あの唐沢くんが一言もなしに帰るなんておかしい。絶対おかしい。
でもあの唐沢くんだ。もし私がそれを訊ねて、唐沢くんが正直に話してくれるとは全く思えない。となれば。
「もしもーし、姐さん、どした?」
電話をかけたのは唐沢くんと同じ学科の部員。授業が被ってるかは分からないけど、ダメ元で電話をしてみた。
「唐沢くん見た?」
「一限は一緒だったけど、何かあった?」
怪訝そうな声に、確かに普段電話かけてこない人が唐沢くんの様子を訊ねる電話をしてきたら不審がられても仕方ないなと、ちょっと焦る。
適当に、元気かなーと思った、なんて誤魔化してみたら、案外すんなり受け入れられてしまった。
「最近寝不足とは言ってたけど、今日は元気だったなー」
昨日あの時間に来て、一限に間に合うように戻るには、多分睡眠時間足りないんじゃないかと思うんだけど、元気なら心配はいらなさそうだ。
そう一人で結論付けようとしていたら、彼は唐沢くんについて続けた。
「最近練習の後出かけてるみたいでさ。彼女でも出来たんじゃないかって噂だけど…むしろ姐さん!その辺のこと何か知らね?」
え……彼女…?
思ったことが一応言葉として発されてはいたらしい。私も知らないなら違うんだろうと予想されたようだ。
「まー、姐さんからも、健康管理んとこ、何か言っといてくんね?…うちのヒーローなんで」
能天気な声色を保とうとしたものの、一選手として唐沢くんに劣っているという悔しさを隠しきれずに言われると、どんなにざわざわする胸の内でも、その返事は上手く選ばないといけない気になる。とは言え、上手い慰めを思い付くわけでもなかったから、背中を叩くような気持ちでエールを送れば、彼は小さく笑って「さんきゅ」と言って電話を切った。
「何考えてんだよ…」
夏も終わって、そろそろ大会も近付いてくる。そんな時期に、練習はサボってないみたいだけど、スーツを着込んでまでして会いに行く人って誰だ。
考えれば考える程よく分からなくなっていく。
本当に彼女であれば、うちに来て、人のベッドで寝たりは………前にもそんなことあったような…。
何にせよ、これは本人に直接聞かないと駄目かもしれない。でも、本当に彼女だったら、私は平然とした顔で会話を続けられるだろうか?
「聞きたくねー…」
あーあー、と一人で盛大に嘆いた後、これ以上このことについて考えるのをやめる為に、いい加減に大学に行く事にした。