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思い内にあれば色外に現る

年明けてすぐに来馬先輩が鈴鳴の全員にお守りをくれた。何でも、人から貰うお守りは贈る人の想いが乗るから、自分で買うよりも効果があるらしい。そう言って少し照れくさそうに頬を掻いた来馬先輩の優しさが詰まったお守りを、その日の夜、ベッドに転がりながらじいっと見つめた。来馬先輩から貰ったというだけでご利益がありそうで、どうせなら健康祈願じゃなくて恋愛成就なら頼もしかったのに、と欲張りなことを考えて、すぐに打ち消した。
来馬先輩が応援してくれたら頑張れる、なんて、結局は今出来ないことの言い訳をしているだけだ。それに来馬先輩が応援してくれたとしても、さっぱり自信がなかった。
だって、オレの好きな人の好きな人は、あの荒船なんだから。



新学期も初日から机に突っ伏して、腕の中に隠すようにため息を吐いていたら、ごつんと頭に拳が落ちてきた。こういうことをするのは荒船が多いけど、通う学校が違うから、あとはもう見なくても分かった。

「んだよ、朝から泣き言言ってんじゃねー」
「……まだ何も言ってない」
「これから言うつもりなんじゃねーかよ」

少しだけ顔を上げて腕の上からカゲの様子を覗けば、いつものように面倒くさそうに頭をがしがし掻いて、だけど話は聞いてくれるのか、まだ登校してきていないオレの前の席に勝手に座る。

「別に泣き言じゃない」

そう前置きしてから、この冬休みの間考えていた事を、その結論を、机の中から引き出した。
オレの好きな人、みょうじなまえさんは、最初穂刈と仲良く話をしていたからてっきり穂刈が好きなんだと思っていた。でもそれは高校三年間同じクラスだっただけで、そういうものではないことを穂刈から聞いた。穂刈本人から言われると疑わしかったし、彼女がうっすら頬を染めて穂刈に対して前のめりで話しかけている姿を見たら、穂刈の察しが悪いだけなんじゃないかと思った。俺はそんな風に話しかけてもらえたことはなかったから。
けど、それも穂刈から改めて否定された。彼女は穂刈に、荒船について訊ねたらしい。ボーダーに入っているわけじゃないのに、どうして知り合ったのか分からないけれど、年齢や学校、性格や好きなタイプまで。
それを知ったのは二学期が終わる少し前だったんだけど、当然オレは気落ちした。だって荒船が恋敵なんて勝てないだろ?オレから見ても荒船はかっこいいし。
そんな憂鬱な気分で年を越して来馬先輩にお守りを貰った。オレの為にと一年の健康を願って買ってくれた健康祈願のお守りは、確かに来馬先輩の優しさに溢れていた。

「だから、オレもそれに見倣う事にした」

白い紙袋に入った恋愛成就のお守りは、彼女への想いをきっぱり断ち切って、その恋路を応援するっていう自分の中でのけじめでもあるし、もし僅かでも希望があるなら…という未練がましさもないわけではなから、オレの心境的にも、お守りに乗った想いも、物理的に重さはないのに重たく感じる。
それでも、荒船なら彼女のことを酷く扱ったりしない自信があるから、こうして諦めるきっかけを自分で用意できた。

「話を聞いてくれて、ありがとう。何か吹っ切れた」
「オイ、何勝手に結論つけてんだよ」

教室のドアからみょうじさんが入ってくるのが見えたから、オレは未練を振り切るように席を立つ。
カゲは怒ってるような言いぐさで、表情は何故か呆れたような変な顔をしていて、引っかかるものはあったけど、これ以上何かに止まったらもう二度とこれを渡せるような気がしなかった。

「おはよう、みょうじさん」
「あっ、村上君!明けましておめでとう」

ぺこっと頭を下げた彼女に倣って新年の挨拶をする。
ここで突然お守りをあげても彼女は困惑するだろうから、どう話を切り出すか考えていたら、みょうじさんは肩にかけていた鞄を机の上に置くと、いそいそと何かを探し始めた。

