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朝焼けのエピローグ2

周りが短大に進学したり、地元で就職したりする中、私が地元を出て就職することを決めたのは、実は親戚のつてで、数年前に今の会社の隣町で多くの人が近界民に襲われて亡くなったり、その事件の後引っ越したりで、人手が足りなくなってしまったから、と紹介して貰ったからだったんだけど、鋼くんには少し可哀想なことをしたとずっと思っていた。
鋼くんは何でも覚えるのが早くて、早すぎて、すぐに人を追い越してしまうから、あんまり友達ができなくて、いつも寂しそうにしていたのを鮮烈に覚えているから。
鋼くんが三門市に引っ越してきて、まさかボーダーに入るとは思ってなかったから凄く驚いたけど、でも物覚えのよすぎる鋼くんだからきっと誰かの役には立てるだろうなと思っていた。実際鋼くんの話を聞いていると、大変そうだけど、充実している様子だった。
けど、友達がたくさんできてとても安心した反面、ほんのちょっとだけ寂しさもある。でもやっぱり私は鋼くんが大好きだから、鋼くんにはもっといろんな人と仲良くなって、遊んだりして、今まで悲しい思いをした分、これからたくさん楽しい思いをしてほしい。そうしたら、私はいない方がいいはずだ。
そう思って、私が『鋼くん離れ』しようと決意したのに、どうやら鋼くんはそれを私に嫌われたと勘違いしてしまったとかで、来馬さんが直接私に会いに来て教えてくれた。
そんなわけで、結局一緒に遊ぶ約束をした。私もこっちに友達はいないから、誰かと遊びに行くのは久しぶりで、すごくわくわくしているんだけど、それじゃあ全然鋼くん離れにならないなとも思って。だから、これを最後にすると決めた。

「なまえちゃん、おはよう」

約束の時間より早く着いたはずなのに、既に待っていた鋼くんに駆け寄る。

「ごめん、待たせた?」
「待ってない」

ほわっと笑う鋼くんにつられて、私の頬も弛む。
今日の行き先は、のんびりもしたいけど遊びもしたいという私の我が儘から、動物園が併設されている大きな公園に決まった。遠いから電車に乗っている時間は少し長いけど、鋼くんと喋っていれば、そんなに長く感じることもなく、あっさり目的地まで辿り着く。

「早く行こ!」

私が鋼くんの手を取ると、鋼くんは昔から変わらず、控え目に手を繋ぐ握り返してくれるから、心が少しだけ痛んだ。
私は鋼くんが大好きだ。弟みたいでかわいくて、今でも私のことを姉のように慕ってくれているけど、弟のように接する期間が長すぎて、今更『大好き』の意味が違うなんて言ったって、鋼くんは困るだけかもしれない。
それでも姉のポジションをここぞとばかりに利用してしまう自分のずるさに、こうして手を引いて、鋼くんの顔を見ないように歩く。鋼くんの顔を見たら、罪悪感に押し潰されそうだから。



「のんびりしたい!」と言ったのは私だったはずだけど、思いの外動物園に入ったらテンションが上がってしまって、鋼くんを連れ回してしまった。

「ごめんね…私ばっかり楽しくて…」
「そんなことない。俺も楽しいよ」

にこっと笑う鋼くんに思わず和んでしまう。こういうところが鋼くんのいいところで、離れがたくなってしまう。
静かで長いため息を吐いて鋼くんから視線を反らす。正面の柵の中にはゾウがいるけれど、ゾウがいるところは柵より更に低いところだからここからでは見えなくて、代わりに男の子と女の子が食い入るように見つめているのが見えた。

「あの子、小さい頃のなまえちゃんに似てる」

同じ方向を見ていた鋼くんがそう言うから、改めて二人の様子を見てみる。多分お姉ちゃんと弟だろう。じーっと見つめている男の子の手を女の子が引っ張ると、男の子くんは素直に離れて、女の子に引きずられるように走っていく。
私も小さい頃から鋼くんをずっと連れ回していたし、今も連れ回している。姉と弟の関係。

