恋の始まりは月明かりの下で



文化祭、なんていかにも古風で伝統的な名前がついてるこの学校行事は実際は浮かれた高校生のバカらしいイベントでしかない。本来は芸術の発表の場らしいけど芸術どころか品性のかけらもない出し物を企画していたクラスもある。本当、この日の為に本気で芸術を磨いてきた文化部に謝れ。
中でも後夜祭、あれは本当にいらないと思う。ただ自分達が馬鹿騒ぎしたいだけじゃないか。あーあ本当にくだらない。なーにが未成年の主張だ。政治に物申したいとか、この校則は間違ってるとか将来の為になるような物であれば有意義な主張だと思う。
けど実際はただの暴露大会だ。実はこんな事やっちゃいましたーとか、こんな秘密を持ってましたーとか……あの子が好きです、とか……。

あー、もう、文化祭なんて大っ嫌いだ。


ぼろぼろと頬を伝ってくる雫を制服の袖で拭いながら、校庭でまだ馬鹿みたいに騒ぎ続ける生徒たちを生徒の待機教室兼荷物置き場として使っていた真っ暗な教室から見下す。
ゾロゾロと群れながら下品な笑い声をあげる派手なギャルの軍団、ふざけながら場所取って他人の通行の邪魔になっていてもお構いなしの迷惑な男子グループ、他人の目も気にせず恋人とイチャつきながら歩くバカップル……バカだ、みんなバカだ。あーやだやだみんな大っ嫌い!


……文化祭は大好きなはずだった。

数ヶ月前から色々計画して、クラスのみんなで当日に向けて準備して、当日はみんなで協力して自分達のクラスの出し物を盛り上げて。
お客さんにウケていたかはわからない。けどそんな事よりも私はクラスが一丸となって盛り上がれることの方がずっと楽しかった。やっぱ文化祭って最高!…そう思っていた。
後夜祭……未成年の主張っていうくだらないプログラムが始まる前までは。


『3年5組の佐藤さん!好きだー!付き合ってくれー!!』


体育館の舞台の上でそう叫んだのは私が3年間恋焦がれた同級生の男子だった。彼とは他の女子よりも話していたし、一緒に遊びに行った事だってある。どの女の子よりも仲良いと思ってた。絶対脈があると思ってた。でもそう思っていたのは私だけで……壇上の彼が叫んだのは他のクラスの名前しか知らない子の名前だった。
…彼が好きだったのは私じゃない…そう理解する前に気が付けば体育館から逃げ出して一目散にこの教室に駆け込んでいた。さっさと帰って部屋のふかふかなベッドに飛び込んで思い切り泣けばいいのに。散々気を持たせておいて突き放すあの男と違ってベッドはいつだって私を優しく受け止めてくれるのに。
あーあ嫌だな。次からどんな顔してアイツと顔を合わせたらいいのかわからないし、多分同じ部活の手嶋あたりにはそれとなく励まされて余計惨めな気持ちになるんだろう。あーあ、最悪。もしも手嶋が「大丈夫か?」なんて言ってきたら思いっきり八つ当たりしてやろう。


「はぁ……アホくさ……帰ろ……」


大きめの独り言を呟いて、床に投げ捨てた鞄を持ち上げて窓に背を向けた。力の入らない足でよろよろと扉へ向かっていると視界に背の高い人影が飛び込んできて、思わず「うわ!」と大きな声をあげて後ずさった。


「…何してんすか、苗字さん」


聞き覚えのある低い声が人影から聞こえた。うっすらと月明かりで照らされた人影をよく見てみると、後輩の今泉くんがブレザーのポケットに手を突っ込んで立っていた。


「なんだ…今泉くんか。びっくりしたなあ」


驚かせないでよね、って笑ったつもりだったけど声が震えてる。こんなの泣いてたってバレバレじゃん。本当に最悪だ、最悪の連鎖だ。後輩に泣いてるなんてバレたら先輩としてのメンツが潰れてしまう。


「ていうか今泉くんこそ、何でこんなとこに?」
「ここ、オレのクラスなんで」


荷物取りに来ただけです。って淡々としていて相変わらず愛想の無い後輩だ。鳴子くんとはあんなに楽しそうにケンカするし、小野田くんや杉元くんには優しいのに泣いてる先輩マネージャーには素っ気ない。私結構彼の事構ってる方なんだけどな。年齢の割にクールでしっかりしてるけど、案外脆い所とかなんだかほっとけなくてついついよく構ってしまうんだ。歳の離れた弟みたいで可愛いなあなんて。実際は一つしか違わないのに。
いつもならもっと笑ってよーとか茶化すけど……今は彼のその私に興味ないですって言うような態度がありがたい。今何かあったのかと聞かれたら彼に当たってしまいそうだし、みっともないところは見せたく無い。


「そ、そっか。ここ今泉くんのクラスだったんだねーちょっと使わせてもらってたよ」


ありがとねーって言えば、はあ、とどうでもよさそうな返事が返ってくる。その態度がいつもと違って少し心地良い。多分声で泣いてた事はバレてるんだろうけど、彼はいつも通りに接してくれる。だからちょうどいいんだ、この最悪な気持ちを紛らわせる。


