跡部が階段から落ちた。
同じクラスの生徒からそんなニュースを聞かされた時、芥川慈郎は何の反応もできなかった。ただ茫然と頭の中で、「あの跡部が」「部長と生徒会の仕事で疲れたのかな」などと考えていた。

(跡部、大丈夫かな)

椅子から立ち上がり、跡部が今頃仏頂面で横たわっているであろう保健室に向かおうとした。しかし、それを止めたのはこのニュースを伝えた生徒だった。

「保健室に行くなら無駄だよ。跡部、今頃病院だから」

この一言により、慈郎は反応をするどころか、何も考えることができなくなった。

放課後、跡部が入院したという病院に来た。病室を訪ねると、またか、と言いたいような呆れた顔の跡部が慈郎を出迎えた。頭と腕に包帯がぐるぐると巻きつけられている。それが彼を縛り付ける鎖にも見えて、何となく不安感を抱く。

「さっき忍足達が帰ったばかりなんだがな…」
「大丈夫なの跡部」
「俺様なら心配ない」

愚痴を遮るように出された、単刀直入な慈郎の質問にいつものような不敵な笑顔で跡部は即答する。
しかし慈郎の不安は消えなかった。

「でも跡部、包帯すごいぐるぐるだC」
「大げさに巻いてるだけだ」
「でも跡部、」
「心配ないって言ってんだろ?」
「テニスいつできる?」

ぴたりと跡部の動きが止まった。

「包帯が巻かれてるの、利き腕じゃん…跡部…」

ラケットを握る彼の大切な右腕には真っ白な包帯が巻かれているのだ。
慈郎にはそれが彼の右腕の記憶を無かったことにしてしまうかのように見えた。

「できるようになるよね、テニス」
「慈郎」
「いつ治るの?」
「慈郎、落ち着け」
「手塚みたいにならないよね!」
「慈郎!!」

手塚の名前を出した途端、跡部は慈郎の胸倉を左手でつかんで体を引き寄せた。
そして包帯の巻かれている右腕を慈郎に突き付ける。

「大げさに巻いてあるだけだと言っただろうが!それと…っ!…すぐに治る!」
「あ、あとべ」
「今度手塚を、―――ッ、……もう今日は帰れ」

ぱっ、と跡部が手を放すと慈郎は床にへたり込んだ。
顔を上げるが、跡部はこちらの方を見向きもしていなかった。

「…ごめん」

一言だけ謝ってからゆらりと立ち上がり、病室の扉に手をかける。

「跡部、もしね」

ぽつり、と慈郎がつぶやく。

「もし跡部がテニスできなくなったら、俺もテニスやめて跡部のそばにいてあげるから」

後ろで跡部がこちらを見たような気配がしたが、慈郎は振り向かずに病室を出た。
扉を閉めた向こう側で、叫び声を聞いたような気がした。







本当は誰が誰にやさしいのか。




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