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朝焼けのエピローグ1

大学からの帰り道、空は暗いけどまだ誰かいるだろうからと鈴鳴支部に顔を出した僕は、困り果てた様子の太一に出迎えられた。
太一に連れられた先にいたのは、いつかの日に見たそれと同じ、重たい空気をずーんと背負ってうずくまる鋼の姿だった。

「鋼、どうしたの?」

声をかけると、鋼は鼻を湿っぽく鳴らして、赤く腫らした目を見せた。

「なまえちゃんに…誕生日祝われたくないって…言われたんです……」

すぐにまた目がうるうると輝き出す。相当ショックだったようだ。
なまえちゃんというのは、鋼の2つ歳上の幼馴染で、高校卒業した後そのまま就職して、今は偶然にも三門市の近くで働いているらしい。
地方出身の鋼にとっては、こっちで会えるたった一人の、昔からの友達、だそうだ。
そんななまえちゃんの誕生日を祝うのは、なまえちゃんが就職して別れてからは初めてだ、と先日楽しそうにしていたというのに。

「嫌われた…の…かも……」

自分で言って余計に落ち込む鋼の前に、僕もしゃがんで、鋼の肩を軽く叩く。
鋼の話から察せられるなまえちゃんは、鋼の事をとても大切にしていたから、きっと嫌ったりなんかしていない。絶対に訳があるはず。

「何で断られたのかは聞いた?」

鋼はゆるゆると首を横に振る。

「自分の誕生日を祝われて嫌な人はいないよ。それになまえちゃんは絶対、鋼が祝ったら喜ぶと思うよ」
「けど…」

実際断られたことが本当につらかったようで、鋼は再び俯いてしまった。
だから、僕はすぐに外に出て、鈴鳴支部にいつも置いてある自転車に跨がって、鋼の今までの話だけを頼りに、なまえちゃんに直接会いに行くことにした。



勤務先は市外だけど、家は弓手町の方だと言っていたので、最寄りの駅は絞られる。時間はそこそこ遅いけど、鋼の話だと恐らくまだ帰っていないはずだ。
前に一度だけ数年前のなまえちゃんの写真を見せて貰ったことはあるけど、その時のなまえちゃんからは成長しているはずなので、少し不安はあった。
改札の前で、何度も吐き出される人混みからどうにか似ている顔を探そうにも、帰宅ラッシュも重なっていて、さすがに一人一人を見極めることは出来ない。
違う方法で探すそうか、と小さくため息を吐いて、これで最後にしようと、また電車から降りてきた人の流れを見ていたら、ふと、一人の女性とばっちり目があった。ぱしぱしと何度も瞬きをする女性は、どことなく昔のなまえちゃんの面影がある。

「あの…もしかして、来馬さん…ですか?」

意外にも先に声をかけてきたのは向こうで、僕の方からも訊ねる。

「もしかして、なまえちゃん?」
「はい、いつも鋼くんがお世話になってます」

ほっとしたように笑ったなまえちゃんは、やっぱり鋼のことを嫌いになんてなってないようだった。



まだ夕飯を食べていないと言うので、そういえば僕も食べていなかったことを思い出して、駅の近くのファミレスに一緒に入る 。
ぱぱっとメニューを頼んだ後、なまえちゃんは、前から鈴鳴の話を鋼から聞いていたり、写真を見せて貰ったことがあるから、僕に気付けたのだと話してくれた。
自己紹介を説明する手間が省けたので、僕も最初から本題に入ることにした。

「鋼に、誕生日を祝って欲しくないって言ったの?」
「祝ってほしくない…と言うより、祝わなくていいよって言ったんですけど…」

なまえちゃんは困ったように笑う。
案の定鋼の思い違いのようだ。

「鋼は、なまえちゃんに嫌われたんじゃないかと思ってるんだ」
「え…」

絶句するなまえちゃんは、うーん、と腕を組んで悩んでから、どうしてそう言ったのかを教えてくれた。
なまえちゃんは、強化睡眠記憶のサイドエフェクトを持つせいで友達の少なかった鋼にとって、ずっと友達でいてくれた数少ない人だ。だから鋼はなまえちゃんが大好きで、久しぶりに再会してからも鋼はよく連絡を取るらしい。
けどなまえちゃんは、鋼からボーダーでたくさん友達が増えたのを知って、「親離れならぬ幼馴染離れ」をした方がいいんじゃないかなって思ったから、誕生日も別に祝わなくてもいいと言ったんだとか。

「別に鋼のことが嫌いになったわけじゃないんだね?」
「もちろん!鋼くんは今でもかわいい弟みたいなものですよ!」
「じゃあ、鋼になまえちゃんの誕生日を祝わせてもらえないかな」

なまえちゃんはもう一度、うーん、と唸った。

「だって鋼くん、ボーダーで働いてるからお金あるみたいだし、欲しいって言ったら何でも買ってくれそうで…」

確かに鋼なら買いそうな気がする。
一足先に社会人になってるなまえちゃんからすると、現役高校生の鋼に何でも買ってもらうのはきっと気が引けるんだろう。

「物じゃなければなまえちゃんも気兼ねしないんじゃないかな。鋼はなまえちゃんの誕生日を祝いたいんだから。例えば…どこかに行く、とか?」
「お出かけかあ…」

なまえちゃんは、大きなため息を吐きながら、社会人らしい願望をうっとりとした声で呟いた。

「のんびーりしたいし、でもすごーく遊びたい…」




それからなまえちゃんは『物じゃなくていいから』と鋼にメールして、誕生日の当日ではないけれど遊びに行く約束をしてくれたので、鈴鳴支部に戻れば、鋼は既に元気を取り戻していた。

「よかったね、鋼」
「……はい」

喜んでいたはずの鋼だったけど、その返事には曖昧な笑みをした。


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