乙女必見 | ナノ
研究室のドアを開けた瞬間、妹尾は気怠げに据わっている切れ長の眼を見開いた。

二十分ほど外出していた間にいつの間にやら机についていた男は、ある事情から妹尾と共に非合法雑誌「星叢稀報」を制作している姉川勲であった。
この部屋は妹尾の個人的な実験や執筆作業に使われる部屋であり、雑誌の編集部でもある。それ故に無愛想な乳白色をした事務机は部屋の中央に二つ、向かい合わせに配置されているのである。
片方はこの部屋の主、もう一つは共同執筆者のためにある。その間には基本的に仕切りはないが、積み上げられた資料がその役目を不本意ながらも果たしている。

しかし突如現れた闖入者によって、その境界となる資料の山は色とりどりの文房具やらマスコットやら小さな紙やら何やらこまごまとしたものでで決壊を起こしていた。

「何だこれは」
妹尾はそれらを苦々しげに一瞥し、数十センチ上から質問を投げかける。
「うん?これはだなあ、おまじないグッズというものだよ妹尾君」
にやにやと煙草を吹かしながら、姉川が呑気に答えた。
「……捨てるぞ」
机の上を一掃しようとする妹尾の腕を姉川は必死に制する。
「まあ待て聞いてくれ妹尾、俺はここ二日間くらい色々考えてみたんだ。この雑誌の読者はどうしたら増えるのかって、真剣にな」
「…………」
この男にも真剣に考えることがあるのか。
とりあえず妹尾は腕を下ろし、姉川の釈明を聞くことにした。
「えー、まあこの雑誌はそこそこ売れてるみたいだが、まだまだ目標の部数とは程遠いわけだ。学生に売れてるって言ったって大抵オカルト好きのちょっとマニアックな連中が読んでる感じだ。それじゃ駄目なんだよ。もっとお喋りで話題を共有できるような層に読んでほしい」
赤いフェルトペンを指先でしきりに弄びながら、姉川は続ける。
「学生でお喋りで噂好きなのって言ったら、そりゃあ花の女学生諸君だろ?女の子ってのはな、こういうおまじないってやつが好きなもんなんだよ。膝に赤い文字で意中の子のイニシャルを書いてキスしたり、消しゴムに名前を書いたり、背中に呪文を唱えてみたり、可愛らしいもんだろ?この本はな、ちょーっと怪し過ぎる気がしてマニアックな奴は釣れるけど到底ピュアな乙女が買う様な本じゃないんだ。俺はその状況を打破したいね。てなわけで」

姉川は煙草を灰皿に押し付け、声高に言い放った。

「誌面改革を断行する!次号はおまじない特集だ!」

妹尾は嫌いな煙草を目の前で喫している上に、机の上まで滅茶苦茶にした無鉄砲かつ無遠慮で無神経な革命家の頭を、手にしていたクリップボードで殴りつけた。
乾いた音がした。


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