愛しき旋律に、永遠を誓う・後



拓斗と来た夜景の見える高級ホテルにある、ピアノの生演奏まである高級なレストラン。
こんなところに連れてこられて、彼からの将来を共にしたいと言う言葉を期待せずにいられない訳がない。


先程始まった生演奏も気が付けば終了して、どんどん運ばれてきていた料理もデザートまで食べ終えて、いつそういう話を切り出してくれるのかとドキドキしていた。

だけどそういう話には一切ならず、とうとう閉店時間を迎えてしまった。
食事の後にどこかへ…という事もなく、拓斗と並んで待ち合わせた駅へと向かっていた。その道すがら、彼はずっと「ご飯美味しかったねえ」とか「いい演奏だったね」とか色々話していたけどテンションの低い返事しか出来なかった。

…いや、勝手にプロポーズ期待していたのは私だ。だけど将来の事をほんのりと話していた矢先にあんな高級で雰囲気のある所へ連れて行かれて、期待するなっていう方が無理じゃないか。ベタ中のベタだけど密かに憧れていた。夜景の綺麗な高級レストランで「オレと結婚してください」って箱をパカってするプロポーズ!
まあ…それが拓斗らしいかと聞かれたら微妙だけど……。

相変わらず隣でご機嫌な拓斗にだんだんイライラしてきた。勝手に期待していたのは私だっていうのに、なんて自分勝手な女だと自分でも思う。だけどもう自分じゃどうしようもない。せめてこれ以上イライラを募らせて爆発させないように「先に帰るね」と伝えて走ってさっさと改札の向こうへ行ってしまおう。


「ねぇ名前ちゃん。ちょっとこっち来て」


…行ってしまおうと思ったのに、先に拓斗に手を取られた。私の答えも聞かないまま、こっちの気なんて知らないっていうニコニコした笑顔を浮かべながら私の手を引いてどんどん先へ行ってしまう。


「え、何、ちょっと、待ってよ拓斗…!」
「ごめん、少しだけオレに付き合って」


なんだか意味ありげな言葉に何も返す事が出来なくて、黙って拓斗に引っ張られることにした。もう、歩幅が違いすぎてついてくの大変なんだから…!しょーもない事だったら本当にさっさと帰ってやるんだから!

それから間もなく、改札から少し離れた所に黒くて大きい物が見えてきた。何かのオブジェかな、と思ったけどもう少しそれに近付くとその正体はグランドピアノだった。どうやら誰でも触る事ができるらしい…そういえばテレビで見たことある。誰でも演奏ができるストリートピアノっていうやつだっけ。こんなところにあるなんて知らなかったな。ここまで迷わずに来たって事は、この駅にこのストリートピアノがあるって事を拓斗は知っていたのか。


「久々に聴いてくれないかな?オレのピアノ」


そういえば…拓斗のピアノを聴くのはいつ振りだったかな。かなり久々なのは間違いない。うん、と頷けばありがとう、と微笑んで拓斗はピアノの椅子に座って白い鍵盤に長くて細い指を乗せてゆったりと駅の構内にピアノの音色を響かせる。

…あの時、初めて拓斗のピアノを聴いた時もこんな感じだったっけ。ピアノに向かう拓斗の隣に立って近くで彼が奏でる旋律に耳を傾けた。繊細で、やさしくて、心地よくて……


(あれ…この曲…)


この曲…聞き覚えがある。音楽に疎い私にはタイトルはわからない。でもこの曲の思い出は覚えている。これは……あの日音楽室で弾いてくれた曲だ。拓斗に恋するきっかけになった、優しくて胸がじんとしてくるようなこの曲。
胸がすごいドキドキしてる。あの時は視界に入っているはずの周りの景色とか全部ぼやけて、楽しそうにピアノを弾く拓斗がやたらキラキラして見えたんだっけ…今みたいに。
今まで胸の中で燻っていたイライラは、ピアノの癒し効果なのか、はたまたそれを奏でる彼へのときめきのおかげかすっかりと静まっていた。

