笑顔が愛しい
今日は雲行きが怪しかったため、久々に宿をとった。
飛段はそれはそれは満足そうに暖簾を潜り、宿の中へ入って行った。
「やっぱり宿っていいよなァー
なー角都ゥー」
ここで「そうだな」と、答えてしまったら明日もまた宿で泊まろうと言われるのがオチだ。
オレはこいつの口車に乗せられまいと話を切り替えることにした。
「……明日は早朝にここを出る…
だからさっさと寝ろ。」
すると飛段はムスッと顔を悄気らせ、舌打ちをして「わかったよ…」と答えた。
オレは換金所で数えた金をもう一度数え直すため、机の前で胡座をかき、アタッシュケースを開けて金の束を手に取った。
…と同時に、飛段は机の上にある微かな灯火を見つめ、頭を軽く上げて目を輝かせていた。
オレが座っている向きと飛段が寝転んでいる向きが正面になっているため、飛段と顔が合って何だか気まずい空気になってしまった……。
全く…普段は五月蝿いくらいベラベラ喋るくせに、なぜこういうときは何も喋らないのか…
オレは座る方向を変えようとしたが、飛段を背後にするのが色んな意味で心配だったため、止めた。
……そういえば以前にもこれと似たようなことがあった。
その時も今と同じ時間帯に金を数えていて…
随分と達者な凡帳面であるオレといえども、さすがに疲れていた。
そんな時にふと飛段と目が合って……
そして笑って「がんばれよ」と、一言声をかけてきた。
その時の笑顔は恍惚というか……
見ていてとても癒されたのを覚えている。
今日も寝付かなそうな理由は、そうやってまた、オレを気遣ってくれようとしているからなのだろうか?
……そう思うとかなり仕事に精が出てくる。
だからオレは何も言わず、また飛段と目を合わせてみた。
……すると、オレは驚愕した。
飛段が突然、目からつーと涙を流したからだ。
オレはほぼ無意識で飛段に声をかけた。
「飛段…お前なぜ泣いている?」
「……え…?
……あ、ホントだ…」
「無意識なのか…?」
「うん……多分…。」
「……光が…眩しいのか?」
「………大丈夫…。」
「……そうか…」
眩しいからか……それが分かって、自分はさっきまで動揺していたのが分かった。
いつも憎たらしいくらい笑顔が豊富なやつだから驚いたというのもあるが…
こいつの笑顔は…
オレにとって、ある意味弱点なのかもしれないな…。
オレは手に取った束を元に戻し、アタッシュケースを閉め、飛段の隣に自分用の布団を敷いた。
「もう寝ろ…
明日は……早い。」
「なんかごめんなァ…」
「別に構わん…いつでもできることだ。」
「角都ゥ…」
「……なんだ」
「おやすみィ…」
そうして安心したようにコックリと眠りについた飛段を、無償にいとおしく思った。
そして灯火は静かに静かに…消された。
(誰にでも弱点はある)
「今日もがんばろうな角都ゥー!」
「もうお前…笑うな」
「…ハァ?
ちょ、待てよ!何で怒ってんだよ!
なー角都ゥー!」