学生戦争 | ナノ

「わあ……」
 不意にあたたかなものに両の頬を挟まれ、拳に力が籠もる。決して気を抜いて歩いていた訳ではないというのに、それは気付けばすぐ目の前にいた。ひゅっと息を吸い込んで、僅かに目を見張る。
「……オッドアイ」
 同じ髪色、鏡に映したかのような双眸。そして、纏う黒の色。
 自分と同じ色彩で構成された彼女は、その所属を表す色だけが正反対だった。それでもまるで鏡を覗き込んでいるような感覚に捕らわれる程に、よく似ている、そう思った。
 そよぐ柔らかな風はまだ冬の名残を見せていて少しばかり冷たかったけれど、彼女に包まれた両頬だけはあたたかい。きゃらきゃらと高らかな笑い声が聞こえてくるのは、この道のすぐ隣が公園だからだろう。その声にはっとして、微かに両手を浮かせた。だけど行き場のないそれはふらふらと宙をさまよい、結局元の位置に戻される。……何というか、近い、んだけど。
「……何、あんた」
 よく、似てはいるけれど。自分のものより丸い瞳も、細い輪郭も、華奢だけれど薄くはない手のひらも、女の子のものだ。偽っている自分とは違う。そして何より、軍人なのだ。正直なところ、気の抜けた彼女の表情を見ていると警戒よりも気恥ずかしさの方が勝っていたのだけど、それを隠すようにして目をすぼめる。自分の顔の造形はよく分かっている、それだけで不機嫌である事を伝えられるはずだった。
 ──ふわり、と真似るように。目の前の彼女の双眸も細められる。だけどそれは自身の行為よりも酷く柔らかく、そしてきらめいていた。
「きれい」
 そっと、そっと。大切なものかのように吐き出されたみっつの音に、心臓が微かに跳ねる。
 名前も知らない敵軍の生徒の、その瞳に吸い込まれそうになった。自分だって同じ色を持っている癖に、それでも目の前で細められたその色は、やけにきらきらしているように見えて。だからこそ彼女の言葉の意味が嫌と言うほど分かってしまい、思わず目が泳ぐ。ばっかじゃないの。そう呟きはしたが、それは自分の耳に通してもとても悪態には聞こえなかった。
「あんただって、同じものを持ってるでしょ」
 そう言えば、彼女は瞳をくるんと丸めそれから笑う。それに笑い返してしまったところで、僅かに残っていた警戒心なんて飛んで消えてしまったのだろう。
 頬に触れる手に手を重ね、ねえ、と呟く。名前くらい聞いても、罰は当たらないだろうか。