「じゃあ、あの男の子は鋼くんだね」
「そうだね」

鋼くんの小さな笑い声は心地よくて、それが無性に苦しかった。



忘れていたけど、鋼くんが私の誕生日を祝いたかったというのがそもそもの発端で、私は遠慮したけれど、動物園の入園料も、お昼ご飯も、果ては夜ご飯まで鋼くんがお金を出してくれた。社会人としてはかなり恥ずかしいのだけど、そこだけは鋼くんが頑なに譲ってくれなかった。
帰りも私を家まで送ると言って聞かなくて、夜遅いわけでもないのにひっそりと静まり返った道を二人で歩く。

「本当に欲しいものはないの?」
「今日一日鋼くんが付き合ってくれただけで充分だよ」
「本当に?」

何度も念押しする鋼くんに、私は笑って首を振る。
鋼くんを連れ回すのも、手を握るのも、今日で最後にする。そして、ゆっくり鋼くんから離れる。鋼くんの為にも、私の叶わない恋の為にも。だから今日一日付き合ってくれただけで充分。
その事を考えると本人の前なのに涙が滲みそうになるから、鋼くんの先を歩く。

「なまえちゃん、今日何度か悲しそうな顔してた」

その鋼くんの声は聞き逃してしまいそうなくらい小さくて、振り返れば、鋼くんは悲痛な面持ちで僅かに俯いていた。

「そんなことないよ」
「分かるよ。ずっとなまえちゃんの側にいたから」

翳る顔でも、その言葉には自信に満ちていて、これ以上鋼くんに隠し事は出来ないのだと悟る。

「ねぇ…鋼くん」

鋼くんの方を向いたまま、一歩後ろに下がる。
鋼くんは私の家の場所を具体的には知らない。一度も家に上げたことがないから。

「鋼くんに、言わないといけないことがあるの」

もう二歩下がって距離を取る。
言い逃げなんて大人のすることじゃないって分かってるけど、別れの言葉を言い終わった後平気で笑える自信がない。
ゆっくり下がる私に気付いたのか、鋼くんは顔を上げて、目を見開いた。その悲しみがいっぱいに広がる顔をこれ以上見ていられなくて、喉元まで出かかっていた言わなければいけない言葉を思わず飲み込んでしまった。

「なまえ…ちゃん…」

決心が揺らぐ。鋼くんに悲しい思いをさせてまで離れるのは私のエゴだ。姉として見られ続けるのなら、もう側にはいられないという、私の我が儘だ。
揺らぐ決心を振りほどききれなくて、何も言えずに方向転換して走り出す。

「なまえちゃん!」

鋼くんの切羽詰まった声に目を固く閉じる。
けれど、その声が別の意味で私を呼び止めるものであったことを、強く腕を引かれて気付いた。暗くて見えなかったけれど、歩道と車道の境に黒のポールが立っていて、危うくそのまま突っ込もうとしていたらしい。
鋼くんの引く勢いにバランスが保てなくて、後ろに倒れれば、そのまま鋼くんの腕に収まる。
言い逃げに失敗して居た堪れない気持ちのまま、今度こそ言わないといけない言葉を絞り出そうと、鋼くんの名前を呼ぶ。けど私の言葉の続きが出るよりも先に鋼くんが呟く。

「…その先は、聞きたくない」

鋼くんは今にも泣きそうな声を隠すように、私の肩口に顔を埋める。腕ごと抱き締められて、その拘束を外すことも出来ない。

「鋼くん…お願い、離して」
「……ごめん」

鋼くんの腕に更に力が入って痛いくらいなのに、鋼くんの震える唇が肌の上を撫でていく感触に意識が持っていかれる。わざとじゃないと分かっていても、首筋から背筋に伝わるぞわりとした感覚に身動ぎしようと、鋼くんの拘束に抗う。
鋼くんはもう一度謝ると、今度は明確に、やわらかな唇を押し当ててきた。

「こっ、鋼くん?!」

鋼くんの腕から解放されて、すぐに振り返る。
慌てて離れたのは鋼くんの方で、顔もまるで自分の行動に驚いているみたいに涙目を泳がせて、その度に目の端から涙が零れ落ちる。

「あの、鋼くん…?」
「ごめん!」

慌てて伸ばした私の手が鋼くんに辿り着くよりも先に、鋼くんは走って逃げてしまった。
空を掴んだ手はそのままに、膝から力が抜けてその場に座り込む。

「鋼くん……」

今のは確かに、キス、だったよね?


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