まさか自分のような人間がラブレターを書くだなんて、滑稽な話だ。
恋愛にあまり興味を抱かなかったものだから、どんな書き出しで書けばいいのかとか、書いたとしてもいつ渡せばいいのかとか、何もわからなかった。(女子からもらうことはしばしばあったが、あんなものを参考にする気もない)
だが、書かずにはいられなかったのである。
なにか掃き溜めのようなものがほしかった。
そうでないと彼に何をするかわからない。

書いて、書いて、書いて、いつしか部屋の隅に白い山ができた。
自分の欲で出来たその山は、ひどく醜く見えた。
だが、同時にそれを満足気に見ている自分もいたのだ。

ある日、慈郎の家へ遊びに行くことになった。

「いらっしゃーい!はいってはいってー!」

玄関で出迎えてくれた慈郎が、満面の笑みでいう。手土産を渡してやると、きゃあきゃあと喜んでいた。

「ははっ、じゃあ俺の部屋こっちー!ついてきてー」
「なんで今日呼んだん?」
「んー?なんかさ、知り合いからお土産もらったんだけどさ!それメガネクッキーっていうんだよねー!これ忍足だCとおもって!見たときぜってー忍足に食べさせよーって思ってさ!」

妙にわくわくしている慈郎が、ある部屋のまで止まる。ここが俺の部屋だから、待ってて!と慈郎はどたどたと台所の方へ走って行った。部活の時と全く変わらないテンションの彼に少しあきれつつ、ドアを開ける。

まず目に入ったのは羊のぬいぐるみ。それとテニス用品。
てっきりごちゃごちゃしているものだと思ってたが、きれいに整頓されていた。

「へぇ、慈郎にしてはきれいやん」

ドアを閉じると、かさ、という音が部屋の隅の方でした。

(・・・なんや、虫でもおるんかいな)

黒光りしたあいつでなければいいのだが、と思いつつ、そちらの方向を見てみれば、そんなものはいなくて、ただ、その代わりに。

―――――白い山があった。

「は?」

なんや、これ。

既視感。
デジャヴ。

そんな感覚に襲われながら、白い紙で作られたそれの一部を手に取り、広げてみる。

「え、あ、」

ラブレターだった。
しかも、その宛先は。

「それ、跡部に宛てた手紙なんだよね」
「――ッ!?」

いつのまにか白い箱をもって慈郎が後ろに立っていた。ひょい、と彼はその手紙を俺から取り上げて再びぐしゃぐしゃにすると、白い山へ放り込んだ。

「みちゃった?」

にこ、と笑いかけてくる。

「み、た」
「・・・あっれ、なんか思ったよりも冷静な顔してるね?」

慈郎が何かを悟ったように、優しく尋ねた。

「もしかして、忍足も書いてるんじゃないの?」

それに俺は答えることができなかった。
その後例のクッキーを食べたのだが、それがどんな味だったのかは全く記憶にない。
ただ、慈郎が一人ではしゃいでいたことだけを覚えていた。

「忍足ー!」

帰り際。
慈郎が俺の名前を呼び、我に返る。

「あのさ、忍足が跡部のこと好きなの知ってたんだ」
「・・・じろ、・・・」
「でもごめんね、俺もなんだ」

跡部も忍足も傷つけたくなくて、ラブレター書いてたんだ。
誰にも渡す気はないんだけどね。

優しい、だけどどこか諦めたような笑顔で慈郎はつぶやいた。

「本当はさ、お土産なんて建前だったんだよね。気づいてると思うけどさ」

「そういう建前で忍足を呼んで、部屋に入れて、あの山に自分で気づかせるようにしたんだ。まさか忍足も書いてると思ってなかったけどさ。・・・俺、ずるいね、ごめんね!」

じゃあ、またね忍足。そう言って慈郎は扉を閉めようとする。

「・・・慈郎!・・・おおきに、・・・また明日な」

扉の隙間で、慈郎が驚いた表情を浮かべた。そして俺の言いたいことがちゃんと伝わってくれたのか、また笑顔を浮かべて、扉をぱたんと締めた。



***



「・・・あの人たちはどうしてるんだろうな」

俺はペンを置いて、とある二人を思い浮かべた。

まぁいいか、と呟き、今日の宿題を取り出す。
ノートを置くとガサ、と何かにあたった音がした。

「あ」

あぁ、これか。

さっきまで書いていたラブレター”をぽん、と放り投げた。かさ、と小さな音が部屋に響く。

「・・・あの人たちのはどれくらい高いんだろうな」

くるり、と振り返って部屋の隅を見る。

「きっと同じくらいの高さでしょうね」

そこには白い山が確かに存在していた。










知らなかった人と少し知っていた人と全てを知っていた人。
そして何も知らない人。




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