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無自覚な独占欲


昨日から連絡してはいるものの、全く返事の来ない携帯を前に、なまえはため息を漏らさずにはいられなかった。
彼氏が出来たら女友達はいらないというのが普通なのか?と考えてみたが、残念ながら一度だって彼氏の出来た試しのないなまえにはその彼氏中心主義には賛同しかねるし、万が一彼氏がいたとしても、何の連絡もなしに遊びに行く予定をすっぽかされた事に変わりはないわけで、全く酌量の余地がない。
もういいや、とベッドの上に放り投げ、頭も預ける。逆さの視界から見える窓から入り込む日差しは暖かで、出かけるには絶好の天気だった。

「おー、なまえ、暇そうだな」
「……何しに来たのよ、馬鹿」

身体の正面から聞こえてきた声の主である『馬鹿』呼ばわりした男の方を見ようとして、重たげに頭を上げたところでなまえは固まる。
ずかずか部屋に入ってきたかと思えば、投げ出した足の間にどっかり胡坐を掻くと、つまらなさそうになまえのすねを叩いた。

「今日も色気ない格好だなー」

部屋着に色気もへったくれもあるか!と言ってもよかったが、ノックもなしに部屋に入ってきた失礼極まりない男が相手なので、そんな優しさは仕舞って、代わりにその腹にかかとの一撃をお見舞いする。軽くうめいたものの、なまえも本気の蹴りを入れたわけではないので、すぐに鷹揚に笑った。

「そんなんだと彼氏出来ないぞ」
「誰のせいよ、馬鹿慶!」

その鬱陶しい顎髭を二、三本まとめてピンセットで抜いてやりたい衝動に駆られるが、そんなことされるために大人しくなまえの手の届くところまで寄る訳がなかったので、睨むだけでやめる。

太刀川慶はなまえの幼馴染みだ。幼稚園の頃には既に隣にいて、小学生の頃には一緒に遊んでいた記憶がある。流石に中学生になればよそよそしくなるかと思えばそんなことはなく、高校に至っては別の学校にいたはずなのに、同じ高校に通っていたと錯覚する程会って、太刀川の宿題を手伝わされた。
そして、普段馬鹿呼ばわりするだけあって、推薦だか何だか知らないけれど早々に大学受験を終えた太刀川の学力と、予備校に通ってコツコツ勉強し一般入試を経たなまえの学力が釣り合うはずもなく、当然大学も違うと思いきや、どういう訳か同じ大学にいた時には、腐れ縁も通り越して鋼鉄製の鎖で雁字搦めにされているんではないかと疑った程のショックを受けた。
勿論そんな太刀川に授業が楽なわけがなく、相変わらずいろんな人に迷惑をかけている。なまえも第二外国語を教えているが、同じ言語を選択していないから、結果的になまえが自分自身の第二外国語とは別に太刀川の第二外国語まで覚えるはめになっている。それで実際に履修している太刀川より出来るようになってしまったんだから、何とも釈然としないが、それもいつものこと。
とにかく、今までも今もそんな感じなので、太刀川という手のかかる大きな子供が巣立ちしない限りは、自分に彼氏が出来るとは思っていないなまえだった。

「それより、暇だろ?付き合えよ」
「はぁ?どこに」
「買い物。…俺の師匠が誕生日だったらしいのをほっといたら、日頃迷惑かけてんだから祝えよって周りの奴らに怒られてさぁ」

面倒くさそうに頭を掻く太刀川に、なまえは苛立ちが募る。
太刀川の師匠を、なまえは話にしか知らない。太刀川よりも十歳以上歳上のその男性は、太刀川の属するボーダーという組織の偉い人らしい。その情報だけで、なまえを不機嫌にする要素は全て揃っている。
それに気付いた太刀川はなまえの頭を軽く叩いた。

「不貞腐れんなよ。アイスおごってやるから」
「肌寒くなってきたのにアイスとか、馬鹿じゃないんだから風邪引くし」
「今日暖かいし、今の季節はかぼちゃとかさつまいもとかあるって前に言っただろ」

