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下戸vsうわばみ2

ベッドに転がったまま見上げる私と、ベッドの上に座ったまま見下ろしてくる唐沢くん。
外はもうすっかり明るくなったと言うのに、唐沢くんの目は清々しい朝には似合わない、どちらかと言えばラグビーの試合中に見せる確実に点を取りに行く時の、野心に燃えた目に似ている。それなのに口から出る言葉は不気味な程静かで、そのちぐはぐさが、少し、怖い。

「そうしたら、なまえも俺も、今日は自主休講かな。……俺はそれで構わないけどね」

先程まで唇に触れていたはずの指先が、触れるか触れないかの微妙な距離で頬をなぞっていく。
言わなくても意味は分かるだろう?と言わんばかりに目を細めて笑うけど、笑っているはずなのに、声は少しも笑っていない。恐らく、結構、かなり、本当に、本気だ。
自分でも、今どんな表情で固まっているのか分からないくらいには、唐沢くんが一瞬で作り上げたこの空気に半分くらい呑まれていて、残り半分でどうにかすっ呆けようと「うーわー…」と非難してみる。唐沢くんでも分かるくらい声が震えていたと思うけど、声が出せたことで、ちょっとだけ緊張が和らいだので、あとはもう勢いだけで出任せを言う。

「ふっ、ふーん!そういうことするんだー!紳士のスポーツ、ラグビーやってるくせに紳士あるまじきことするんだー!ふーん!最低だなー!」

ふんふん言っていたら、唐沢くんは相変わらず人の頬を指で撫でていたけど、いたずらが成功したと言いたげな顔で笑い出した。

「これならなまえに勝てそうな気がする」

弄ばれた!完全に弄ばれた!
いろんな緊張のせいで心臓がばくばくしてることに今更気付く。唐沢くんにしてやられたことも、一瞬本気でそういう展開になるかと思った自分にも、何か負けた気がした。

「最悪だっ…!」

顔色とかもう自分ではよく分からないけど、変な顔をしていそうだし、唐沢くんを直視できないから、顔を隠して、ただ呻くしかできなかった。唐沢くんにはどっか行ってもらいたいくらいだ。それを期待して、唐沢くんがいた方を足で蹴る。ちゃんと当たったから何度も蹴ってみる。けど、全然堪えてないみたいで、唐沢くんは笑ったまま「いや、でもよかった」と謎の安堵を漏らした。
何が『よかった』んだよ!勝機か?勝機が見えたことがそんなによかったか?!
憤慨する私を宥めるでもなく、安心した理由を答える。

「まさかなまえが危機感を持つとは思わなくて」
「持つだろ、そういう話してたんだから!」
「そうだね」

バタバタしているせいで唐沢くんの声は少し聞こえづらいけど、それでも続けて言った自虐するような独り言はやけにはっきりと聞こえた。

「一度片想いじゃないって知ると、こんなにも理性って脆いんだな…」

何を言ってるんだ、と指を開いて隙間から唐沢くんを窺うと、少しだけ苦しそうで、でもどこか楽しそうな顔の唐沢くんと目が合った。
どうやら唐沢くんは目が合うと思っていなかったようで、すぐに逃げるようにそっぽを向いたけど。

「好きなんだから仕方ないだろう?」

明らかに困った様子で頭を掻いた唐沢くんはちょっとだけかわいいな…なんて一瞬だけ思ったけど、照れて許される発言じゃない。もっとしっかり理性を鍛えろ。でないと、いくら私が唐沢くんを諦めさせるために仕掛けにいっても、唐沢くんの理性があっさり負けるんだったら困る。いや、その場合私の勝ちってことなのか…?そういうことにしよう。
自分のペースをようやく取り戻したので、何だかんだ起き上がれずにいた身体を起こす。

「言っておくけど、唐沢くんが同意なしに手出したら私の勝ちだからな。私の魅力に落ちたってことで」
「魅力……?」

分かってたよ、見た目で好きになられたわけじゃないことぐらい。だからって露骨に悩むな!
そんな強くはないけど、何回も唐沢くんの膝を叩いていたら、やめさせられるように手を握られた。それにつられて唐沢くんの顔を見ると、さっきのとはまた違う真剣な顔をしたから、何を言われてもいいよう身構える。

「言い訳みたいになるけど、本当に好きだから。……手に負えなくて」
「……悪口だろ、それ」

思っていた感じの言葉とは違って思わずつっこんだら、唐沢くんが吹き出して笑うから、酷いこと言われたはずなのに私も笑ってしまう。
さっきの心臓に悪いやり取りよりも、今の方がずっと気楽で、こんな関係でいられることが好きなんだなー、と確認し直すように思う。それを教えてあげてもよかったんだけど、許したとは言え悪口を言われたから、今は秘密にすることにした。……さっさと教えておけば、唐沢くんのいやらしい奇襲は減ったかもしれないけど。いや、教えても減らない気がする。
一しきり二人で笑った後、改めて唐沢くんに宣戦布告する。

「唐沢くん。早く諦めて、ずーっと大切にしてもらおうか!」

強気で言ったからなのか、唐沢くんは「だからそれはプロポーズだって」と呆れたように笑って、握ったたままだった私の手を口元まで持ち上げた。

「なまえも早く諦めてくれればありがたいな」

どうしたらそんなことを思い付くんだか、私の手の甲にキスをして、むず痒くなりそうな笑みを向けてくる。

「だーかーらー、そういうのやめろって!」
「やめない。案外こういうのがなまえに効果あるって分かったからね」

くすくす笑って、もう一度キスを落とされる。もぞもぞするから本当にやめてほしいけど、きっともうやめないどころか、何度もやってくるだろう。
押し殺しきれない悔しさを滲ませたまま睨んだら、唐沢くんは余裕そうに私を見返すから、腹が立って、ほぼ掴まれているだけだった手を握り返して、強く引いた。
驚いた顔で上半身を傾けた唐沢くんの顎を無理矢理掴んで、乱暴気味に唇に自分のを重ねる。

「そっちも覚悟しておけよ…」

キスをした後にしてはちょっとドスの利きすぎた声を出して、ぽいっと唐沢くんを離す。そんな私を前に、唐沢くんは口を半開きにして「これは怖いな…」と呆気に取られていた。


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