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お互いに疑う下戸とうわばみ

うちのゼミは基本的に3年がパシりだ。
先輩から渡されたメモは明らかに教授の筆跡なのに、それを探しに行くのは私とか意味が分からない。
今日中に集めてこいと言われて、キャンパス内の図書館まで行って来たものの、一冊だけこのキャンパスには置いてないらしい。郵送で頼もうかと思ったら、「今すぐ行ってこい」だ。あの人絶対探すの今日まで忘れてて、毎週この日は午前しか授業を入れてない私を思い出して丸投げしたに違いない。これが終わったら先輩の金で酒を飲んでやろう。そう決めて、去年まで毎日のように歩いていた道をため息混じりに歩いていた。
秋だと言ってもまだ残暑が厳しく、駅から歩けばそれなりに体温も上がって暑く感じたが、幸い図書館はまだ冷房設定のままで涼むことが出来た。
せっかくこっちまで来たから部活に顔出そうかと思ったけど、先日の電話のこともあって唐沢くんにはまだ会いたくないから、さっさと見つけて帰ろう。
広い図書館を歩き回ってようやく見つけた本を胸に抱え、カウンターに戻ろうと最短距離で歩いていると、静かな図書館だからか、僅かに女性の声が聞こえた。

「ねーえ、部活の後ならいいでしょー?」

大きな声ではないとはいえ、妙に甘ったるい声に、よそでやってくれないかなー…?なんて、声のする方を見たら、ばっちり目があった。女性に言い寄られてる唐沢くんと。
ええー…と声には出なかったけど口が開く。確かにモテるとは聞いたけど、実際目の当たりにすると、いい気分はしない。
唐沢くんは慌てて視線を逸らして、彼女へ何かぼそぼそ言っているけど、ちらっとこちらにもう一度視線を向けてくるので、唐沢くんもどうやら困っているらしい。仕方ないなー、とは思いつつも助けを求められた少しの優越感で口元が緩む。
どこの誰だかは知らないけど、不審がられないように出来るだけ自然な笑顔で、二人に歩み寄った。

「克己、こんなとこいたんだ」
「…誰?」

怪訝そうを通り越して不機嫌極まりないって顔になった女性は置いといて、一度唐沢くんの方を見る。普段名前を呼んだことがないせいか、唐沢くんの方が驚いた顔をしている。

「克己の知り合い?」
「あ、ああ、同じ学科」
「そう」

彼女の方に顔を戻せば、さっきよりも表情が優れない。勝手に何か邪推してくれてるんだろうから、出来るだけその勘違いを信じてもらえるように、にっこりと笑ってみせた。

「いつも克己がお世話になってます!」




カウンターで借りる手続きをして、図書館を出る。横には唐沢くん。さっきの女性はもういない。

「さっきは助かったよ…」
「噂に聞いてたけど、唐沢くん、ほんとモテるんだな…」

嫌味っぽく言うと、唐沢くんはこれでもかと言うくらい盛大なため息を吐いた。

「モテても別に嬉しくない」

ふーん、と素っ気ない返事が出る。モテても嬉しくない程度には、やっぱりモテるんだ…。
私の反応に、唐沢くんは余計なことを察してくる。

「みょうじ、何か怒ってる?」
「別に?モテる男は、選り取り見取りでいいですねー」
「女癖が悪い、みたいな言い方だね…」

まるで身に覚えがないと言わんばかりに、唐沢くんはまたため息を吐いた。
確かに唐沢くんがとっかえひっかえ女を抱いてる…みたいなのは想像できないけど、この間の電話で聞いた一件がある。
訊くか、訊かないか。
私個人的には心底聞きたくないけど、それが試合に影響しかねない状況であるのなら、やっぱり元マネージャーとしては見過ごせない。

「夜な夜な彼女のところに行ってて寝不足だって噂ですけど?」

そう切り出してみると、唐沢くんはぱっと顔を上げて即座に否定した。

「バイトだよ。残念ながら彼女はいない」
「どーだか。唐沢くん、かっこいいし、何人もたぶらかしてんじゃないの?」

バイトだって実はホストだったりするかもしれないわけだし。
なんて、考えて言ってみたら、唐沢くんが足を止めた気配があったので、振り返ると顔を手で隠して俯く唐沢くんがいた。