太刀川の言う『前』がどのくらい前を指すのか思い出せなかったが、確かにこの時期限定のアイスは美味しそうな味が多い。
それに今日一日、特にやることがない。一応予定はなかったわけではないが、連絡しても反応がない辺り友人は彼氏とデートでもしているんだろう。だから付き合ってもよかったが、気に入らない男への誕生日プレゼントを買いに行くのについていくのはあまり気乗りしない。
その用件とアイスをおごってもらうことの二つを天秤にかけて、下がった方の選択肢を渋々太刀川に告げた。

「仕方ないなぁ。慶のセンス悪いし」
「分かってんなら渋んなよ」

なまえは頭の上で跳ねる太刀川の手を払いのけると、その背中をドアの方へと押した。

「とりあえず出てって。着替えるから」
「えーいいよ、気にすんなって!」
「私が気にするの、この馬鹿!」

無理矢理部屋の外に押し出された太刀川はバランスを崩して慌てていたが、なまえが同情してやるわけもなく、わざと大きな音を立ててドアを閉めた。



『慶のことだし、大したものを買うわけがない』というなまえの予想通り、近くの大型ショッピングモールに向かっていた。師匠なんだから、デパートとかもう少し高級感のある店で買うべきだとは思うが、その辺について首を突っ込む気はない。
何にせよ、太刀川が何をあげたいのかを把握しないことには始まらないので、手始めに前にプレゼントしたことのある物について訊ねてみたところ、名称を言うのも憚られるような、嫌がらせ以外の何物でもない物を渡して絞められたことがあると告げられて、なまえも一発蹴り飛ばした。
今回もその大学生の悪ノリでプレゼントを選ばれたら、無関係の人間であるとは言え流石に良心が痛むので、出来るだけ師匠についての情報を聞き出そうとしたが、曖昧な返事しか貰えなくて良く分からないので、無難なところでハンカチにさせた。

「絶対あっちの店の目玉柄のネクタイの方が面白かったのに!」
「だから、面白さを求めないの」

ハロウィンで賑わう店を指差す太刀川は、ただでさえ背が高いのに、更に髭の生えた顔から子供じみた文句を吐き出しながらついてくるので、嫌に目立つ。恥ずかしいからやめてほしかったが、これも今に始まったことでもないので無視して歩いた。

「何だよ、今度は忍…師匠の味方すんのか。さっき不貞腐れてたくせに」
「不貞腐れてないし。慶こそ、いつも迷惑かけてるんだったら、ちゃんと感謝しなさいよ」
「迷惑をかけた覚えはない」
「かけてるから買いに来たんでしょうが」

思いがけず喧嘩腰になってしまい、引き下がるタイミングを逃してしまった。
今までも数え切れない程喧嘩はしたので、これで絶縁になったりはしないとは分かっていても、喧嘩自体やりたいものではない。いつも太刀川が一方的に謝って、その後なまえも謝らさせられる。その時は気分のいいものではないけれど、付き合いが長い分、今更素直になりにくいなまえへの太刀川なりの気遣いであることはなまえも気付いている。実際自分から謝るのは難しくて、いつも太刀川任せだ。
たまには自分から…と思って口を開きかけたところで、知らない声が太刀川を呼んだ。
太刀川に『諏訪さん』と呼ばれたその人は、今日の太刀川の目的も知っているらしく、太刀川の行動の遅さに脇腹を小突いて、何やら楽しげに会話を始めたので、なまえは二人から少し離れて傍観していた。
さっきまで当然のように隣にいた太刀川が、今は遠く感じる。
昔から傍にいるのが当たり前で、ちゃんと面倒見ないとその内野垂れ死にそうなくらい不安要素だらけの幼馴染みの知らないところなんて、あの日までなかったのに。だから太刀川の師匠の話も、ボーダーの話も、自分の知らない『太刀川慶』が増えていくようで、不愉快な気分になって仕方なかった。

