archive | ナノ
宣戦布告と逆攻勢


「お前が俺に一本でも取れたらな」

人の頭をぼんぼん叩きながら小馬鹿にして笑う慶に腹が立って膝裏に蹴りを入れるけど、少しもぐらつかないし、私の頭を小突くしで、私の苛立ちは悪化する一方だ。そもそも先日荒船くんにお好み焼き三枚おごる代わりにちょっと教えてもらったばっかりの、下手したらC級隊員でも弧月一本でなら互角になるかもしれないくらいの弧月初心者相手に「戦ったことなさそうなポイントの奴がいる」とか、ポイント数から察してそこは戦うのやめろ、と言いたい。私を何度斬ったって、入るポイントはほんの少しなのに。大体ポイントで大よそ誰かを覚えているくらいなら、その記憶力をもう少し勉強に使ってほしい。
本気で戦えば私だって慶から何本か取れるけど、今日は弧月一本で戦う訓練がてらのランク戦だったから、とっさに頼らないよう、わざとチップからアステロイドとか外していたせいで、弧月の訓練どころかひたすら切り刻まれる一方だった。最初に転送先で顔を合わせた時のあの『いい獲物見つけた』って顔を何度ハチの巣にしてやりたいと思ったことか。ハチの巣じゃなくて粉微塵にしてやりたいくらいだ。
その段階で既にかなりイライラしていたけど、ブースの外に出たら憎たらしい程楽しそうに笑っているし、かと思えば、荒船くんの伝言を持って私の成果を見に来ていた村上くんには、荒船くんの伝言だと言うのに厳しい言葉を吐くし、この苛立ちをどうにか解消するために、慶のお金で焼肉でも食べようかと思えば、さっきのあれだ。頭を乱暴に扱われたせいでくらくら痛む。

「なまえはもっと鍛えた方がいいな」
「むかつく!」

思ったことをそのまま口に出して、ついでにもう一回慶の足を蹴ってから、困った顔の村上くんの手を引いてランク戦室を後にする。
今日は私のお金で村上くんに焼肉おごるけど、絶対後で慶におごらせてやる!という決意を固めはしたけど、確かに慶の言う通り、もう少し鍛えた方がいいのかもしれない。さっきも全然痛そうじゃなかったし。どうせなら慶の顎に拳を叩き込んでアッパー食らわせてみたいけど、殴るのは私の手が痛そうだから、やっぱり蹴りか。
早速、蹴り技を覚えてそうな人は誰かいないかと村上くんに訊ねてみると、携帯で他の人にも連絡を取って探してくれた。さすが辰也くんの後輩だ。その優しさに、復讐に燃える私の心がちょっとだけ痛む。けど、一番痛かったは私の弧月のポイントだ。増やすどころか半分も減ってしまったポイントの方が何倍も痛い。
そうして巡り巡って紹介された人のいる隊室をノックもなしに開ける。意外そうな顔で出迎えてきた憎き髭面野郎が私に声をかけてくるけど、今日用があるのは慶じゃないからベッと舌を出して威嚇して、その奥でゲームに勤しんでいるらしい後頭部に声をかけた。

「お待たせ、公平」
「いや、大丈夫っすよ。ゲームしてたんで」

携帯型ゲーム機をスリープ状態にして、すぐ側に転がっていたスクールバッグに適当に放り込んだ公平が立ち上がる。それだけで準備はいいらしい。鞄を肩にかけて、私の側を通り抜けるので、私も入ってきたドアの方へ向き直る。と、何やら不機嫌そうな声が飛んできた。

「ちょっと待て。お前らどこに行くんだ」
「どこでもいいじゃん。ね?」

一歩前を歩く公平の背中に声をかけると、慶の視線もそっちに移ったのか、何かを察したかのように公平の足が止まる。

「出水」

冷淡にも聞こえるような声で名前を呼ぶ慶に、公平は重たげに振り返えると「模擬戦ですよ」と、間違ってはいないけど、正しくもない返事をした。
射手同士、今まで何度も模擬戦したり、合成弾を教えてもらったりしていたから、この建前は本当のことのように聞こえるはずだ。ただ今日は射手としての訓練ではないけど。
私も「慶に風穴空けてやるためのね!」とわざと高圧的に言い捨ててみたら、慶は納得したのか、していないのかよく分からない表情で黙ったので、慶のことは放っておいて、公平の背中を押して太刀川隊の隊室を後にした。

