I live and die with you



「名前さんがオレより早く死んじゃったらやだなー」


思わず洗濯機へ向かう足がピタリと止まった。
部活にやっと来たと思ったら、開口一番に何不穏な事を言い出すんだ、この遅刻魔の後輩は。おかげで来たら絶対叱り飛ばしてやるっていう私の目論見は既に頓挫しそうになっている。

今日はなぜか山のように積み上がるくらいの量の洗濯物を入れた洗濯籠を両手に抱えながら「は?」と怪訝な顔をしてその遅刻魔後輩の真波を見れば、にへらっと笑って「あ、誕生日おめでとうございまーす!」なんてまるでさっきの言葉のおまけのように言う。普通逆だろう。いや逆でもさっきの言葉は今日めでたく誕生日を迎えた人間に言う言葉じゃないな。


「あー…ありがとう…。けどさっきの言葉は何よ」
「だって名前さん、オレより年上じゃないですかぁ。だからオレより早く死んじゃうのかなーって」


それは嫌だなー、ってゆらゆらと生き物みたいなアホ毛を揺らして相変わらずへらへらと笑う。その笑顔のせいで本当に嫌だと思っているのか胡散臭い。
こいつのファンの女子達はこの笑顔が可愛いと言うのがにわかに信じられなかったりする。まぁ…たしかに顔はいい。すごく顔がいい。それは認めよう。


「そんな事より、早く練習行きなさい!もうみんな部室でトレーニング始めてるよ」
「えー、中でトレーニングなんてつまんないですよー。自転車乗るなら外で走りたいでーす」
「はあ……福富くんには言っておくから、別にそれでもいいよ」


真波が室内トレーニングのメニューをこなさないのは部でも有名だ。何度言っても無駄だから、無理にローラーや筋力トレーニングをやらせる事を諦めた。押し問答するだけ労力の無駄だし。
いつもならわがままを容認してあげれば喜んで白い愛車に跨っていつもの山岳コースへと走り出して行く……はずなんだけど。


「今日はもう少し名前さんと話していたい気分なんですよねー」
「…はぁ?」
「それに東堂さん達から名前さんを足止めしておけって言われてるんで」
「…え?」
「あっ、これ言っちゃダメなんでした!聞かなかった事にして下さーい」


今日に限ってすごく多い洗濯物、メニューは全員室内トレーニングから…真波の漏らした足止め……ああ、みんなが何を企んでいるのかわかってしまった。ただの一介のマネージャーの私なんかの誕生日を、わざわざ貴重な練習時間を削ってサプライズで祝おうとしてくれているなんてありがたい限りだ。真波のうっかりのせいで気付いてしまったけど部室に入る時は精一杯知らなかったフリをしよう。


「じゃあ洗濯手伝ってよ」


すごい量なんだよね、って重さに耐えかねて地面に置いた洗濯物の山を指差す。いくら洗濯で私を足止めしようとしてるとはいえこの量を一人でやらせようっていうのはなかなかひどい。ていうかよくここまで溜め込んだな。


「えー嫌ですよ」


かーっ!言うと思った!!この真波が手伝ってくれるなんて期待してなかった!
けど女子マネが一人で頑張ってるんだからせめて籠運ぶとか手伝ってくれてもいいんじゃないか、室内練やだやだの我儘だって聞いてあげたんだしさ。まあ仕方ないか。真波だもんね。
仕方ない、一人で頑張るか。もう一度籠を持ち上げて、洗濯機の前までふらふらしながら向かえば真波もひょこひょこ着いてくる。
なんとか運んだ籠を洗濯機の脇に置いて、その山の天辺から少しずつ洗濯機に投げ込んでいく。ちらりと後ろを盗み見ると真波はやっぱり手伝ってくれる気配もなくただニコニコしていた。ちくしょう可愛いな。


