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もっと好きになる。

※添削はしてもらってますが、作者が喋れないので、一応エセ広島弁注意です。



珍しく狙撃訓練場まで来た影浦が、これまた珍しく時間指定で影浦の実家であるお好み焼き屋に飯食いに来いと呼びつけてきたので、何か変だなとは思いつつも、荒船は律儀にその約束を守るべく影浦の実家へ向かった。
戸が閉められていても香ばしい匂いがする店の前には誰もいない。時間は約束の10分程前なので、もしかしたらもう中にいるのかもしれない。
通い慣れた店のドアを開けて中に入ると、いつもの影浦の両親の声に、別の、ここで聞こえてくるはずがない声が混ざって聞こえてきたので店内を見渡してみるが、その声の主は見当たらない。影浦の母から端の席に座るよう言われたので、そこに座って待っていると、ようやくさっきの声の主であるなまえが、何故か店の奥からボウルを抱えて出てきた。

「何してんだ、お前」
「よう来たねぇ、荒船くん!ちょっと待っとってね」

質問には答えず、やたらとキャベツが目につくボウルをテーブルに置くと、テーブルの真ん中の鉄板に火を入れて、また奥に戻り他の材料も持ってきた。関東のお好み焼きと言えば基本的に材料を全部混ぜて自分で焼くものだが、目の前に置かれた材料は全てばらばらだった。モダン焼きでも作るつもりなのか麺まである。

「荒船くん、昨日誕生日じゃったよねぇ?」
「知ってたのか」
「知っとったよー。一日遅れじゃけど、誕生日おめでとう!」

なまえはとてもいい笑顔で、胸の前で小さく拳を握る。

「今日は雅人くんのおごりじゃけぇ、遠慮せんでええけぇね!」

いつから下の名前で呼ぶようになったのか、とか気になる点はあったが、それ以上にツッコむところがあったのでそっちを優先する。

「お前のおごりじゃねーのかよ」
「雅人くんがおごる係で、うちが焼く係なんじゃ」

鉄板に手をかざして温度を確認すると、鉄板の上にクレープでも焼くかのように薄く粉を溶いたものを広げた。荒船が知っているお好み焼きとは明らかに違う。

「混ぜないのか?」

完全にクレープにしか見えない二枚の生地の上に鰹節を乗せていたなまえに訊く。

「重ねて焼くけぇ、混ぜんよ」
「あー、広島焼きか」

キャベツを掴んでいたなまえの手が緩んで、キャベツがぼさっと音を立てて鉄板の上に落ちた。そして錆び付いたロボットの様な動きでゆっくりと顔を上げた。その表情は未だかつてない程の作られた笑顔で固定されている。

「んん〜?何じゃって〜?聞こえんかったなあ?もーいっぺん……言えるもんなら、言うてみぃ?」

一瞬にして真顔になったなまえのドスの効いた声に、すぐさま広島風お好み焼きと訂正を入れるが、なまえはおもしろくなさそうに口を軽く尖らせる。

「ふーん…及第点じゃね」

なまえは荒船に弾かれる前に、素早く構えて荒船の額にデコピンをお見舞いすれば、ぺちっと情けない音がする。

「いてぇな」
「言うてじゃろ。全然痛がっとらんもん」

確かに言う程痛くはなかったが、大げさに額を擦ってから、反撃してやろうと荒船も構える。

「よーし、俺が見本見せてやろうか?」

腕を見ただけでもの凄く力が入っているのが分かったのだろう、なまえは「嫌じゃ」と即答して、ニヤニヤ笑う荒船から目を逸らすように鉄板に目を落として料理に戻った。キャベツ、天かす、ネギ、もやしと順番に重なった上に豚バラ肉をきれいに並べて、生地をかける。

「ようし…」

野菜で山になった鉄板を前に、なまえは両手にヘラを構える。どうやらここからひっくり返すらしいが、なまえも若干の不安があるらしく、少し緊張気味だ。
そんな僅かな沈黙の中、何やら視線を感じた荒船が周りを見ると、他の客や影浦の両親までなまえの様子を窺っていて思わず笑いそうになるが、ここで笑ったら間違いなくなまえが怒るので耐える。

「よっ!」

一気にひっくり返して、最初に焼いた生地の下に具材が大体収まる。それから隣のもう一枚も同じ様に返す。
周りからの控えめな歓声に、ようやく見られていた事に気付いたなまえは半笑いではみ出した野菜を生地の下に押し込め始めた。