「喧嘩なら早く仲直りしてくださいよ」

しばらく歩いたあと、後ろに誰もいないことを確認した公平が盛大に肩をすくめるから、未だ怒りの冷めない先日の一件を思い出して公平に向かって吠えた。

「だって慶が悪いんだよ!私の弧月のポイント半分も持っていったんだよ!」
「あれ、なまえさん、いつから万能手に転向したんすか?」

いくらでも言えた愚痴は公平の疑問のせいで強制終了されたから、不満だけが残ってモヤモヤするけど、仕方なく答えることにした。と言っても、別に大した理由じゃなくて、この間のB級ランク戦で熊谷さんがメテオラ使っていたのを見て、射手一辺倒っていうはもしかしたら勿体ないのかもしれないと思ったからなんだけど。それに公平や匡貴くんみたいに射手として極めるにはトリオン量がもう少し足りないし、那須さんみたいにリアルタイムでの弾のコントロールも出来ないから、最近ぼんやりと行き詰った感じはしていた。さすがにそこまでは話さなかったけど、話を聞いていた公平の「まあ、なまえさんとこの隊の方針次第っすよね」なんてぼんやりした返事からは、勘付かれているだろうことは分かった。
少しだけ空気が重くなったけど、それはそれ、これはこれ。今回は慶への苛立ちを、慶の助言通り、足を鍛えて報復することなのだ。噂によれば、公平は唯我くん相手に飛び蹴りをかましていたという目撃情報がある。私も慶の背中を蹴りたい。

「いやー…やめた方が……」
「やるったらやるの!」

私の殺気を前に渋り出した公平に詰め寄ると、往生際悪く体の柔軟性が足りないとか、低く飛んで足狙うんじゃダメなのかとか言い出すから、ポケットに手を入れて、そこにあるものを握る。

「じゃあトリオン体でやる」

言うと同時にトリガーを起動して、換装完了した時には公平はようやく私に飛び蹴りを教えてくれる気になったような、悲壮感漂う諦め顔をしていた。けど、別に慶に一発蹴り入れるだけなのに、この世の終わりみたいな顔しなくてもいいと思う。



生身じゃ多分一ヵ月かけても飛び蹴りできるだけの体は作れなかっただろうけど、さすがトリオン体、身体能力は向上しているからコツさえ掴めばできるというお手軽さに、ささっと習得して気分が良くなった私は公平に夕飯をおごってあげた。焼肉じゃなかったからか、公平は微妙にテンションが低かったけど、慶にうまく蹴り入れられたらその時は焼肉でも何でもおごってあげようと心に決めた。
慶を蹴り飛ばすにはまず、私が慶にバレないよう後ろを取らなきゃいけないのと、慶が生身だと多分骨折れそうだから慶がトリオン体の時じゃないといけないっていう条件があるから、それを虎視眈々と狙っていたら、慶に「勝負するのか?」なんて嬉しそうに言われたから、機会を窺うのはやめた。偶然を狙うしかない。
公平には会う度に「やめた方が良いっすよ」って言われたけど、そんなに私の足技は不安なんだろうか。これでも結構自主練してて、最近は生身でも助走つけて蹴るくらいならできるようになってきた。まだうまく受け身が取れないせいで足は擦り傷だらけで、そのせいで最近は足の傷を隠すための格好が多くなって、普段人の服装なんて興味ないくせに「服の趣味変わったか?」って慶が言ってくる。全てはあんたを蹴り飛ばすためだ!と言ってやりたいくらいだけど、癪に障るから絶対に言わない。
そんな努力の甲斐があってか、遂に、トリオン体の慶が個人ランク戦のロビーにいるところに出くわした。しかもイコさんたち弧月使いと楽しそうに喋っていてるから私がいることにも全然気付いてない。これはいける!
慶の真後ろで、少し離れたところから、人が退くのを見計らって助走をつける。何事かと振り返る人はいたけど、誰も慶を狙っているなんて思ってないようで、相変わらず慶は私に気付いてない。ぐっと足を踏む込んだ一瞬、隣にいた辻くんと目が合ったけど、今から教えたって間に合わない。私の右足が背中にめり込む方が先だ!

