涼風、高天、薄く筋を伸ばした秋の雲。 その遥か下より、芳ばしい香気を含んだ油煙が立ち上る。 「黒飛さん、何を?」 覆いかぶさるようにして、大柄な鉄炮塚はその香気の源を覗き込んだ。 黒飛は鉄炮塚を見上げ、こう答える。 「ああ、秋刀魚……秋刀魚だよ。流石の鉄でも秋刀魚くらいは知ってるだろぉ」 黒飛は七輪の前に屈み、古ぼけ所々に穴をあけた団扇でゆっくりと炭火を煽る。 煽るたびに、柔らかな白い灰に包まれた炭の中心が息づいているかのように赤くなる。 「渡岸くんがうるさくてさぁ、部屋の中で焼くと煙たくなるからって外に追い出されたわけよ」 ああ寒いなあ、もう秋だな、そんで気付いたら冬になってさ……と不平を漏らし、また視線を七輪に落とした。 鉄炮塚の機械仕掛けの頭脳には、造られて暫くの間軍警の下にて刷り込まれたことは多々あれど、それは特殊部隊としての知識、そして人間と見せ掛ける為の礼儀作法が主であり、まだまだ入力されていないことが山ほどある。 それ故に上層からは、三羽烏としての活動の最中に人間として生活をしつつ(もちろん戦闘活動中は例外である)学習していくという指令を受け取っている。 そしてその生活の中で、彼は秋刀魚の知識を有していた。なので、そのまま答えた。 「秋の季語ですね」 「…きっ…季語ぉ?」 「あまりに身近すぎる魚なので、昔は殆ど俳句に詠まれることはなかったそうです」 「……なーんでそんなマニアックな知識を知っているのかねー鉄はぁ」 「本で読みました」 「どんな?」 鉄炮塚は懐から角が丸くなり、頁もしなった、薄い雑誌を取り出した。 表紙には、「季刊俳句集・『東句集 秋号』」の文字。 扉絵には槿の花が描かれ、隅には発効日。今から三年ほど前の日付が印字されていた。 「これしか持っていませんが……私が軍警での教育期間からずっと読んでいる愛読書なんです」 黒飛の持っている団扇の動きがはたと止まった。 「俳句ぅ?鉄が?俳句?」 「ええ、素晴らしい文化だと思いますよ」 「はいっ……俳句ねぇ!いやぁいいと思うぜ!鉄っぽい!すっげ鉄っぽいわ!」 はははははは、と大声で笑う黒飛と、七輪を交互に見遣りながら、鉄炮塚は『鉄っぽい』とはどういう事かと思索する。 『鉄』とは金属の一種ではなく即ち鉄炮塚ANN-300、自分の事だ。黒飛さんは、私の事を鉄と呼ぶ。これは、解る。 しかし私らしいとはどういう事か?それが、解らない。 解らない。いまいちわからない。が、団扇も投げ出して笑っている黒飛と、赤々と光る七輪と、網の上の秋刀魚を眺め、一つだけ今この状況で解ることが、一つ。 「ああ。黒飛さん、秋刀魚、……焦げています」 辺りにはすっかりと、焦げた油と魚の臭気が漂っていた。 |