朝目を覚ますと、アカギは冷え切った部屋の外気にぶるりと身震いした。この夏場に何事だと顔を上げれば、頭上のクーラーからごうごうと冷気が垂れ流されているのがみえた。

 そう言えば、セックスのあとあまりの暑苦しさにカイジが電源を入れていたのだったか。靄のかかった頭で昨夜のことをぼんやり思い出しながら、アカギは剥きだしになった肩をゆっくりと摩った。気温に影響されやすい皮膚はやはり冷たくなっている。

 肌寒い。が、このくらいの気温のなかで毛布にくるまっているのはなかなかに心地好い。このまま二度寝してしまおうかと毛布を引き上げると、すぐ傍で猫背気味の背中が小さく身じろいだ。毛布からほとんどはみだしているため、丸まった姿はひどく寒そうだ。

 地下で労働させられたと言う言葉どおり、ろくに動かない割にカイジの身体は均等が取れている。無駄な肉は付いておらず、隆々とは程遠いがそれなりに筋肉が乗っている。逆にアカギは同年代よりいくらか線が細いため、カイジと比較すると横幅に結構な差がみられた。羨ましいとは思わないが、体型に恵まれているなとは時折思う。

 何とはなしにカイジの後姿をみていると、昨夜アカギがつけた爪痕が薄暗い視界に浮きあがってきた。なかでも一際目立つ生傷は、恐らく達した瞬間に付けてしまったものだろう。痛そうに呻くカイジのしかめっつらを思いだし、その間抜けさにアカギは息をもらして笑った。そりゃあ痛いわけだ。

(夢中だったんだな……)

 こうして間を置いて初めて自覚するが、最中のアカギは自分が思っているよりも随分乱れている。終盤まで余裕を崩さずにいるつもりでも、気がつけばカイジに揺さぶられるがままになっているのだ。快感と充足感さえ得られれば別によいのだが、毎度カイジにあられもない姿を曝けだしているのかと思うと苦笑してしまう。カイジが言わないだけで、既に変なことをひとつかふたつ口走っているかも知れない。事実言いかけて飲み込んだことは何度かある。案外絆されやすい性質なのだ。

 クーラーのおかげで汗は引いている。しかし事後特有のべたつきが肌に残っていた。加えて股のあたりはまだ乾燥してあらず、足を擦りあわせるたびににちゃにちゃと小さな音が鳴る。

 カイジはまだまだ眠っていそうだし、先にシャワーを浴びてしまおうか。そう思いたって上体を起こしたとたん、腰が抜けるような感覚にアカギは勢いよくベッドへ沈み込んだ。

「ッ……」

 大の男二人をシングルベッドに支えさせるのは酷だ。案の定大きなスプリング音が鳴り響き、すぐ傍のカイジの肩がぴくりと反応した。

「……んだよ、うるせえな」

 見た目に反してカイジはアカギより低血圧だ。いつにも増して柄の悪そうなカイジに半ば呆れながら、謝るのも癪で「立てない」とだけ伝えた。カイジを責めるような語調ではなかったが、どう解釈しても「昨夜のカイジさんの所為で」と聞こえるに違いない。

「ああ?」

 鬱陶しそうな相槌を打ったあと、カイジは前髪を掻きあげながら「あー……」と間延びした声をあげた。そうして決まりが悪そうに「悪い」と呟く。寝ぼけた頭が覚醒し、昨夜無理をさせたからだと合点がいったらしい。

「……大丈夫か? 喉は?」

「少し渇いた」

「そっか……んじゃ取ってくる」

 そう言うと、カイジは脇腹を掻きながら気怠そうに立ち上がった。ついでに床にあった灰皿、煙草、ライターを手渡し、覚束ない足取りでキッチンへ向かう。アカギはすぐに煙草へ火を付け、何だかんだと世話を焼いてくれるカイジにうっすらと笑みを浮かべた。

 本来なら掘られる立場など御免被りたい。男同士のセックスにさほど抵抗はないが、とは言っても抱く側の方がいいに決まっている。そう思いながらも好んでカイジに抱かれるのは、事後のこの雰囲気が好きだからと言うのもあるのかも知れない。数時間前までアカギの言葉も構わず腰を打ち付けていたくせ、事後は気遣おうと言う意識もなく気遣ってくるのがおもしろい。

「カイジさん、ついでにタオルも」

「ああ」

 言われるがままに水を注いだコップとタオルを持ってくると、カイジもベッドに座って煙草へ火を付けた。密室に二人分の紫煙が広がり、重たい空気によってさらにだらけた気分になる。

「なあ、なんか寒くねえか」

「そうだな」

「ちょっと設定上げるか」

「ああ」

 ピッ、ピッと軽快な音が鳴る。とたんに風力の弱まったクーラーを一瞥し、アカギはタオルをそっと股ぐらへ運んだ。シャワーのときに洗い流そうと思っていたのだが、一度落ちつくとそれすらも面倒になってしまった。