「ん?」

目を見開いた辻くんに違和感を覚えた慶が振り向いたせいで、本来背中に当てるはずの足は慶の脇腹を思いっきりかすめて、勢い余ってそのまま腹の上を滑り、本来当たるはずのない左膝が慶の脇腹にもう一撃加える。そこまで距離が詰まれば、当然、止まりきれない私の体もぶつかるわけで。どっちがあげたかも分からない悲鳴と共に、慶を下敷きに、顔から床に落ちた。
さすがに顔から床に落ちるなんて予想もしてなかったけど、トリオン体だからあまり痛くもなくすぐに体を起こすと、私のお腹の下から、潰されていた慶の顔が出てくる。その鳩が豆鉄砲を食ったような顔に、ちょっと失敗したなーという悔しさが吹き飛んで、達成感のあまり隠しきれなかった笑いが鼻から抜けた。
隣で呆気に取られていたイコさんに、慶の頭をぼんぼん叩いてみせる。

「どう!どう!ちょっと失敗したけど、大成功でしょ!」

今日は公平がいないから、特訓の成果を披露できないのが残念だけど、こんなに人がいるところで、これだけ盛大に蹴り飛ばすことができたら、この間の弧月のポイント半分持っていかれたのだって許せる。

「あー…なまえさん、今のはあかん」
「これでも練習した方だったんだけどなー」

何とも歯切れの悪いイコさんの評価に首を傾げていると、慶の頭を叩いていたはずの手が、トリオン体でも痛みを感じるくらい強く掴まれる。

「楽しそうだな…」

何の色もない声音と、イコさんのゴーグルに映った無表情に、恐る恐る私が敷いたままにしていた慶に目を落とす。何も考えていなさそうな無機質な顔なのに、目が合った瞬間に背筋が寒くなって、自分の口から乾いた笑い声が漏れた。

「そ…それじゃあ、失礼しまあ…す……」


そろりと立ち上がろうとすると、両脇をがっちり掴まれて、そのまま軽く持ち上げられ、慶の腹の上から床に降ろされる。私が退いてようやく起き上がれるようになった慶は、私から手を離す事なく、イコさんの方に顔を向けて「悪い、用事ができた」と言うと、イコさんの返事を待たずして、私を肩に担ぎ上げた。

「ちょ、ちょっと!」

慶の背中をばたばた叩いていると、離れていくイコさんが静かに手を振っているのが見えて、自分でも顔から血の気が引くのが分かった。今度は半分じゃ済まない。絶対済まない。

「よーし、何本やろうか。C級に降格するまでか?」
「やだー!降ろせー!」

言葉だけなら楽しそうに聞こえるけど、間違いなく怒ってる。今の慶なら本当にやりかねない。
抵抗虚しくブースの中のベッドに放り投げられて、勢い余って、壁にまた顔面からぶつかった。思わず「痛い…」と両手で顔を覆ってごろごろベッドの上でのた打ち回る。

「別に痛くないだろ」

呆れた声と共に、ギシッと音がして、掌の向こうに影が差す。指の隙間から窺うと、慶は無表情のままで私を横から覗き込んでいた。

「お前はどんだけ俺を煽れば気が済むんだ」
「はぁ?そもそも私のポイント半分も持っていったの、あんたでしょうが!」

腹が立って慶の隊服の襟を掴んで強く引けば、一瞬慶の口の端がひくりと吊り上がったように見えた。その僅かな歪みは、私が掴みかかった事への不快さにしか見えなくて、余計に苛立ちが増す。

「しかも、もっと鍛えろとか、人のこと馬鹿にして!だから鍛えただけじゃん!」

蹴り技を!と言う代わりに、慶とは反対側の足を斜め上、慶の肩目がけて蹴りあげるけど、さすがにもう不意打ちは通用しない。私の足を一瞥することなく片手で受け止め、勢いを削がれた足は軽く押さえつけるようにベッドに落とされた。

「なるほど」

足に乗ったままの手とは逆の手で自分の髭を一度だけ撫でた慶は、その手を緩やかに下げた。

「だから出水とこそこそしてたのか」

再び持ち上がる手の軌道に沿った光の帯がゆっくりと手首をなぞると、焼き焦げたように黒煙がじわじわと漏れ出す。目の前で起きていることが何か分かっているのに、思ったように手は動かず、自分の口から声が出るまでにも酷く時間がかかった。逆手で握られた冷たい光の切っ先は、私に見せつけるかのように緩やかな弧を描いて、眉間を真っ直ぐ捉える。その一連の光の流れが、一瞬の閃きだったことに気付いた時には、喉から生えた弧月のせいでこれ以上のトリオン体の維持は不可能だった。
ベイルアウトする前にトリオン体を解除すれば、慶の突き立てた弧月が邪魔なせいか、元の位置であるベッドの上じゃなくて、床の上に落ちた。

「隊務規定違反!」

現行犯を逃がすまいとすぐに体を起こしたけど、慶は去る気配を見せることもせず、ベッドの上であぐらをかいて、空っぽの手を膝の上に乗せている。

「お前が自分でベイルアウトしたんだろ」
「刺したじゃん!」
「証拠は?」

少しだけ身を横にずらした慶につられてベッドに這い上って、さっきまで転がっていた場所を見るけど、弧月はあくまで私の首だけを刺してベッドまでは貫かなかったらしい。バカだし、アホだし、最低だけど、やっぱり攻撃手1位は伊達じゃない。剣の扱いだけは、悔しいけど本当に上手い。

