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濡れたうわばみ

突然どしゃ降りになると、やっぱもう夏だなーと思う。でもこういうのは大体日中のイメージだけど。

「いやー、やられたー」

びっちょりしたTシャツの裾を絞れば、じわりと水が染み出て、乾いたコンクリートを濡らす。替えのTシャツは部室にあるから部室に戻れば問題ないけど、今戻ろうものならTシャツだけじゃ済みそうにない。
日も落ちていたから雲が出ていることに気付かず、倉庫に使った道具を片付けに行っている間に雨が降ってきてたけど、このくらい大丈夫だろって思って歩いていたら一気にどしゃ降り。グラウンド横にある観客席の下に避難した。試合のときはベンチとして使う場所なので雨が上がるまで座って待てるけど、さっさと止んでくれればこんなところで待つ必要もない。今携帯持ってたら、残ってるマネージャーの誰かに傘持ってきてもらったんだけど、残念ながら部室のロッカーに放り込まれてる。
いくら夏とは言え、雨が降ったことで少し気温が下がり、しかも濡れたTシャツがぺったり貼り付くとちょっと寒い。じっとりする腕を擦るように組みながら、目を閉じる。
今夜は雨の予報はなかったからどうせすぐにでも止むだろうし、終電に慌てるような時間でもないから切羽詰まってないけど、じわじわと体が冷えていくこの感じは不快だ。
そろそろ走って部室に戻ることを検討しないといけないかなと思いながら「寒い…」と呟いた。

「だろうね」

頭に落ちてきた柔らかいものに手を伸ばしながら、目を開いて、声のする方を見る。

「おー、帰ったんじゃなかったのか」

暗くてぼんやりはしているけど、それが唐沢くんであることは間違える訳がなかった。
特に何も言わずにタオルを人の頭に乗せてきたから、私も勝手に借りることにして、濡れた頭を拭く。

「帰ろうと思ってたら、みょうじが帰ってこないって言われてね」

そう言って、唐沢くんは持ってきた傘を見せる様にゆるく持ち上げた。
なるほど、迎えに来てくれたのか。

「助かったよ」

タオルを頭に乗せたまま立ち上がって、傘をよこせと唐沢くんに手を出すと、唐沢くんは何故か固まった。

「何だよ?」

変な唐沢くんに声をかけると、ようやく唐沢くんは動き出した。けど、傘はくれない。代わりに肩にかけていたカバンを開けて、中から長袖のジャージを出して私に投げた。

「その格好、寒いだろう?」

ずぶ濡れ…とまではいかないけど、絞れば水滴が落ちる程度には濡れているから結構冷えてる。というか、さっき「寒い…」って言ったし。
気が利くなー、と思いつつ、受け取ったジャージに袖を通そうとしてやめた。これじゃ、ジャージも濡れる気がする。
何でか唐沢くんはそっぽ向いてるし丁度いいや、と一旦着かけたジャージを脱いで、Tシャツの裾に手をかけた。

「あ」

唐沢くんがジャージ貸してくれた理由が分かってしまった。今日白っぽいTシャツだったから、微妙にブラ透けてた。まあ、見られて減るもんでもないし、気付かれちゃったなら仕方ないし、むしろ気を遣わせてすまん、唐沢くん…。
内心唐沢くんに謝りながらTシャツを脱ごうとしていたら、視線をうろうろさせた唐沢くんが慌てだした。

「まさかここで脱ぐ気なのか?」

言われた通り、一応屋根があるとは言え屋外だ。でもこのどしゃ降りだ。遠くから見える訳もないし、問題ないだろう。

「まあ…誰もいないし?」

唐沢くんは額に手を当てながら律儀に後ろを向いて、盛大にため息を吐いた。

「俺がいるんだけど…」

そうは言いつつも後ろ向いてくれてるので、湿って脱ぎづらいTシャツを脱いで、今もらった長袖のジャージに腕を通す。前面のチャックを上まで上げれば大丈夫だ。多分。

「終わった!」

唐沢くんの背中を叩いて、着替え終わったことを証明するために唐沢くんの前に出たけど、やっぱり顔を逸らされた。

「みょうじは恥じらいを持った方がいい。絶対に、持った方がいい」
「目の前で脱がなかっただけ、恥じらいあっただろ?」

ようやくこっち向いたけど、視線が「嘘つけ」と言わんばかりに刺さってくるのは気にしない。

「じゃあ…せめて俺を男だと認知してもらえるとありがたいんだけど…」
「してるしてる」

唐沢くんにとっては結構真面目な問題だったらしく、軽く返したら険しい顔になってしまった。

「どの辺で?」

どの辺で…?
その言葉をきっかけに、脳裏を、春先に唐沢くんの家に泊まってホラー映画見た次の日の朝がよぎる。
いや、待て、私。あれは、違う。違うって。あれは、まあ確かに、ちょっと、かっこよか…いや、違うな、かっこいいじゃなくて、色っぽいとかそういうやつ…じゃなくて!
否定すればする程鮮明に思い出される記憶に、言葉が詰まる。
まずい。『男だと意識する』の意味が大分違う…というか、重度のやつだ、これ。自分のことだけど。自分のことだけど!
少なくとも深刻そうな表情の唐沢くんにこれを言うのは間違いなく場違いな気がするので、ひとまず動揺していることがバレないようにそっと深呼吸してから鼻で笑ってみせる。

「何?もう少し恥らってほしかった?」
「…俺はどっちでもいいけど、露出趣味ならやめてほしい」

真剣に悩んでたのはそれか!

「おいこら殴るぞ!」
「もう殴ってるよ…」

既に唐沢くんの腹に一発叩き込んでいた拳を引っ込めて、代わりに唐沢くんが持ってきた傘を一本もらう。
このまま唐沢くんを置いて走り去りたい気分を、借りたままのタオルをもう一度頭に被って隠し、傘を差して並んで歩く。
自分の心の中で起きている事なのに、自分が一番この状況に困惑していた。


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