「さっきの話だけどさ、何で私が先に死んだら嫌なの?」
「だって、寂しいじゃないですか。名前さんがいなくなるとか考えられないですよ」
「…はぁ」


いつものニコニコ笑顔に小首を傾げるポーズ。こんな顔で「寂しい」だなんてファンの子だったら卒倒しているだろう。幸い私は毎日部活で見慣れているので耐性がついてるからなんともないフリができるのだ。


「…知ってる?今の日本人の平均寿命はね、女性の方が高いんだよ」


少し前は男性も女性も同じくらいだったらしいけど、最近は女性の方が数歳高いというのをこの間テレビで見たばかりだった。
真波は「へえ」と感嘆の声を上げて目を丸くした。だけどまたヘラッと笑う。


「でもオレ、名前さんより先に死ぬのも嫌だな〜」
「じゃあ私が先に死ぬ方がいい?」
「それもイヤ〜」


じゃあどうしたらいいのよ、とため息と共に漏らす。というかこのやり取りがそもそも謎だ、これじゃあまるで私の今後の人生設計に真波が存在しているみたいじゃないか。その逆も然り。
…少なくとも私はこれからの人生に真波が存在してくれたら、と思ってはいるけど……きっと真波はそうは思ってないだろう。これからもきっと一人で自由にしていたいと思っているに違いない。誰か一人に縛られるなんて彼らしくないし、縛られて自分らしさを無くしていく彼を私も見たくない。
そんなことを考えていたらちょっとだけ泣きたくなってきた。もう、真波がこんな人の誕生日に死ぬとかなんとか不穏な事を言い出したから悪いんだ。
泣きそうなのを誤魔化すために顔を真波から洗濯機へと向けて、洗濯物の残りを一気に洗濯機に詰め込んで、液体洗剤をたっぷりと振り掛けて洗濯機のスタートボタンを押した。
…あ、しまった。これ絶対途中で洗濯機に入れすぎだって怒られるやつだ。完全に冷静をかいてるな、私。


「…死ぬならオレ、名前さんと一緒がいいです」
「……え?」


思わず洗濯機から真波に視線を移す。多分今私、鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるんだろうな。


「これから名前さんと一緒にいっぱい生きて、最期に“あー生きてたなー”って思いながら一緒に死ねたら最高だなって」


それってどういうことだ。
それって───これからも私と一緒にいたい、そう言う事だろうか。
ドクンドクンと心臓が鼓動を打って、骨と肉を突き破って飛び出してきそうな程に騒ぎ出しているし、顔も熱を持って鬱陶しい。
ああもう、どうしてこんなに真波は私を振り回してくるんだ。


「…っ、それって…まるでぷ、プロポーズみたいだよ…?やめなよ女子にそういう事言うの…」


動揺を隠すように作り笑いをしながら言う。耐性のある私だからよかったものの、本当にファンの子だったらきっと黄色い悲鳴をあげて即ノックアウトだろう。


「プロポーズ……告白のつもりだったけど、そっちの方がいいや」
「え」
「名前さん。オレと一緒に生きて──一緒に死んでください」


真波は今までのへらへらした笑顔から一転、切長の大きな目を細めてふわっと笑った。その細められた深い海のような目から思わず目が離せなくなったのと、突然の到底素敵とは言い難い告白に頭がついていかなくて数秒硬直した。


「ま、な──」
「あっ、もういいみたい!行きましょ名前さん」


なんとか唇を動かして言葉を紡ごうとすれば、部室をちらっと見た真波に手を取られた。
ちょっと待って、と言ってみるけど聞く耳持たずの彼に手を引っ張られて強引に部室へと連行された。…あ、そっか。みんな私へのサプライズを考えてくれてたんだっけ……どんなリアクションをすればみんな喜んでくれるかなとか色々考えてたのに真波のせいで台無しだ。


…部活が終わったら、私も真波に言おう。
“私も一緒に生きて、一緒に死にたい”、って。


その後、真波に連れられてきた私の顔が真っ赤だった事を皆んなに揶揄われたのは言うまでもない。





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