「また不貞腐れてんのか」

諏訪との会話が終わって戻ってきた太刀川に頭を軽く叩かれたが、なまえはすぐにその手を払いのけた。

「不貞腐れてない」
「分かった分かった。アイス食おう」

太刀川はなまえの手首を掴むと、引っ張るようにして、機嫌よく歩き出した。
確かに機嫌は悪かったけれど、カラフルなアイスを目の前にしたらそんなことはわりとどうでもよくなったので、甘いものは偉大だ。いつもの定番、変わり種、季節限定と、どれも美味しそうで、いくつかに候補を絞っても決められずに見ていたら、店員が目の前のケースからアイスを掬っているのが見えた。慌てて見上げれば、太刀川は既に会計の準備をしていた。

「まだ決まってなかったのに!」

批難の声をあげるなまえを太刀川は一瞥すると、店員から渡されたアイスの入ったカップ二つをそのままなまえに渡した。

「間違ってないだろ?」

カップの中に丸いアイスが二個ずつ、全て違う味が入っている。さっきまでなまえが決めかねていたアイスだった。

「間違ってない」

それどころか、候補が全部目の前にある。
小さな声でお礼を言うと、太刀川は聞こえなかったふりなのか、それとも本当に聞こえなかったのか、薄く笑いながら首を傾げた。

「一人で全部食べんなよ」
「駄目なの?」
「駄目に決まってんだろ。食いすぎ」

近くのベンチに並んで座って、自分の持っているカップと太刀川の持っているカップ、交互にスプーンを運ぶ。どれも美味しい。やはり悩んだだけあってどの味も美味しんだから、うっかり一人で全部食べたとしても仕方がないと思う。
勿論、太刀川もなまえのカップに手を伸ばしてつついているので、そんなことにはならないが。

「なまえは本当にアイス好きだな」
「そう?」
「そうだろ。前に来たとき、俺のアイスまで食ってたし」
「それ、いつの話?」
「高一の夏」
「覚えてないし、そんな前の話」

適当に返しながらアイスを口に運んでいると、どこかを見ていた太刀川が一人で笑い出したのが不気味で、なまえもアイスから目を離して太刀川の視線の先を追うと、高校生らしいカップルが二人で一つのアイスを食べていた。

「なまえはあれじゃ足りねーな」

太刀川が自分の手元のカップに残ったアイスの最後の一掬いをなまえの口の前に差し出し、なまえはそれを遠慮なく口にくわえて舐めとった。

「何が楽しいんだか」

なまえがアイスが好きで、出来ることなら沢山食べたいという欲もあるだろう。むしろいつもならそれが殆どで、今も太刀川にそう言われたところだが、今日は何となくカップルというものに軽い苛立ちを覚える。
そんなことを一言も発したつもりはなかったが、太刀川に頭を軽く小突かれた。

「高校生相手に僻むなよ」
「うっさい」

なまえは自分の持っていた空になったアイスのカップを、同じく空になった太刀川のカップに重ねて取り上げて、ごみ箱に捨てに立ち上がれば、太刀川も後ろをついてきた。

「端から見れば俺たちもデートに見えるだろ」
「何で私が慶と恋人ごっこなんかしなきゃなんないのよ?」

ごみ箱の前で立ち止まると、何かを考えるように「恋人ごっこかー」と呟いた太刀川の声が頭上から降ってくる。それから、ごみを捨てて空いたばかりのなまえの手を拐うように掴んだ。

「やるか!」
「は?」

太刀川はなまえの今日一番冷たい声を笑い飛ばすと、無造作に掴んだ手を一度離して、改めてしっかり握り直した。

「本当は誰かと出掛ける予定だったんだろ?」
「……言った覚えないけど」

太刀川はなまえの着ている服を指差す。

「部屋行ったとき、その服用意してあったのに違う服着てたからなー。後は勘だ、勘」
「馬鹿慶のくせに変なとこだけ察しがいいの、ムカつく」

無理矢理繋がれた太刀川の手に爪を立てながら握り返せば、太刀川は痛がりながらもにやにや笑った。

「でももういいかな。大分ブラブラしたし。アイスも食べたから」

普段遊びに行くと言えば、大体ブラブラお店を回って、何か買ったり食べたりするくらいで、今日太刀川とやったことと大差がない。

「そうか。…アイスで機嫌良くなったしな」
「うっさい!」

むくれたなまえの両頬を片手で挟むように押したら、ぶふっと情けない音が出て、余計になまえが拗ねる。それでも本当に機嫌が悪くなったわけではなかったので、握ったままの太刀川の手を振りほどいたりはしなかった。