「大丈夫か? 何ならオレが拭いてやってもいいぞ」

「……いや、いい。あんたにされるとまたムラついてきちまう」

「……バーカ。昨日散々やっただろ」

「クク。そう言うあんただって、今ちょっとムラついたんだろ」

「うるせえ」

 図星らしい。おかしくなってクツクツと笑い続けていると、カイジは大きく舌打ちをして俯いた。背を向けているため確認できないが、きっと顔が赤くなっているに違いない。「みたいな」と思ったが、これ以上臍をまげられるのはこまる。何せ今日は夜まで此処にいるつもりなのだ。当然穏便に過ごせた方がいいに決まっている。

 邪魔になる煙草を灰皿へ置き、足の付け根からはじめて陰嚢やその奥を拭く。どろりとした感覚に気づいて後孔へ触れると、まだ柔らかい恥肉は粘液でべっとりと濡れていた。

「カイジさん、中に出したまま掻きだしてねえだろ」

「は? ……ああ、悪ぃ……オレもそのまま寝ちまったんだった」

「へえ……それじゃあ昨日はよっぽどがっついてたんだな」

「仕方ねえだろ! ……久々だったし余裕なかったんだよ」

「……フフ、そうだな」

 オレもなかったよとは心のなかで呟き、アカギは毛布を下へ押しやった。すっかり欲情してしまっていた。

「なあカイジさん、思うように手が動かねえんだ。シャワーを浴びるのもだるいし、代わりに処理してくれよ」

 挑発的な響きを含ませて言うと、カイジはアカギの下肢をみて苦い顔をした。露骨にげんなりした様子をみせる反面、目の奥には欲がちらついている。自制するように「からかうな」と答えつつ、半分はその気になっていた。

「今日は代打ち頼まれてんだろ」

「さんざっぱらセックスしたからってオレは負けねえよ」

「それは分かってるけどよ……腰が痛いんじゃねえのか」

「出かけるまで休んでれば平気だ」

 否定しないところに可愛げを感じる。アカギは肘をついてゆっくりと半身を起こし、背後からカイジの首へ腕をまわした。不意を衝かれたカイジの顔を覗きこみながら、巻き付けた手で胸のあたりを這うように撫でる。我ながら女みたいな手つきだと思ったが、さして気にせず近くの耳殻を舐めた。

「っ、おい、止めろって」

「何でだ?」

 耳もとで訊ねると、カイジは大仰に肩を揺らした。吐息が直接かかった所為だろう。さりげなくカイジの股ぐらを見遣ればすでに勃起していた。それをみてアカギの纏う熱も上がる。

「冗談にならねえだろうがっ」

「本気にしていいのに……」

 カイジは妙なところで強情だ。働いていないことを恥じるなんてほとんどないくせに、平日の朝からセックスするのは後ろめたいらしい。非常識な常識人と言えばよいのか、とにかく男の基準がアカギにはよく分からない。

 しかし、惰性的な方へ流されやすいカイジのことだ。一度してしまえばすぐに気にも留めなくなるだろう。そんなことを考えながら触れた乳首を軽く引っ掻くと、カイジは痺れを切らしたようにアカギの手首をつかまえた。

「だから止めろって!」

「どうして」

「どうしてって、おまえなあ……」

「だってもうおっ勃ててるだろ」

「…………」

「カイジさん?」

「……あー、分かった! 分かったからいい加減大人しくしろっ!」

「クク……やっとその気になったか」

「そんなにしつこく触られたら勃つに決まってんだろうが……」

「フフ、そうですね」

 絡めていた腕を外し、アカギはカイジの手から煙草を奪った。それを灰皿へ放ってベッドの棚の上へ置く。

「おい、ここに置いちゃ危ねえだろ」

「そんなに暴れるつもりなのか」

「バカ、念のためだ!」

 カイジは赤らんだ顔で灰皿をデスクの方へ退かした。ついでに空になったコップを床へ並べ、不服そうな顔でアカギと向かい合う。それを合図にキスを仕掛けると、カイジは少し躊躇ったあとに下唇へ噛み付いてきた。熱いてのひらに腰をわしづかまれ、まだ感覚の残っている体がびくりと震える。

「っ、まだ柔らかいからすぐ入るぜ」

「まずは掻きだすんだろ」

「……意地が悪いな」

「おまえに言われたくねえよ」

「フ、それもそうだ」

「……へへ」

 愉しげに目を細めると、カイジも耐え兼ねたように笑い声をもらした。今までつっけんどんな態度を取っていた割に、名前を呼ぶ声はかなり優しい。アカギはカーテンの締め切られた窓を一瞥し、終わるのは昼過ぎになるだろうなとぼんやり一人ごちた。



120821

title:棘
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