「証拠は?」

何の痕跡もないベッドを撫で回している私への勝利宣言とも取れる二度目の問い。見ていた人もいなければ、何も壊れていないし、私もベイルアウトする前に自分で解除したから、私が大声で言って回ったってただの言いがかりに聞こえるかもしれない。さっき慶を蹴り飛ばして運ばれるのは見られているわけだし…。

「し…忍田本部長に告げ口する…!」
「やってみろ」

私の苦肉の策を一蹴すると、私が本部内で暴れようとしていたから大事になる前に鎮めたことにすると、酷くあっさりと、私を崖っぷちまで追い込んできた。慶の言い分が通れば私が処分されるし、例え私の言い分が聞き入れられたとしても大事になっていない以上、慶のポイントがちょっと減るくらいで、慶にとってはきっと痛くも痒くもないはず。そうなると、告げ口したところで不利になるのは私の方だ。
戦闘だけじゃなく口でも勝てなくて、四つ這いのまま唸り声を上げるという完全敗北な姿勢を慶に晒す羽目になって、気分的にも落ち込んでいる私をよそに、慶は急に私の足を掴んで引っ張った。生身の私が耐えられるわけもなく、そのままバランスを崩してベッドに倒れたら、慶は私を押さえ込むように私の背中に片足を乗せ、お構いなしにズボンの裾をまくりあげた。

「服装が変わったのもこのせいか。頑張る方向が違うだろ」
「……うっさい」

ズボンの下に隠していた擦り傷だらけ足に感じる視線に堪えられなくて、慶から顔を背ける。
頑張る方向が違ったって頑張ったことには代わりはないわけで、そこを突かれるとやっぱり腹が立つし、ちょっと悲しくもなってくる。
慶が私の足を下ろしたけど、ふて腐れ態勢に入った私は黙ってそっぽを向いたままでいたら、慶は乱暴に人の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。

「大体、荒船に弧月を習う意味も分からん」

あの村上くんの師匠なんだから、教えるのは絶対上手だと思うし、だから教わりに行ったのに、意味が分からないって言う方が意味が分からない。
そう思いつつも、慶への返事は鼻であしらうだけで言葉にはしない。

「村上とだって、いつ仲良くなったんだよ。あいつにも教わってんのか」

辰也くん繋がりで仲良くなってもおかしくないでしょ。というか、慶に私の交友関係に口出しされる筋合いはない。
ぐしゃぐしゃになった髪の毛を弄ばれて不愉快だったけど、その手を払いのけるのも面倒でじっとする。

「そうやってフラフラしてるから強くなれないんだろ」
「……慶には分かんないじゃん。練習したって強くなれない人の気持ちなんて」

返事をしないって決めていたのに、つい悔しくなってぽつりと漏らせば、案の定「分からん」と即答されて、余計に気が滅入った。歪み始める視界をぐっと堪える為に下唇を噛む。
返事をしなくなった私をどう思ったのかしらないけど、髪の毛から慶の手が離れた後、隣で慶が動く気配がした。このままどっか行ってくれればいいのに、鬱陶しいことに慶の逆さまの顔が覗き込んできた。

「だから、俺に訊けばいいだろ」

震えて開けない口の代わりに、瞬きをしたら涙が零れそうな目を僅かに細める。

「お前の一番近くにいる、一番強い奴は俺だろ」

確かに慶は強い。強いけど、慶が弟子を採った事があるなんて聞いたことがないし、早く弧月を実戦で使えるようになりたいから、既に村上くんっていう実績を作っている荒船くんの方が信頼できる。戦うのと教えるのでは必要な能力のベクトルが違うことくらい慶だって分かっているはずなのに。

「荒船に教わったって強くはならない」
「……何それ。村上くんがいるじゃん」
「それは村上にSEがあるからだ」

まるで村上くんの強さがSEのお陰で、荒船くんのことを弱いと、そう言いたいのか。慶から見たらどっちも弱いかもしれないけど、ボーダーの中じゃ十分実力者だ。何より、村上くんはSEはあるけど本人が努力したからあそこまで強くなったんだし、荒船くんだって人を教えるくらいの実力とノウハウを持っている。