「あのね、年末に村上君の住所訊くの忘れちゃって送れなかったから…手渡しになっちゃったけど…これ…」

鞄から出てきた年賀状には、住所はないけど、彼女の字でオレの名前が確かに書いてある。
オレのメールアドレスだって知っているんだから、メールで訊いてくれてもよかったのに。
彼女にとってはメールで訊かなくても手渡しすればいい程度だったのだろう。これから自分で自分にとどめを刺す予定だったけど、向こうからすっぱりと斬られた。

「ありがとう。…オレもみょうじさんにあげたいものがあるんだ」
「えっ…何?」

期待に満ちた目に一瞬躊躇うけど、その時にはもう手が動いていて、後に戻ることはなかった。

「みょうじさんはもう受験終わってるから、合格祈願とかだと今更だなと思って…その、前にみょうじさんに好きな人がいるって聞いたから…」

情けない事に尻すぼみしていく言葉は彼女にどう捉えられたか分からないけど、みょうじさんは目をぱちぱちと瞬いて、オレに一言確認を取ってからその袋を開けた。

「恋愛…成就…?」

彼女の声が戸惑いに溢れていたから、その後の彼女の反応は怖くて見られない。

「嫌…だった?」
「い、嫌じゃない!嫌じゃないよ!う、うん、がんばる、がんばるね!」

彼女の精一杯の明るさが、余計に胸をえぐった。
これ以上は会話を続けられる気がしなくて、話もそこそこに席に戻れば、いつの間にかオレの席に移動したカゲが露骨に呆れた顔で頬杖ついていた。

「変なとこだけ潔いな、おめーは…」
「オレ、がんばっただろ…」
「無駄ながんばりだけどな」

先程とは打って変わって素っ気ない反応で、教室に入ってくる先生の姿を見て、自分の席に戻っていった。
その後は始業式くらいで他に対してやることもなく、すぐに下校時間になった。今日はこのまま本部に行って、うじうじ考え出さないよう個人ランク戦でもやろうかと身支度を整えていると、控えめな声で呼びかけられた。

「村上君…あの、い、一緒に、帰りませんか!」
「え…オレ…?」

視線を泳がしながらもコクコクと何度も頷くみょうじさんに、オレも戸惑う。
みょうじさんと一緒ということが嫌であるわけがないけど、さっきのこともあるから何とも気まずい。
どうしたものかと思わず教室を見回すと、オレ達の様子を見ていたらしい穂刈が、何を言いたいのかは分からなかったけど首を縦に振ってくる。どうやら一緒に帰れということらしい。

「うん…いいよ」

ああ、どうせ一緒に帰るのなら、彼女の好きな人なんて知る前がよかった。



みょうじさんと並ぶとそこそこ身長差があって、頭のてっぺんの髪の毛がやわらかそうに揺れているのが見える。そんな様子で、冬休みにあったことだとか、年末年始に見ていた番組の話を楽しそうにするから、諦めたはずの想いがもう一度這い上がってきそうになって、唾と一緒に飲み込んだ。
駅まで送るか、そろそろ別れて本部に向かうか悩みながら信号機が変わるのを待っていると、このタイミングで一番聞きたくなかった声に呼ばれた。

「鋼じゃねーか」

心臓がぎゅっと握られたような感覚がして、でも反射的に振り返ってしまって、案の定荒船がオレを見かけて小走りに横断歩道を渡ってくる。
そして荒船は、オレだけでなくみょうじさんにまで被害が及ぶことをニヤニヤ笑って投下した。

「お、何だよ、鋼。彼女か?」

荒船のことが好きなみょうじさんだ。当然荒船本人からそんなことを言われて平気なわけがない。現に横でぶんぶん首を振り出したところだ。

「あ、荒船!」
「えっ?」

オレの静止に声を上げたのは、荒船じゃなくて、隣で首を振っていたはずのみょうじさんだった。

「えっ?えっ?」
「な、なんだよ…?」

困惑した様子で見つめてくるみょうじさんに、荒船まで首を傾げる。

「あらふね…さん?」
「おう」

みょうじさんに名前を呼ばれた荒船が短い返事をして、みょうじさんは俺と荒船を交互に見た後、彼女にしては大きな声を出した。

「荒船さんって男の人なの!?」
「えっ?!」
「は?」

穂刈から、みょうじさんが荒船の事を訊いてくるとは聞いたけど、多分穂刈も、みょうじさんが荒船の事を男だと知ってると思っていたんだと思う。ところが当のみょうじさんは荒船の性別すら知らなかったらしい。
本当に驚いた顔で荒船を見るみょうじさんに、何か勘違いしていることを察した荒船が呆れたように手を広げて自身の姿を見せる。