「今泉くん、今帰りなの?一緒に帰ろうよ」


きっと嫌がられるだろうな。仮にオッケーしてくれても彼の事だから渋々とか迷惑そうにとかそんな感じだろう。まあ嫌がられたところで無理矢理着いていくんだけどね。今は下手に優しくされたくないのに一人でいたくないのだ。だからこそ彼のこの態度はありがたい。


「……まあ、いいすけど」


まさかのオッケーだったけど、思ったよりも嫌そうでは無い…というか、窓から差し込む月明かりに照らされた顔は若干嬉しそうに見えた気がした。くそ、イケメンってずるいな、美術品みたいに綺麗だ。顔を見ているだけで惨めな失恋の苦しみなんて浄化される気がしてくる。

自分の荷物を手にした今泉くんと教室を出て、昼間の明るさと騒がしさがまるで嘘のように暗く静かな廊下に足音を響かせながら二人で進む。背の高い今泉くんは歩幅もやっぱり広くて並んで歩いていたはずなのにいつの間にか一歩先に行かれている。こっちを気にしてくれる様子もなくてこのまま置いてかれそうだなって思った。イケメンでクールでモテるのに、そういうとこだぞ今泉俊輔。
けどしばらく歩いても私との間隔はこれ以上開くことはなかった。なんだ、ちっとも気にしていないようでちゃんと気を遣ってくれてるじゃん。ずるいなそういうの…失恋したばかりの弱ったメンタルにはこんなのでもキュンとしてしまう。


「…苗字さん」


ぼーっと今泉くんの広い背中を眺めていると、急に呼ばれて思わず肩が跳ねた。


「何?どうしたの?」
「いえ…突然静かになったから、何かあったのかと」


いつもの淡々とした口調で、いつも騒がしいのに。って最後に余計な一言を添えて。その一言がなければ人に興味なんて無さそうなのに気にしてくれるんだな、なんて素直に嬉しくなったのに。まあ騒がしいのは認めるけどさ…。


「あ、あはは、べつに何にもないよ!?いやーほら、真っ暗な学校ってなんか怖いなってさ!お化けとか出そうじゃん!?」
「……はあ」
「あ、バカにしてるでしょー?でもさ、お化けじゃなくても怖くない?背後から殴られるかもーって」
「まあ、それなら確かに…」


少しバカにしつつも私の戯言に付き合ってくれるなんて。まだ棘のあった一年前の彼じゃきっとバカにされるだけだったし、ただのマネージャーやってるだけの私とこうやって一緒に帰ってくれるなんてありえなかっただろうな。なんだかじんとするな、息子の成長に感動するお母さんってこんな気持ちなんだろうか。


「今泉くんはお坊ちゃんだからそういうのありそうだよねえ。あ、もしそんな暴漢が今出たら私が守ってあげるからね、安心して!」
「どんな偏見ですか。それに…そういうの、普通逆でしょ」


失礼だけど…少しだけ意外だった。女の子にまるで興味なしって感じの今泉くんでもちゃんとこういうのは男の役目だとわかってたのか。

そういえばこんな会話、あの男ともしたな。
一年の時の文化祭の準備期間だったっけ。帰りが遅くなっちゃって、今みたいに真っ暗な廊下を二人で歩いてた時だ。「お化けが出たら守ってやるよ」なんて私に言って……その時私はアイツに恋してしまったんだ。今思えばなんて単純な女だったんだ。その会話をした時は嬉しくて嬉しくて仕方なかったのに、今は苦しくて泣きそう。あーバカだな私、こんな自爆するような話題振らなきゃよかった。


「じゃあ、さ……今泉くん、守ってくれる?私のこと……」


何言ってるんすか、嫌です、って…突き放して欲しかった。この会話の思い出を上書きしてほしい。そしたら私は今後暗い廊下を歩く時、あの男との会話じゃなくてスカした後輩に守ってくれるかと聞いたら拒否られたなって思い出せるから。


「…苗字さん」


きっと彼なら突き放してくれると思ったのに、私の名前を呟いた今泉くんは足を止めて私に振り返ってきた。


「初めて頼ってくれましたね、オレのこと」


月の光を浴びながらフッと笑った彼はとてつもない色気で…ずっと顔がいい後輩の男の子だと思っていた彼のことを、私は初めて「男の人」なんだなって思った。
そういえば、私が彼に何かを頼んだりして頼ったのは初めてだったかもしれない。ずっとお世話してあげなくちゃいけない後輩だと思ってたから……


「いいですよ。幽霊だろうが暴漢が来ようが…アンタはオレが守ります」


なんだよ、今泉くんのくせに。そんなカッコいいセリフ、全然似合わないよ。
そう言って笑ってやりたいのに、心臓がドクドクと苦しいくらいに鼓動を打ってるし、顔は火が付いたみたいに熱くてたまらなくて、こくりと頷く事しかできなかった。


「…いつまでもただの後輩だって思わせておくつもり、無いですから」


覚悟していろと言うように私に不敵な笑みを浮かべた今泉くんはまた踵を返して、行きますよとまた私の一歩先を歩いた。

…私って本当に単純な女だ。ついさっき失恋したばっかりだっていうのに、このほんの1分も満たないやり取りの中で…今と同じ会話のせいで期待だけさせて私の事を女として見ていなかったヤツに恋してしまって痛い目を見たばかりだと言うのに。

…あーあ、もう今泉くんのこと、可愛い後輩だなんて思えないじゃないか。





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