送電線と路面電車の架線に切り取られた東都中心街の青空。 そこに、「本日大売出」の文字が大きく書かれた幕を吊り下げた広告気球が揺れている。 地上には、仕事に、遊びに、または各々の欲望を満たすために、忙しなく通りを行き交う人々の姿。 正午を知らせるサイレンが、大通りに響き渡った。 それと同時に、ぼん。と音を立てて、風の吹くまま左右にゆらゆらと揺れていた広告気球が破裂した。 その破裂音はサイレンに殆どかき消されていたが、音に気が付いた数人は広告気球を見上げていた。 しかし支えを失って、ゆっくりと溶けるように落ちてゆく幕の向こうに、その何倍ものスピードで黒い影のよ うなものが急降下していくことに果たして彼らは気が付くことができたであろうか。 立ち並ぶビルディングの谷間、落ちた影は壁面に鋭い爪痕を残しながら路地を駆け抜ける。 路地の奥へ、奥へと、建物を飛びついでいく。 都市の暗闇に、その身を同化させていくかのように。自らを追う何者から逃げ隠れるかのように。 その時。 がす。 背後から、影の頭部と思われる部位に細い光が二本突き刺さった。 影は押し潰された蛙のような悲鳴を、げいい、と短く漏らし、湿った地面に落下する。 見上げると、背後の建物に垂れ下がった「本日大売出」に片手で掴まり、片足を壁面で支える男がそこにいた。 黄色い帽子とマフラーを身に付けているが、服は烏の羽のように黒いスーツだった。 目深に被った帽子から、鋭い目が覗いていた。 幕を掴んでいない手には平たい刃のようなものが四、五本握られている。 影の頭に刺さったものはこの切出型手裏剣であることは間違いなかった。 「いたぜ」 影は、げえええええ、と再び耳障りな悲鳴をあげた。 先端に鋭い爪が幾本も生えた腕が元の長さの三倍にまで伸び、マフラーの男を襲う。 「今だ、行け、鉄!」 「了解です」 鳶色の髪の男が通りの方向から現れた。手の甲から鎖鋸が伸びる。 一閃。 唸りをあげる鎖鋸で影の腕が断ち切れた。 そのまま絶叫を続ける影の頭が貫かれる。 影は少し手足をバタつかせ、そのまま動かなくなった。 そして、影は暗闇に霧散した。 サイレンの残響も、すでに聞こえなくなっていた。 「一二:〇三、目標全一体、殲滅完了しました」 回転を停止した鎖鋸は、見る見るうちに縮んでいき、再び男の手の甲に収納された。 鳶色の髪の男も、烏の黒衣を身に付けていた。 「終ったなあ」 とん、と軽く地面に降り立ったマフラーの男が欠伸をした。 「なんだか凄え簡単な仕事だったなぁ、今日は」 「そういった油断が一番危険なんですよ、黒飛さん」 マフラーの男――黒飛は帽子を目の上に引き上げ、「はっ」と笑った。 「大丈夫、だーいじょうぶだって。さ、帰ろうぜ、鉄。渡岸くんが待ってる」 鉄と呼ばれた男は、「苦笑い」の表情を浮かべ、一足早く通りへ駆けだした黒飛の後を追った。 |