「俺が女に見えるか?」
「だ、だって村上君、いっつも荒船さんの話してるから!穂刈君に聞いたら、荒船さんの事好きだからなって!」

完全に落ち着きをなくしたみょうじさんは今にも泣きそうな声色で、顔を真っ赤にして荒船に詰め寄る。

「いや…鋼が好きなのは俺じゃなくて、みょうじなまえって人だから…」
「荒船!」
「えっ?」

自分の口から出たのは、もう悲鳴だった。最悪だった。何で荒船がそれを知ってるのか疑問ではあったけど、もうそれどころじゃなかった。確かにオレは、彼女の為に買った恋愛成就のお守りに、もしチャンスがあるのなら…なんて不純な想いを込めたかもしれないけれど、だからってこんなタイミングで知られたくなかった。
オレの顔を見た荒船がゆっくり目を見開いていく。その顔に浮かぶのは後悔だ。

「あー…」

荒船が困惑して視線を左右に振る。オレはもうその目の動きですら居た堪れなくて顔を下げた。
しばらく誰も声を出さなかったけど、不意に頭に衝撃が走って、顔を上げると、相変わらず目を見開いたままの荒船が、今度は驚いた顔で隣にいるはずのみょうじさんを見ていた。
オレも恐々視線を回すと、みょうじさんは地面に座ってぽろぽろ大粒の涙を静かに流していた。

「みょうじ…さん?」

オレの声にみょうじさんは慌てて袖で涙を拭った。

「あ…えっと……ご、ごめんなさい!」

そんなに嫌だったのだと、面と向かって言われるとさすがに苦しくて、悲しくて、オレまで涙が出てくる。
あんまりにオレの顔が酷かったのか、みょうじさんは真っ赤でぐしゃぐしゃの顔のまま、無理矢理笑ってくれた。

「ち、違うの!その、えっと…う、うれしくて!」

…うれしくて?
聞き間違いじゃないかと、思わず荒船に確認を取ろうと顔を向けようとしたら、オレの制服のズボンの裾をみょうじさんがぎゅっと握ったから、みょうじさんと視線を合わせる為に、オレもその場にしゃがみ込んだ。

「だって、村上君、私に恋愛のお守りくれたから…もう、全然、だめかと思ったあ…」
「みょうじさん…」

しゃくり上げ始めたみょうじさんにどうしていいか迷って、手をふらふら彷徨わせたけど、さっき見ていたやわらかそうな髪を思い出して、そっと撫でる。思った通りやわらかくて、また涙が出た。

「えー……あー…俺カゲんち行く途中だったわ。じゃあな」

上から降ってきた荒船の戸惑いの言葉に、オレとみょうじさんはお互いに顔を見合わせた。多分今どっちも酷い顔をしている。けど。

「待って、荒船さん!」
「そうだよ、荒船!」

オレ達の返事を聞く前に歩き出した荒船の後を、二人揃って追いかける。

「俺いらねーだろーが!」

荒船がギョッとした顔でこっちを振り向いて慌てて走り出すけど、先に走り出したオレ達の方が速い。オレとみょうじさんで左右から荒船を挟み込んで捕まえた。

「頼むから二人きりにしないでくれ」
「何でだよ!両想いだからいーじゃねーかよ!」

ひしっと荒船の右腕を掴むと、人を巻き込むなと訴えてくる。

「まだ、心の整理がついてないから、だめです!」
「俺、みょうじさんとは初対面だったよな?」

みょうじさんの追い打ちに、驚いて首を回す。さすがにオレのようには扱えないのか、困惑が色濃く出ている。

「どうせカゲんちでお好み焼き食べるんだろ?みょうじさんもお昼一緒にどう?」
「あ、行きます!」
「おいこら、勝手に決めてんじゃねえ!」

唸る荒船を挟んでみょうじさんと目が合う。すぐには引きそうにない赤い顔だけど、みょうじさんの顔は今日一番かわいかったから、きっとオレの顔も今日一番の笑顔だろう。


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