「唐沢くん、どした?」
「いや…みょうじがそう思ってるとは思わなかったから…」

さすがに疑い過ぎたっぽい。
微妙に震えた声に、慌てて謝る。

「信じる、信じるって。バイトだろう?」
「いや、そこじゃない」

唐沢くんは相変わらず、その姿勢のまま固まってた。

「俺、みょうじには男だと思われてないと思ってた」

前にも似たようなことを言われたけど、あの時は確かちゃんと返しはしたけど、信じてもらえなかったんだっけか。
それで訊き返されたけど、あの時はまだそれに対する答えが自分の中になかった。

「思ってるってば」
「本当に?」

ようやく顔から手を離して、私の隣まで歩いてきた唐沢くんは、また眉間にしわを寄せて疑ってくる。
あの時と違って今はちゃんと答えがある。あるからこそ、むしろ私は唐沢くんの方がどうかと思う。
彼女がいないと本人は言うけど、じゃあ何でここのところ、彼女でもないのに一緒に寝てるわけ?確かにどっちも唐沢くん酔ってたけど、おかしいだろ。……まあ…嫌じゃないけど。

「唐沢くんこそ、別に私のこと女だと思ってないだろ?」

ちょっとだけ咎めるような言い方になったせいか、唐沢くんは珍しく真面目な顔になった。

「思ってるよ」
「嘘つけ!」

逆に胡散臭い!と蹴っ飛ばすと、ラグビーやってるだけあるのか、びくともしないどころか、少し驚いただけで痛がりもしない。
全く逞しくなって…と悪態つこうかと思ったけど、唐沢くんの様子はそんな雰囲気じゃなかった。

「あれ、唐沢…と、姐さん?」

この妙な空気を壊すかのように、誰かの呼ぶ声がして、唐沢くんと一緒にそっちに振り返ると、この間電話をかけた部員が片手を挙げて駆け寄ってきた。

「この間はさんきゅーな!」
「うぶっ!」

バシッと背中を叩かれて、耐え切れず正面の唐沢くんの胸に顔から突っ込んだ。唐沢くんは特に何も言わずに、私の両肩を掴んで、元の体勢に戻してくれる。
君も頑張れよ、とお返しじゃなくて仕返しに思いっきり背中を叩いてやったけど、こっちもさすがラグビーやってるだけあって、私の手が痛んだだけだった。

「それより唐沢、次遅れるぞー」
「…ごめん、行くよ」

唐沢くんは少し不機嫌…というか、納得いかなそうな顔をしたけど、授業じゃ仕方ないと思うし、そんな顔されてもどうしろって言うんだ。
やっぱり何か言い足りないのか、唐沢くんはこの後の私の予定を訊いてきたので、向こうに戻ることを告げると、後で電話すると言われた。
してもいい?とかじゃなくて、するって言うんだから、最初から拒否権ないやつじゃないかと思うんだけど、そこは一応「分かった」と返事する。

「じゃ、後で」

そう言って、唐沢くんは軽く手を挙げたあと、先に行った部員の後を追うように走っていく。
唐沢くんが見えなくなって、私はため息を吐いた。
電話するってさっきの続きだよなあ…。この流れだと、私が告白しない限り話通じないやつだよなあ…。そう考えると、何か突然タイムリミットが現れたみたいですごく嫌だ…。
彼女はいないと言ってたけど、じゃあフラれないかと言えばそうじゃないし、第一女だと思われてないだろうし…。
それについてぐるぐる考えながら、向こうのキャンパスに戻る為に歩いて、丁度信号待ちで停まっていたら、ポケットに入れていた携帯が震えた。時間的に絶対に唐沢くんじゃないって分かってたけど、そのことばかり考えてたせいで動揺して、ポケットから取り出そうとしたら、手から携帯が滑り落ちた。

「あっ!」

かつんと音を立ててアスファルトの上をはねた携帯は、踊るように車道に落ちて、タイミングよく来た車に見事に轢かれた。


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