「じゃ、俺んち来る?」
「……この間片付けに行ったばっかなのに、もう汚くなったの?」

なまえに呆れられて溜め息を吐いたら、太刀川は慌てて否定したので、本当にまだ綺麗なのか、もう汚くしたのか、半信半疑になったので、確認の為にも太刀川の家に行くことにした。
太刀川の今の家はボーダーの本部に近い1DKのアパートだ。大学生の独り暮らしにしては決して安くなさそうな見た目のアパートなのは、恐らくボーダーでの収入がいいからなのだろう。
最初に太刀川の独り暮らしを知った時誰よりも反対したなまえの予想通り、太刀川はずぼらで自堕落な生活をしていたので、ぶつぶつ文句を言いつつも月に数回掃除や洗濯をするために太刀川の家に来ている。
先日は掃除と洗濯をしたが、今回はどうだろう。食器か、また洗濯物が溜まったのか。そうなまえが考えていると、それを見透かしたように、太刀川は名案だと言わんばかりの表情で「そろそろ合鍵いる感じだな」と笑って、なまえに睨まれた。

太刀川の家は少し洗濯物が増えていたくらいで、確かに太刀川の言う通りまだ綺麗だ。いつもなら脱ぎ散らかした服や飲み散らかした缶ビールが散乱している太刀川の寝室も、今日は靴下くらいしか落ちていなかった。

「なんだ…やれば出来るじゃない…」

リビングと寝室を隔てる引き戸の前でぽつりと溢す。
手がかからない方が当然ありがたいし、ここまで綺麗に維持出来た事を本当はもっと誉めるべきなのに、何故だか無性に寂しくなる。
そんななまえのモヤモヤとした心境を他所に、太刀川はのし掛かるように後ろから腕を回して肩を抱き、頭の上に顎を乗せた。

「重いし痛いんだけど?」

太刀川は聞いているのかいないのか分からない曖昧な返事をして、腕に力を入れた。

「ちょっと、慶?」

頭に乗った顎を押し退ける様に顔を上げれば、太刀川と目が合った。

「恋人ごっこの続き」
「だからやらないってば!」
「…なまえは俺のことで知らないことがあるとすぐ不貞腐れるからなあ」

呑気な口振りとは裏腹に、その顔は僅かな弛みもない、かと言って咎めるような攻撃的な色もないものだった。
何か分からないけれど…怖い。
直感的に恐怖を覚えて身を捩ろうとするが、太刀川はそれを許さないとでも言うように、腕の位置を少し下げて二の腕も拘束する。

「あー、教えてやっても不貞腐れるか」
「ふ、不貞腐れないし…」

穏やかに笑うから余計に怖い。
なまえの知っている太刀川慶はもっとずぼらで、馬鹿で、たまに優しくて、課題を放り投げては最後は泣きついてくる、手のかかる太刀川慶であって、こんな不適な笑みを浮かべて抱きついてくる様な男は知らない。
顔を下げて太刀川の視線から逃れようとすれば、太刀川はなまえの顎を掴んで無理矢理視線を合わせた。

「知りたいだろ?」

俺のこと。
近すぎて耳にも届かなかった言葉が唇を伝って聴こえ、口の中を何かが蠢いて、そこでようやく太刀川にキスされた事に思い至った。

「んんー!?んぅ!んーん!」

ぬるぬる動いて気持ち悪い。無理矢理掴まれた顎のせいで首が痛い。息がうまく出来なくて、苦しくて顎を掴む方の腕を引き離そうと掴むがびくともしない。「痛い」と言おうにも、言葉にならず「んふぅ…」という呻き声にしかならない。
とにかく離して欲しくて腕を叩いたら、漸く太刀川が離れた。