「何照れてんだ」
「みんな見とるなんて知らんかったんよお…」

じわじわ赤くなっていくを見つつ、そんなに恥ずかしくなるんだったらここで焼かなくてもいいのにと荒船が思っていると、それを察したのか、それとも沈黙が耐えられなかったのか、なまえが言い訳を始める。

「家のホットプレートでもできんことはないんじゃけど、おかーさんが鉄板使ってもええ言うてくれたけぇ。広い方がやりやすいんよ」

空いたスペースで作られる焼きそばの香ばしい匂いに反して、荒船はどうしてか内心げんなりしていく。
影浦となまえの接点は同じクラスというだけのはずだ。本部にいる時も狙撃手であるなまえが影浦と一緒にいるところは見たことがない。穂刈や村上の話を聞くにしても、そこまで仲が良かったイメージはない。それがどういうわけか店の奥からは出てくるし、急に影浦を名前で呼び始めて、しかも影浦の母のことを『お母さん』呼びだ。

「お前、いつから影浦家の人間になってんだよ」

知らずの内に咎めるような言い方になっていて、身に覚えのない苛立ちをぶつけられたなまえは困惑する。

「ちょっと前からバイトしとるだけじゃけど…何はぶてとん?」
「怒っても拗ねてもねぇよ」
「ううん、はぶてとるじゃろ」
「拗ねてねぇ」
「はぶてとる」

二人睨み合っていると、間から香ばしいと呼ぶには少し苦みを感じる臭いがし始めて、なまえは慌てて鉄板に視線を戻し、荒船も一旦引き下がる。
焼きそばをお好み焼きと同じくらいの大きさまで広げて、隣で焼いていたお好み焼きを豚肉を下にしたまま焼きそばの上に重ねた。それから、空いたスペースに卵を薄く延ばして、麺の下にヘラを入れ、卵の上に乗せ軽く押さえる。
もう一度ひっくり返せば、黄色い卵に覆われた広島のお好み焼きの姿になる。あとはソースを塗るだけでいいのだが。

「はぶてとる人にはサービスせんけぇ、勝手にしよったらええんじゃー」
「どっちが拗ねてんだよ」
「はぶてとらんもん!」
「おい、なまえ。俺の分は?」

二人の間に割り込んできたのは、いつの間にか帰ってきた影浦で、片手には空の皿を持っていた。

「雅人くん、いらん言うたじゃろー。用意しとらんよ」
「………これよこせ」

影浦は頭をガシガシ掻いた後、なまえからヘラを奪って、できたばかりでソースも塗っていない二つのお好み焼きの片方を拾い上げると皿に乗せた。

「あー!うちの分じゃったのに!」
「そっちの食ってろ」
「これは荒船くんのじゃろ!」
「うるせーな。迷惑だろーが」

吠えるなまえに背を向け、空いた手で耳を塞ぐ。
本当に仲良くなっていたらしい二人を見ていた荒船に、影浦は小さく牙を剥いて、「おめー、二度とそれ考えんじゃねーぞ。めんどくせぇ」とだけ言い残してソースも塗らずに店の奥へと引っ込んだ。

「…今のうち?」
「いや、俺だな」

荒船は鉄板の上のお好み焼きにを四つに切り分けると、その一つを皿に乗せ、なまえに差し出す。

「俺の半分食え」
「えっ、気にせんでええよ!後で別の焼くけぇ」
「いーんだよ。食い足りない分はいつもの頼むから。カゲのおごりなんだろ」
「そーじゃけど…」

なまえがちらっと店の奥の方へ視線を向ける。影浦の様子が気になるのだろうが、それに関しては自分が後で謝れば恐らく済むだろうと荒船は判断する。

「後で謝るからいい」
「いつの間に喧嘩したん?」

なまえが影浦のサイドエフェクトを知らないわけではないが、知らぬ間に自分よりもなまえと仲良くなっていたことが気に食わなかったと、本人に説明するのも馬鹿らしいので適当に濁したら、なまえは腕を組んで悩み出した。

「男の子はよーわからんねぇ…」
「わからなくていーんだよ」

自分の分も皿に乗せる。いつもの混ぜて焼いたお好み焼きより分厚いお好み焼き。味は当然いつも食べるものとは違うが、これはこれでおいしい。

「悪くねーな」
「じゃろ!荒船くん、きっと食べたことないじゃろなぁって思っとったんよ!作ってよかった!」

ふふっと小さうなまえに、また作ってほしいと頼んでみれば、なまえは本当に嬉しそうにお好み焼きを頬張った。


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