうが、もうそこしかねぇ。


「ねぇ…一体どこに行くの?」
「コッチィ」


曲がる方向を指させば、苗字は頷いて大人しく着いてくる。が、少し進んだところで怪訝そうな声で「あのさぁ」と後ろから聞こえた。


「…この方向って、もしかして……」
「学食ゥ」


後ろで盛大なため息が聞こえたが構わずに足を進める。
オレの頭に浮かんだ安くて美味い店、それはこの大学内にある学食だった。オレが今の所持金で奢ってやれそうな所はもうここしか無い。それにいつも自分で作った弁当を持って来てる苗字の事だ、学食のメシなんてあんま食った事ねぇだろうし。


「誕生日の女の子にプレゼントする物が学食のご飯って……」
「ッセ。文句あンなら来んな」
「まぁ、いいけどね。あんまり食べた事なかったし」
「なら文句言ッてねーで黙ってろ」
「はいはい」


その言葉通り、学食に着くまで苗字はちゃんと黙って着いてきていた。昼時に来るといつもガヤガヤうるせぇここも、夕方のこの時間じゃさすがに空いてて静かだ。
苗字は券売機を眺めながら、物珍しそうに「色々あるんだね」なんて呟いている。なんだかんだ言ッてたケド、ちったぁ楽しんでるみてーだ。


「せっかく奢って貰うんだし、一番高いのにしちゃおうかな。このステーキ丼とか…」
「ざっけんな、一番安いのにしろ安いのにィ」
「ケチだなぁ、荒北は」
「ッセ」
「ねぇ、荒北はいつも何食べてんの?」


ンでそんな事聞くんだと思いながら唐揚げ定食だと答えれば、「ふーん」とあまり関心のなさそうな返事が返ってくる。テメェが聞いてきたんだろうが、と思った矢先、苗字はオレがいつも押しているボタンを指先でつついていた。


「私も唐揚げ定食にする」


一番安いのにしろヨ、ッつったのにコイツ。…まァ、誕生日だし一番たけぇステーキ丼よりは安いから大目に見てやるか。
券売機に金を突っ込んで、唐揚げ定食の食券を二枚買う。もう一枚はオレの分。自分の分はもうちょい安いモンにしようかと迷ったが、やっぱ唐揚げ定食以外の選択肢がなかった。


「わ、ほんとに奢ってくれた」
「ア?疑ってたのかヨ」
「だって荒北だし…」
「ンダヨそれ、どーゆー意味だヨ」
「…ありがと。嬉しい」


質問の答えになってねェケド。という言葉は飲み込んだ。苗字の屈託ない笑顔を見たらンな事はどうでもよくなっちまったから。ほらよ、と唐揚げ定食の食券を一枚渡せば物珍しそうにそれを眺めて、「これカウンターに持っていけばいいんだよね?」なんて初歩的な事を聞いてくる。オメーはこんな所来た事ねぇお嬢様かヨ、とつい出そうになる言葉も堪えて頷いた。
オバチャンのいるカウンターにそれぞれの唐揚げ定食の食券を出して間もなく、厨房から唐揚げを揚げる音と香ばしいにおいが漂ってくる。食欲が刺激されて、練習後でスッカラカンになっていた腹がぐうぐうと騒ぎ始める。あー腹減った、オバチャン早くしてェと頭の中で文句を垂れつつそのまま定食が出来上がるのを待っていると隣にいる苗字がスンスンと鼻を啜っていた。


「いい匂いだけど胃もたれしそう。大丈夫かな」
「ンだそのオバチャンくさい発言」
「うっさい。自転車乗りの胃袋と一緒にしないで」


むっとした顔をした苗字に脇腹を肘で小突かれそうになったがひょいっとかわしてやった。「ノロマチャン」と嘲笑いながら見下せば苗字の眉間には更に深く皺が刻まれていた。


「食いきれなかったらオレが食う」
「やだ。あげない」
「ンでダヨ、胃もたれしそうなんだろ?無理すんなヨ」


むしろオレとしちゃ苗字が残してくれりゃ倍食えるから残して欲しいんだけどォ。つーか胃もたれすんなら唐揚げなんか頼むなよバァカ、豆腐でも食ってろ。という普段なら遠慮なく投げる言葉も今日は仕舞っておく。


「だってさ…荒北が初めて奢ってくれたんだよ?全部食べなきゃ勿体無いじゃん」


相変わらずむくれた顔で視線を逸らしながらコイツは何を言ッてんだ。そのよくわかんねぇ発言にどうして胸がギュッと掴まれたような……クソ、誕生日だからと気を遣ってるせいか今日の苗字といるとどうにも調子が狂う。


「…その、悪かったな。ちゃんとしたモン用意できなくてヨ…」
「そう思うならさ…」


そう言ってから、苗字は何やらもごもご口籠もっていた。一体ンだよ早く言え、と若干焦ったさを感じたが何故だか薄く赤くなっている気がする苗字の顔から目が離せなかった。


「…また一緒に食べてよ。ご飯」


てっきり今度は焼肉連れて行けだのもっと高価なモンを要求されンじゃねーかって思っていたから、拍子抜けしちまった。他の奴からの要求なら正直メンドクセェと思うが苗字となら別に悪くねぇかと思える。


「まぁ…そンくれぇならイイヨ」
「やった。ありがと」


へへっと笑う苗字からつい視線を逸らしちまった。コイツの無邪気な笑顔が何故か妙に照れクセェっつーか……。ったく変わった女だとは思ってたが、オレとメシ食う事の何が嬉しいンだか。それに対して満更でもねぇとか思っちまってるオレも大概どうかしてやがる。


「…苗字」
「んー?」
「……誕生日、オメデト」


視線は唐揚げを揚げているオバチャンに向けたまま、なんて事ない祝いの言葉を口にする。
…なんて事ない、ありふれた祝いの言葉のハズなのにヨ。ンでこんなムズ痒いッつーかハズイんダヨ意味わかんネェ。


「へへへ、ありがとう荒北。嬉しい」


けど、ンな恥ずかしさもこの無邪気なガキみてーなニカッとした笑顔を見ていたらどうでも良くなっちまった。

来年の誕生日はステーキ丼、奢ってやッか。





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