暫くして演奏が終わって、拓斗は私の名前を呼んで優しい目で私に顔を向けた。その表情にどきっとして思わず「はひっ!」と間抜けな返事をしてしまった。


「名前ちゃん…オレと、結婚してください」


思わずまた間抜けな声をあげてしまった。
あまりにも不意打ちすぎて頭が彼の言葉を理解していない。混乱して「え、え、え?」なんて挙動不審になっていると、周りから歓声が聞こえた。
辺りを見渡してみるといつの間にかピアノの周りには人集りができていた。どうやら拓斗の演奏に惹きつけられて来た人達のようだ。
中には若い女の子までいて、写真か動画を撮ってるのかスマホを構えていたりする。長身細身のスイートフェイスのイケメンがこんな綺麗なピアノ弾いてたらね、そりゃ惹かれちゃうよね!でもごめんね私の彼氏なの!
…なんてことは考えられるのに、今の拓斗の言葉が理解できないとは。あれだけ待ち望んでいた言葉なのに……。


「な、んで……今…」
「ずっと言おうと思ってた…本当はレストランで伝えようと思ってたんだけど…。
名前ちゃん、生演奏の時この曲聴き入ってたでしょ?オレが名前ちゃんに初めて弾いたこの曲」
「え…?」


生演奏でこの曲、弾いてたの…?あ…そういえば弾いてたような気がする…。
多分ピアノを聴き入る拓斗の顔を横目で見ていた時だ。拓斗の事を見ていて曲が頭に入ってなかったのに、彼からしたら曲を聴き入ってたように見えたのか…。
それにしても思い出の曲なのに頭に入ってこないくらい彼に見入っていたなんて、どんだけ私は拓斗にぞっこんなんだ。演奏者さんに申し訳なくなってしまうな…。


「ちょっと嫉妬しちゃったんだ。名前ちゃんがオレ以外の人の演奏を聴き入るなんて…って。だから、オレの演奏を聴いてもらってから結婚してって言おうって思ったんだ」
「……拓斗…」
「…オレのお嫁さんになってくれる?名前ちゃん」


今度はちゃんと頭に入ってきた。まさかこんな事を考えていたなんて…もうすっかり鎮まったとはいえ、本当にイライラしていた自分が馬鹿みたいだ。
周りから「がんばれー!」って声援が聞こえる。プロポーズに頑張れって、何だよ。


「…もう…こんな所で言うとか…恥ずかしすぎるよ。拓斗ピアノ上手いからギャラリーいっぱいじゃん…」
「あ…ごめん。でもどうしてもこの曲聴いて欲しかったから」
「ばか…ばか拓斗……拓斗の弾くこの曲が一番に決まってるし」
「ありがとう、名前ちゃん」
「…拓斗のお嫁さんにならない訳、ないじゃん…」


私も拓斗と結婚したい。勝手にポロポロ出てきた涙をそのままにして笑って言えば、拓斗はぱあっと明るく笑って、勢いよく椅子から立ち上がって「ありがとう!」と思いっきり私を抱きしめてきた。
周りからはわあっと「おめでとう!」「お幸せに!」っていう歓声と割れんばかりの拍手が構内に響いた。

私が理想としていたプロポーズとは全然違ったし、彼の上手いピアノのせいで集まってしまったたくさんの人の前でとか恥ずかしすぎるけど……こっちの方が拓斗らしいし、ずっと忘れないだろう。


「ねぇ名前ちゃん。あの曲がラブソングだってこと、知らないでしょ?」
「えっ…そうなの?」
「高校の時も、気がついてくれたら…って思ってた」
「……わかりにくいよ、ばか。それより、指輪はないの?」
「あ!忘れてた!…えっと…受け取ってくれるかな?」


拓斗がポケットから取り出した四角い小さな箱の中には、彼の乗るロードバイクと同じ鮮やかなピンク色の宝石を嵌め込んだ指輪が、私たちを祝福するかのようにキラキラと輝いていた。






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