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うわばみの身に覚えのないこと

携帯が粉砕したけど、最近話題のカラー画面の携帯電話に換えるだけの予算は、というか、そもそも今携帯が壊れるなんて思っていなかったので、すごく悩んで、相変わらずモノクロ画面の携帯に買い換えた。
けど、店員も絶句する壊れっぷりに、携帯の中にしか入れてなかった唐沢くんの連絡先はガラクタになった携帯と共に廃棄。そんなわけで唐沢くんとはまだ連絡が取れていない。
唐沢くんの方から連絡くれれば何とかなるんだけど、ガラクタになったまま2日くらい携帯ショップに持って行けなかった…正確には行ったけど時間外で、音信不通にしてしまったせいか、まだ新しい携帯には連絡がない。まだこの携帯を持って半日しか経ってないけど…。
そんな私をよそに、先日人をパシらせた先輩が酒を奢ってくれると言うので、そもそもこの人が私をパシらせなかったら携帯も車に轢かれなかったんじゃないかと責任転嫁することにして、先輩の財布にダメージを与えるべく他の人にも声をかけて、結局その日ゼミにいた全員で飲みに行くことになった。
こっちのキャンパスは都会だから、飲みに行く候補はいくらでもあって、今日は数駅離れた繁華街に行くつもりらしい。わざわざ電車で行く程のところでもないだろうけど、どうせ興味本位だ。私だってどんなに美味しい酒があると聞いても、かなり治安が悪い場所だと聞いたら一人じゃ近付かないし。大勢だから行けるのだ。
まだそんなに遅い時間ではなかったから人通りは多かったし、店の雰囲気も怪しくはなかったけど、店に辿り着くまでの間に明らかにその筋の人っぽい姿も見かけたので、少し警戒しつつちびちび舐めてたら、よく一緒に飲む同期に「何だよー、全然飲んでねーじゃん!」と、私の好きそうな酒をぽんぽん勝手に頼んで、私の前に並べてきた。
全く、警戒心がないなー。……まぁ、でも、頼まれちゃったら、飲まないのは勿体ないし、当然飲むよね?



結果的には酒はうまいし、別にぼったくられもしなかったし、先輩の財布に大打撃も与えられたので、私は凄く満足した。そこまでならよかったけど、面倒なことに、面倒くさいタイプの酔っ払いが生み出されてしまった。

「ねーえー、ちゅーしよー、ちゅー!」

もたれかかる…と言うよりもベタリと張り付いてないとろくに歩けない女の先輩を、何とか小脇に抱えるように支える。
私よりも絶対力がある男性陣は「一応女の子だし…」と変なところで気を使って全く助けてくれない。多分、絶対、この先輩が酔うとキス魔になるのが原因だけど。

「みょうじー!ちゅー!」
「はいはい、ちゅー」

顔を寄せてきた先輩に適当にキスしてやると、先輩は満足そうな顔でまたフラフラと歩き出し、周りの大して酔いが回っていない面々からは呆れの混じった憐みの視線を受けた。

「お前よくやるなあ…」
「毎回これなんですよ。さすがに慣れますって」

幸いキスに夢を見るような人間でもないので今更何とも思わないところに、自分のことながら少しくらい恥じらいを残しておけばよかった気もするけど、残ってないものは仕方ない。仕方ないけど、複雑。
そんな僅かな女心との葛藤をよそに、先輩は私の腕に頬を摺り寄せた。

「ねーえ、もーいっかーい」
「じゃー俺とー!」

無駄にテンションの高い同期の男が寄ってきたのを、先輩は指差し笑う。

「あはは、気持ち悪ーい!」

日頃から軽く毒を吐いてくる先輩で、しかも今日はどうしようもない酔っ払いだからか、彼もそこまでダメージは受けなかったらしいが、それですごすご下がるのも本気っぽくてかっこ悪いとでも思ったようで、「じゃーみょうじでいーや」とかほざいてこっちに視線を向けてきた。

「うわー妥協かよー!」
「さいてー!」

先輩と一緒にしっしっと手を振れば、冗談で済ませられると確信したようで、唇をタコみたいに尖らせて突撃してくる。

「くんな、酔っ払い!」

ガシッと顔を鷲掴みして止める。こいつは冗談でやってるとしても、私の拒絶は本物だから、ちょっと指先に力を入れる。残念なことに私はラグビーやってないから、そんなに痛くはないだろうけど。
こんなところで終えてくれないかなー、とそろそろ手の力を抜こうとしたら、手のひらをぬめっとした何かが這った。それが何であるかなんてことは考えるまでもなく、反射的に手を離して、そいつの頭を一発叩いた。