「…くび…いたい…」

荒い呼吸の合間に訴えたのに、太刀川は「それだけか?」と僅かに目を細めながら、なまえの唇から溢れた唾液を指先で拭って、そのままなまえの口に捩じ込んだ。

「んう…」
「舐めろ」

ちらりと見上げた太刀川の目に映る色に、背筋がぞわりと痺れた。
人の指なんて舐めた事がないのでどうしていいか分からなかったが、拒否も出来なくて、言われるがままにその骨張った指に舌を絡める。
何が楽しくてこんなことをしているのだろう。どうしてこんなことになったのだろう。ちゃんと考えたいのに、口内を侵す指に意識を掠め取られて、答えにならない。
暫くして、満足したのか、太刀川は指を引き抜き、そのなまえの唾液で濡れた指を自分で舐めた。

「ひっ…」

扇情的な仕草に思わず息を飲むと、太刀川は欲望をちらつかせた眼差しでもって口角を上げた。

「なまえ?」

名前しか呼ばなかったが、それが先程の「知りたいだろ?」という問いの続きであることは容易に分かった。

「し、知らない…!知りたく、ない…!」
「ふーん。そうか」

太刀川はあっさりなまえを離すと、背を向けて、「じゃあ他の女んとこ行くかぁ」と独り言の様に吐いた。

「やだ!馬鹿!最っ低!」

あまり力の入らない足で踏ん張って、太刀川の背中に頭突きを入れるようにもたれかかり、そのまま引き留めるように太刀川の腰にしがみつく。

「知りたくないんだろ?」

確かに知りたくはない。見たこともない男の顔をする太刀川を知るのは怖い。しかし、それ以上に「…他の人にもその顔するのはもっとやだ」となまえは思ったのだが、つい口から出ていたらしく、太刀川は吹き出して笑い始めた。

「知りたくないって言っても、なまえには俺しかいないからなぁ」
「い…いなくないし!」
「いないな」

そう断言すると、なまえの手を引き剥がして、なまえの方を振り返った。

「どうせなまえは俺から離れられないんだ。言いたいこと、知りたいこと、なまえが自分からはっきり言わないと、俺は教えないからな」

太刀川の知らないところが増えていくのは本当は当たり前の事なのに、ずっと傍にいたが故に改めて知ろうとするのは何だか恥ずかしくて、そうして二の足を踏んでいる間に太刀川はなまえの知らないところまで行ってしまった。いつまでも隣にいられるものだと思っていた人が遠くに行ってしまうのは怖くて、とにかく寂しかった。寂しくて寂しくて、知りたかった事から目を反らして今まで来たけれど、本当はもっと知りたい。知りたかった事が沢山ある。
そのきっかけを今、太刀川の方から提示されて『何をするにもやっぱり慶からきっかけを貰わないと動けない自分は、慶の言う通り、慶から離れられないのかもしれない…。』となまえは考えて、意を決して尋ねた。

「じゃあ…慶の師匠のことから教えて」
「えっ…嫌だけど、ここでそれ訊く?」

さっきまで余裕綽々だったはずの太刀川の表情が一気に曇った。

「はっきり言ったら教えてくれるって言ったの慶なのに…!」
「いやー…そうなんだけどさ…」

言いにくそうにもごもごと口を動かした後、太刀川はなまえの首に顔を埋めるようにして抱き付いて、辛うじて聴こえる程度の声で呟いた。

「なまえが他の人に靡かない自信はあるけど、流石に師匠には取られそう…」
「さっき自信満々に、俺から離れられないとか言ったくせに」

なまえがくすくす笑えば、太刀川は気分を害した様で、なまえの首筋を舐めた。

「ひあっ!」
「とりあえず既成事実でも作っておくか!」
「馬鹿慶のくせに既成事実なんて言葉知ってっ、やっ、待って!」

耳を軽く食みながら、背中から服の中に侵入して直接肌を撫で回しに来た手に、慌てて太刀川の腹に手を置いて押すが、太刀川は全く動かない。

「もう十分待った。さっきマジでヤバかったの我慢したし」
「知らなっ、んっ…ほ、ほんと、待ってっ!」

がむしゃらに腹を押したお陰か、ゆっくりと太刀川の頭が上がったが、その瞳に再び灯った扇情的な光から目を反らせなくて、思わず息を飲んだ。

「なまえ、好きだ」

有無を言わさず口を塞がれて、理性を焼き切る様に熱を与えられて、言いたかった言葉は忘れてしまった。


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