「二人をバカにしないで」

これ以上バカにするなら殴ってやろうかと、拳を握りしめて次の言葉を待つけど、慶の口から出たのは否定の言葉だった。お陰で殴りかかるようなことにはならなかったけど、代わりにもっと惨たらしい現実を突き付けられた。荒船くんの指導の腕を肯定しているのなら、村上くんのSEを抜きにした努力を認めているのなら、慶が否定していたのは、荒船くんに教わったとしても強くなれないのは私で、村上くんみたいに強くなれる素質がない私だ。
堪えきれずに目尻から落ちた涙を拭うようにベッドに顔を埋めて、震えた声が出ないよう、何とか声を張り上げる。

「じゃあ何……努力したって私は強くなれないって……弱いままだって、そう言いたいの?!」

自分でだって、中途半端に万能手になったって強くはなれないんじゃないかってぼんやりと思っていた。思っていても、強くなれる可能性を捨てたくなかった。
握りしめた手をもっともっと強く、肌に爪が食い込むくらいに握り込む。この手を緩めたらこのまま泣きそうだから。

「勝手に決めつけんな」

慶の手が私を嗜めるように頭の上で跳ねる。

「なぜ弧月を握ろうと思った?どうせ射手じゃ出水や那須……あと二宮か?あいつらに勝てないとか思ったんだろ」

質問の答えを先に言われて押し黙ると、それを察してか慶は私の返事を待つことなく続けた。

「それで万能手に転向しようって判断はどうでもいい。それで強くなるかどうかはやってみないと分からないからな。実際そこまで悪くはなかったから、見込みがないわけじゃない。ただ両手で握ってて太刀筋がブレているようだと、片手で振る実践じゃ使い物にならん。それどころか、射手としての実力以下にまで落ちるだろうな。だから鍛えろって言ったんだ」

この間のポイントを乱獲されたときのことを言っているんだろうけど、慶は私のことをバカにして笑っていたくせに。そこまで思ってたならちゃんと言ってほしかった。それに、そんなに悪くないなら荒船くんに教わって正解だったってことだ。慶に教わる必要なんて何もない。そんなことをぼそっと呟けば、耳聡く拾った慶が「荒船じゃお前に言えないことがあるだろ」と反論してきた。

「荒船は弧月の扱いを教えてくれるだろうが、それで弧月の腕が上がったとして、お前は攻撃手になるつもりなのか?違うだろ。弧月をサブに使うつもりだって、自分で分かってて教わってるのか?」
「……そんなの分かってるし」
「なら、なぜいつものフル装備でポイント取り返しに来なかった?分かってないから、出水に蹴り技なんか教わりに行ったんだ。剣を握って迷うくらいなら、最初から万能手なんか目指すな」

あまりに強く言われたから、慶を見上げると、私の顔を見た慶がちょっとだけうろたえるように視線を逸らした。自分では堪えたつもりだったけど、結構酷い顔になっているのかもしれない。

「俺は荒船みたいにうまく教えてやれる自信はない。けどな、俺がどうやって鍛えたかは教えてやれる。お前の攻撃の甘いところも、何なら、お前に一番向いてそうな戦闘スタイルも一緒に考えてやれる」
「……何でそんなことまでしてくれるわけ?」

慶の意外な発言に、起き上がって慶をまじまじ見ると、慶は嫌そうに後ろを向いた。

「お前が俺に何も言わないで他の奴を頼るからだろ」

今日聞いた慶の声の中でも、笑っちゃいそうになるくらい感情的で、だけどおもしろくなさそうな言葉に、さっきまでの真面目な慶の印象が崩れていく。今まで言われた言葉はどれも本当に思っていたことだろうけど、本心はバカみたいに子供っぽい。それを笑ったらきっと怒るんだろうけど、不意打ちだったから仕方ない。
濡れた頬を袖口で拭いながら、緩んだ目と口を隠すけど、声はやっぱり笑ってしまう。

「焼き餅でも焼いてんの?」
「焼いてない。遊び相手が減ってつまらんだけだ」
「私じゃ遊び相手にもならないくせに」
「万能手としてはな。お前がこれからも剣を振るつもりなら、遊び相手になるくらいに俺が鍛えてやる」

自分勝手な物言いに「やっぱり蹴っていい?」と訊ねながら蹴っ飛ばせば、慶は痛くもない蹴りを笑って背中で受けてくれた。だからもうこれ以上、慶に蹴りを入れるつもりはないし、足に擦り傷を増やしたりするつもりもない。次入れるのは、トリオン製の刃か弾だ。

「焼肉奢らせるから、お財布温めてて」
「おう、待ってるぞ」

私の宣戦布告に、慶は嬉しそうな声で私の頭をぽんぽん叩くから、私も絶望的な戦力差は感じるけどちょっとだけ楽しくなる。慶の期待に応えられるまではもう少し時間はかかるかもしれないけど。


←archive

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -