綺麗な薔薇にはとげがある。
本来の意味としてはきれいなものには裏があって不用意に近づくと痛い目をみる――うろ覚えで自信はないのだが――というようなものだったはずだ。
彼のことをこうも的確に表現した言葉は無い。
ただし、この場合の棘は薔薇が自らつけたものではなく、≪勝手に≫薔薇にまとわりついているものだが。


「跡部はいるだろうか」

氷帝学園のテニスコートまで行き、≪確実に≫いるであろう跡部を呼び出そうと、名前も知らない部員に声をかける。彼は俺の顔を見るやいなや、「せ、青学の!」と素っ頓狂な声を上げた。そんなに騒がないでほしい。わざわざ名前も知らない、レギュラーメンバーとの接触も少なさそうな部員を選んだというのに。

「あっれー?手塚じゃーん!」

ほら見たことか。棘(じゃまもの)が出てきた。
人畜無害そうな笑顔を浮かべながら芥川慈郎は俺のもとに駆けてくる。わざわざそんな遠い場所から来なくてもいいのに。

「何しに来たのー?」

帰れ、とまで言わないのは流石だろうか。そんなことを言って俺を追い払ったと後で跡部に知られれば、自分への好感度が下がることを彼は知っている。

「跡部に用がある。練習試合の相談に来た」
「ふーん。でも跡部どこにいるかわかんないんだよねー」

へらへらと笑顔を浮かべながら、見え透いた嘘をつく芥川に舌を打ちたくなる。
さっさとこの会話を終わらせて跡部に会わせてくれ。
だが今日は運がいい方だ。今日の相手はこの男なのだから。

「ほう、つまり部活に出ていないというんだな。あの跡部が」
「…部活には参加して…あ」
「いるんだな」

ほうら崩れた。
芥川慈郎という男は跡部を自分のヒーローであると思っているため、跡部を少しでも非難するようなことを言ってしまえば自分からボロを出してくれるのである。

「ちぇっ…つっまんねー!」

不機嫌な様子で、芥川は部室を指さした。ありがとう、と形だけの言葉を言ってから俺は部室へと足を進めた。

「手塚?何しに来た?」
「練習試合の相談をしに来た」

扉を開くと、跡部がベンチに座っていた。隣には忍足が腰を下ろしている。

「あぁ、そういえば前に…予定日はいつだ」
「来週の土曜あたりは大丈夫そうか?」
「…その日は、」
「その日は用事があるねん」

跡部と話していたのにやはり邪魔をしてくるのか。
棘の中でも一番面倒くさいのが忍足(こいつ)なのだ。胡散臭い笑顔を浮かべながら――氷帝のレギュラーメンバーはこんな笑顔しか浮かべることができないのか――俺を見る。

「用事?」
「その日は跡部に庶民の生活教えたろう思て、商店街回る約束してるねん」
「そっ、それはまた今度でもいいじゃねぇか!」

俺に知られたのが恥ずかしいのか、跡部は慌ててベンチから立ち上がった。

「だいたい練習試合って青学が勝手に決めて申し込んできたんやろ?わざわざあっちの都合に合わせる必要ないやん」
「だからってなぁ…」

跡部が呆れたように忍足を見る。身内には甘い跡部のことだ、どちらの方を優先すべきか今頭の中で考えているのだろう。
しかし面白くない。
忍足の放った言葉のせいで跡部が考え込んでいる。
ちらりと忍足を見ると、彼は満足気に跡部を眺めていた。

「再来週でも構わないぞ、跡部」
「え」
「再来週なら空いているか」
「あ、あぁ。いいのか?」

この状況から抜け出したくて適当に言ってしまったのだが、それが功を奏したらしい。
跡部は嬉々として「それならその日のオーダーだが、」と話を進めてきた。
あーあ、と忍足が少し残念そうに跡部の背中を見つめていたが、俺が見ていることに気が付くとまた胡散臭い笑みを浮かべた。
彼は――どうせ氷帝のレギュラーメンバー全員で行くのだろうが――来週の土曜日に跡部を独占すると俺に告げることに成功しているのだ。土曜日になれば、そのことを思い出して俺が歯がゆい思いをするだろうということも想像がついているに違いない。

「じゃあこれで決まりだな」
「…あぁ」
「今日は部活ないのか?抜け出して来てるならさっさと帰ってやれ。大石の野郎が倒れてるかもしれねぇぞ」

本当に跡部は優しい。
わざわざこちら側の心配もしてくれるとは。
ついでに後ろを振り向いてくれないか。笑顔を浮かべてはいるが俺に帰れと目で訴えている意地悪な男がいるんだ。

「再来週、楽しみにしている」
「あぁ、俺もだ」

跡部と離れるのは名残惜しいが、彼が言ったようにまだ部活の途中であるから、長くいるわけにもいかない。俺は早足で部室から退出しようとした。

「≪再来週≫、楽しみやな」

しかし、俺が扉を閉める瞬間まで、この忍足侑士という男は毒を吐くことを忘れはしないのだった。


綺麗な薔薇にはとげがある。
ただし、棘があるのは≪バラの花≫にではなく≪茎≫の部分なのだ。
用があるのは花の部分だけで、それ以外は俺にとって無意味なものである。
それなら摘む際に茎には触れず花だけをとればいい話ではないか。
例え、その花をつかんだ時に崩れてしまおうと、それが≪バラの花≫であることには変わりないのだから。

俺は来週の土曜日の計画を立てつつ、青学へ向かった。








薔薇の花は自分の足元が棘にまみれていることを知らない。




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