愛しき旋律に、永遠を誓う・前



今お付き合いをしている葦木場拓斗とは高校からの付き合いだ。
普段は天然でどことなく抜けていて頼りない彼だけど、ロードバイクに乗る時に見せるまるで別人のような真剣な顔や、子供のように楽しそうにしている姿に次第に惹かれていった。

高2のある日、たまたま2人きりになった音楽室で彼は子供の時からやってるというピアノを弾いてくれた。音楽の事はあまりよくわからなかったけど、彼の長くて細い指から紡がれるその弾むような音はとても心地よくて繊細で彼のように優しくて…胸の奥がじんとしてくるようなこの曲を、ずっと聴いていたいなと思ったのをよく覚えている。
その時、『ピアノ好きなんだね』と言えば、拓斗は見たことないような柔らかい笑顔で『うん、大好き』と言った。その笑顔をきっかけに、私は完全に彼に恋した。

だけどその想いは伝えられないまま、卒業式当日を迎えた。
今日こそは伝えなくちゃと思って、勇気を振り絞って想いを伝えようとした。
けど、私が伝えるよりも先に拓斗の方から高2のあの日の音楽室で見せた、私が恋した笑顔で『オレ、名前ちゃんの事が好き』って告白してくれた。もちろん私の返事はOKに決まってた。

あれから月日が流れて、お互い大学も卒業して社会人として忙しない毎日を送っている。
拓斗とのお付き合いも順調だと思う。彼は高校から変わらずほんわかしていて優しくて、私をとても大切にしてくれている。付き合い始めの頃に比べたらイチャイチャしたいっていう気持ちはかなり落ち着いたけど、彼への愛情は変わらない。…まあ、拓斗は相変わらず天然でどこか抜けてるから大なり小なり喧嘩になっちゃう事もあるけど……。
もう私には拓斗以外考えられないし、きっと彼と結婚するんだろうなって謎の確信があった。

お互い経済的にもちゃんとしてきたし、もうそろそろ将来の事を考えてもいい頃だなあと考え始めて、彼もそんな事を匂わせるような事を言っていたある日、電話で拓斗に食事に誘われた。


「ご飯?いいよ、いつもの洋食屋さん?」
『ううん。行ってみたい所があるんだ。えっと…いいかな?』
「行ってみたいところ?拓斗がそんな事言うなんて珍しいね。いいよ、どこ?」
『ふふ…それは内緒だよ』


いいかな、なんて言っておいて内緒なんかい。まあいいか。いつも私たちのデートは行き当たりばったりで、旅行とか行っても計画通りに観光できた試しがない。そんな自由なデートばかりだったのに、珍しく拓斗が行きたい場所があるって言ったんだ、付き合うしかないじゃないか。
いいよ。って返せば『よかったぁ』ってふわっとした声が電話口から返ってきた。きったその声と同じく顔もふわふわと綻んでいるんだろうな。


『あ!結構ちゃんとした所だから、綺麗な格好してきてね!』
「え…?う、うん、わかった…!」
『ふふ、楽しみだなぁ。それじゃあ名前ちゃん、今度のお休みにね!』


おやすみ、大好きだよ。となんだか浮かれ気味に言われて、その様子に少し戸惑いつつも返事をすると電話は切れた。


(…ちゃんとした所、ってなんだろう……?)


私の頭にふと過ったのはドラマでありがちな高級ホテルの高層にある夜景が綺麗なレストランだった。イケメンがヒロインに指輪の箱をパカってして“オレと結婚してください”って言うような……もしかして拓斗もそんな事を考えてくれているんじゃ…!?まさかいよいよプロポーズされるのかな…!?

一人で期待を膨らませて興奮していた私はその夜、なかなか寝付けなかった。







拓斗とのデート当日。今日は夕方からのデート。
数年前に買って一度しか袖を通していなかったフォーマルドレスを着て、特別な日になるかもしれないと待ち合わせの数時間前から気合を入れてメイクとヘアセットをして、待ち合わせ場所に行くとジャケットにベストっていう見慣れない姿の拓斗が私を見つけてニコニコと手を振っていた。背が高いからこういうきっちりした服が本当によく似合うなあ、なんて久しぶりに彼にドキドキを感じつつ彼の元へ駆け寄った。
それから拓斗に手を引かれるまま、連れてこられたのは知らない人はいないだろうっていう有名な高級ホテルの高層階にある高級レストラン。
これはいよいよドラマのようなプロポーズが現実味を帯びてきたな…!緊張でバクバクと騒ぎ始める心臓を無視して、ウェイターさんに案内された夜景のよく見える席に拓斗と向かい合って座った。

こんな高級な場所に来るのは当然生まれて初めてで、心臓がドキドキと鼓動を早めていた。来たことない場所に緊張…というよりこれからの事を期待してドキドキしている。


「ここね、ピアノの生演奏があるんだって。楽しみだね」


拓斗の目線を追うと、店内の真ん中に吊るされた豪華なシャンデリアの真下に、またまた高級そうなグランドピアノが置かれている。どうやら決まった時間に演奏者がきて生演奏を披露してくれるらしい。
…なるほど、だからこの場所を選んだのか。拓斗らしいな。


「生演奏なんて初めてかも。私も楽しみ」


そう笑って言えば、拓斗もふわっと笑う。大人になってもこのふわふわした笑顔は変わらないな。大好きな彼のこの笑顔をこれからは毎日見れるのかもしれない……そう思うと自然と口元が緩んだ。

他愛無い話をしている内に運ばれてくる高そうなコース料理たち。それをいつもよりずっと上品に気を遣いながら食事しているとグランドピアノがスポットライトに照らされて、その中心にはモーニング姿の男性が深々とお辞儀をしていた。


「始まるみたいだね」


一旦食事の手を止めて、はじめて恋人以外のピアノの生演奏に耳を傾ける。
演奏されている曲はクラシックに疎い私でも知っているような定番な曲もあれば、全然知らない曲もあった。でも耳に響く音色はとても心地よくて、うっかりすると眠ってしまいそうだった。
でも…私が高校の時に聴いた拓斗の演奏の方がずっと綺麗に感じてしまうのは恋人の色目だろうか。なんとなく向かいの拓斗を横目で盗み見ると真剣な顔でじっとグランドピアノと演奏者を見つめていた。


(…こんな顔、久しぶりに見たかも)


自転車に乗っている時とはまた違う顔。真剣だけど穏やかで、楽しそうな…そうだ、高校の時に初めて拓斗に生演奏してもらった時の顔と同じだ。
その横顔を見ながら、やっぱり彼の事が好きだなあと再認識した。彼以外の人とこの先の人生を共に過ごすなんてなんて考えられない。
…拓斗もそう思ってくれてるのかな。いや思ってくれてるはずだ。だからこそこんな普段の私たちじゃ絶対にデート場所に選ばないようなところに連れてきてくれたんだろうし…。



──なんて、期待していた私が浅はかだった。






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