珍しく無言で帰宅したなまえに疑問を覚えつつも、いつものように出迎えれば、なまえは顔を伏せたまま、床に座る私の脇腹に顔を押し付けるように腰に抱きついてきた。
「どうかしたのか?」
「…つかれた」
そうは言いつつも、その声色は疲弊よりも機嫌の悪さが滲んでいる。ならば疲れることではなく、嫌なことがあったのだろう。
人の脇腹に顔を埋めたままうつ伏せに転がったなまえの両足が、何か言いたげに交互に揺れているが、なまえの口の方からは何も出てこないので、代わりにこちらから訊ねる。
「嫌なことでもあったのか?」
「………うーん」
何があったのかを言う気はないらしい。
曖昧な返事の後また口をつぐんだなまえの頭をそっと触れる。一日働いてきたなまえの髪は幾分かごわついていたが、彼女が頑張った結果だと思えばそれさえも愛しい。
なまえは我慢強い。嫌なことがあっても、腹立たしいことがあっても、一旦落ち着くまではほとんど話してはくれない。今回も恐らく後日になるだろう。心配、と言うと大袈裟だが、気がかりではあるので、言葉の代わりになまえの頭を繰り返し撫でていると、少しは落ち着いたのか両足とも床に投げ出されたまま動かなくなった。
「言いたくなったら言えばいい」
「…うん」
声からようやく角が取れてきたので、そろそろ起き上がる頃だろう。
頭に乗せていた手を背中へ移動させる。
「ごめん」
なまえの不意の謝罪が言わんとしていることは察したが、生憎それを受け取るようなことをされた覚えはない。
むしろなまえ自身自覚があるのかは分からないが、嫌なことがあった後に私を頼って、それから、機嫌を直す為に私を使ったのだ。
「なまえは本当に私のことが好きなんだな」
なまえはひくりと身体を震わせた後そのまま息を潜めた。
髪から覗く耳がじわじわと赤くなっていくのは分かったが、それは見なかったことにして、少しだけなまえに顔を近付ける。
「私の勘違いだったか?」
「…勘違いじゃ、ない」
「そうか。それはよかった」
なまえが腰に回した腕に少しだけ力を入れるので、思わず口元が緩む。
今はまだ無理だとしても、いつか素直に頼ってくれる日が来ることを願って、私も強めに背中を撫でた。