「気持ち悪!ふざけんな!」

ぎゃははと笑われているのをどうにか聞き流しながら、そいつの服に舐められたところをごしごし擦りつけるけど、さっきのぬめっとした舌の感触がなかなか拭えなくてかなり気分が悪い。小脇に抱えていた女の先輩まで爆笑し始めて、もう隠すことなく盛大にため息を吐いた。
酔って吐く唐沢くんも面倒くさいけど、こういうのはもっと面倒くさい。



さすがに酔った先輩を一人で帰すのは不安なので、最寄駅は違うけど家まで送り届けて、帰路についた時にはもう終電も近くて、吊革に掴まりつつうとうとしてしまった。幸い寝過ごすことなく最寄駅で降りられたけど、歩いていても眠い。そんなに飲んだ覚えはないし、普段もこの時間はわりと起きてるんだけど、今日はどうにも眠い日らしい。
途中何度か電柱にぶつかりかけたり、段差に躓きかけたりしたけど、何とか家に帰って靴を脱ぐために玄関に座った。

「ちょっとだけ…」

そう言ってそのまま後ろに倒れる。ひんやりした床は冷たくて、まだ冬になりきっていないので、アルコールの抜けきっていない体には心地よく感じられた。

そうして目を閉じて、目を開いたら、部屋の中が明るかった。

ぱちぱち瞬きをしても、いつもの天井が見えるだけで、特におかしなことはない。強いて言うなら昨晩はカーテンを閉め忘れたらしく、日の光で部屋の中が明るい。
そう言えば風呂に入らないで寝たな…と思って、頭を掻きながら体を起こせば、自分の来ている服は昨日と同じで、何となく裾を引っ張って臭いを嗅いだら、案の定居酒屋行きました!って感じの臭いが残っている。
とりあえずベッドから出て、テーブルの上の置時計を見ると、シャワー浴びてから大学に向かっても余裕で一限に間に合う時間だった。とりあえずシャワーを浴びるか、と風呂場のある方…玄関の手前まで来て、足が止まる。
…あれ?昨日私ベッドにいつ行ったっけ?
多分私のことだから脱ぎ散らかしていそうな靴はきちんと並んでいて、その靴の少し先のところに家の鍵が落ちている。例え私が寝ぼけていたとしても、そんなところに落ちているわけがないのに、でもそこに落ちている。
上に視線をあげれば家の鍵はちゃんと締まっている。

「んんん…?」

腕を組んで眺めていたけど、特に何か分かるわけでもないので、鍵を拾ってからシャワーを浴びた。
部屋に戻って、テーブルの上に置いてある携帯に手を伸ばすと、さっきは気付かなかったけどちかちか着信を知らせるランプが光っていた。まさか、と思って開けば、確かに唐沢くんではあったけど、登録した覚えのないのに『唐沢克己』の名前で表示されているのはどういうわけか。
しばらく悩んでみたものの、覚えてないだけで唐沢くんがうちに来た以外思いつかなかったので、それで済ますことにした。別に唐沢くんじゃ何の害もないし。
のんびりしても時間がなくなるので、さっさと髪の毛を乾かして家を出る。
一限の授業は学科の必修で、かなり広いすり鉢状の教室を使うため、下の入り口から入ればざっと全体が見渡せる。昨日の飲みに来た人は…自主休講する人の方が多そうな感じなので、他に仲のいい人を見つけて近くに寄る。

「昨日先輩のお金で飲んだって本当?」

第一声がそれなのはどうかと思うけど、昨日来てなかった人だから、それについて言われるのも無理はない。適当に返事をしながら、その子前の席に座ってカバンから必要なものを出していると、急に首筋を突かれた。まぬけでかわいげの欠片もない悲鳴をあげて振り返ると、彼女はなぜかニヤニヤ笑って、もう一度私のうなじ…よりももう少し下、首筋と肩の境辺りを突く。

「みょうじ、彼氏いるんだ?」
「…はあ?何で?」

さっぱり意味が分からない質問の理由を聞いた私は教室中の注目を集める程の声をあげていた。


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