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うわばみと恋心

部活に顔を出せば、当然マネージャーとしての仕事があるわけで、その間はそっちにかかりっきりになる。部活が終われば、その後は同期のマネージャーの家に帰るから唐沢くんとの接点は少ない。案外通常通りなので、やっぱり恋とは違うような気がしてきた。自分のことながら、女心とは難しい。
そんな部活に顔出す期間も最終日。明日から学校自体お盆休みで閉めるらしいから、部活も合宿が始まるまでの数日は休みにするらしい。私はすぐゼミ合宿が来るけど…。
そういうわけもあって、久しぶりに明日休みだしってことで同期で飲むことになった。同期全員で。そうすると上も下もいないとなれば、皆遠慮がなくなるわけで。

「じゃーなまえ、よろしくね!」
「姐さん頼んます!」
「今度会ったら殴るからな…」

いつ以来か背中に荷物を背負う羽目になった。
本当は部活終わったら帰るつもりだったから数日分の着替えとかもあるのに、それより大きな荷物。しかも家に送り届けなきゃいけないという配達業務までセットだ。

「生きてるー?」
「気持ち悪い…」

ぐったりした様子の唐沢くんは、今は分からないけどさっき見たら顔色が悪かった。一体誰が何飲ませたんだ。めんどくさいことしやがって。
ここから唐沢くんの家は微妙に遠いから嫌なんだよな…って前に思ったのはいつだったか。1年の頃だろうか。ちょっと懐かしい。あの頃に比べて、唐沢くんの身体つきはまさにラガーマンと言ったがっしりしたものになっている。つまり前より断然重い。更に自分の荷物も、唐沢くんの荷物もある。なので、深夜料金は痛いけど、大人しくタクシー呼ぶことにした。
タクシーを待つ間の数分、タクシーに揺られて数分。この短い時間じゃ復活しないだろうなと…と思っていたけど、自力で歩いてくれたので、二人分の荷物は重いけど、唐沢くんを引きずらずに済んだだけ良しとしよう。

唐沢くんから鍵を借りて部屋の中に入る。前に来たのはホラー…じゃなくて、何か記憶から抹消した映画を見た時以来だけど、最近部活三昧だったせいか部屋の中がなかなか『男子大学生の一人暮らし』って感じになってる。具体的に言うと、洗ったのか洗ってないのかよく分からない服があちこちに落ちてたり、ゴミを捨てに行くのをサボったりだ。そんな部屋の中を、唐沢くんは何も踏むことなくフラフラと歩いて、ベッドに沈んだ。
部屋の隅に唐沢くんの荷物を置いて、終電にはもう少し時間はあるものの、途中で乗り換えもあるから早めに帰ろうと玄関に向かおうとしたら、くぐもった声で唐沢くんが私を呼ぶ。それ以上の言葉がないので、多分気分が悪いんだろう。

「水かい?」
「んー…」

肯定か否定か怪しい返事だったが、この場合は肯定だと判断して引き返す。
さすがに夏場だからか、キッチンは比較的きれいに保たれていたが、そこら辺に置いてある食器は使ってないのかどう判別がつかない。念のため置いてあったコップを簡単に洗ってから水を入れた。

「持ってきたよ」
「ああ…」

ゆらりと起き上がって水を一気に飲むと、私にコップを押し返して仰向けに倒れた。
久しぶりに見るダメージを受けている唐沢くんだ。部活では冷静沈着なのに、酒入ったあとは、面倒見ることにならなければ、ギャップが凄くておもしろい。結局面倒見ることになるから、やっぱりめんどくさいんだけど。
コップを流しに置いてきてから、部屋の電気を消してやる。

「じゃあ、私帰るからなー」

唐沢くんは応じなかったが、代わりにかすれた声で「暑い…」と嘆いた。
窓くらい自分で開けろよ、と思いつつも、瀕死の唐沢くんの為に窓を開けてやろうと、唐沢くんの眠るベッドの横を通る。
もう一度明かりをつけるという簡単な動作を渋って、暗闇の中何も踏まないよう、足元だけに気を付けて歩いていたせいで、横からの襲撃は全く予想していなかった。
腕を強く引かれてバランスを崩し、情けない悲鳴をあげながら、妙な弾力のあるものの上に倒れた。
考えるまでもなく、唐沢くんの上だ。今の衝撃で吐いたりしないといいんだけど。

「大丈夫か、唐沢くん…?」

倒れた原因も唐沢くんだけど、一応心配すると、唐沢くんは私の腕を掴む手を離し、一言「無理…」とだけ呟くと、私の背中に手を回した。

「えっ…ちょ、ちょっと!」

何が、どうして、こうなった?
突然の事態に困惑する私に対し、唐沢くんは何の反応もないどころか、静かな寝息が聞こえてくる。
腕から脱出しようにも、何で寝てるのにそんな馬鹿力があるんだと問いたくなる程の強さで抱きしめられていて、身動きできない。
でもここでもがくのをやめたらどうにかなりそうだった。
自分の心臓の音がうるさい。
唐沢くんの顔はよく見えないけど、ゆるやかに上下する胸が目の前にある。諦めて頭を下ろしたらいいんだろうけど、それをする度胸は今はない。

「あーもー…」

どうしたらいいんだ、と盛大にため息を吐いたら、この状況のもう一つの大問題が浮上してきた。
我ながら色気ないなって思うけど、夜とは言え、夏場の締め切った部屋の中で人と密着していたら暑いに決まってる。
色気もへったくれもない。暑い。

「起きてくれー…」

額で唐沢くんの胸を叩くと、唐沢くんは苦しそうに唸った後、私の後頭部を掴んでその胸板に押し付けた。
さっき以上によく聞こえる呼吸の音に一段と緊張して、余計に暑い。

「ほんと、暑い…!」

緊張よりも、地味に呼吸が苦しくて暑いというこの状況への苛立ちの方が勝った頃、ベッドの横のサイドテーブルに時計と一緒に何かのリモコンがあったのを思い出した。
何とか腕を伸ばして、指先でどうにか手繰り寄せる。唐沢くんの手がまだ頭を押さえているせいでよく見えないけど、軽さとボタンの少なさから恐らくエアコンのリモコンだと思う。一番大きなボタンを試しに推してみると、ピピッと音を立てて、上の方で何かが動き出した。しばらくしてひんやりとした空気が流れてきたので、これで暑さは何とかなる。

全く、酔っ払いはめんどくさい。
微妙に乗りきれていない下半身をベッドの上にあげて、帰ることは諦める。
最初は慌てたけど、慣れてしまうと、唐沢くんの腕の中はむしろ何だか安心できた。
ドキドキするやつは心臓に悪いから嫌だけど、こうしてそばにいるのは悪くない。
小さく欠伸をして、目を閉じる。

「唐沢くん、の、こと……好き、だな」

口に出してみたら、案外すんなり受け入れられて、自分の中でようやくこの感情に納まりがついた気がした。


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