「おーい、起きるんだー、唐沢くーん」
「うう…」
布団を剥ぐと、苦しそうに呻いていた。これは二日酔いもありそうだ。
「唐沢くんの今日の予定は?」
「………やすみ」
休みならいいだろう。
しかし私は一限と二限が授業だ。
キッチンの下に置いてあった未開封の水のペットボトルをテーブルの上に置いておく。
「私二限まで授業だから。気分悪かったら水、頭痛かったら冷蔵庫の牛乳飲んでろ」
「…あの」
「分かった?」
「…はい」
カバンを掴んで、玄関に向かう。
「じゃー留守番よろしくー」
「待ってください…」
ベッドから這い出ててきながら呼び止めるので、既に靴を履いた方を上げて、片足跳びで部屋に戻る。
昨日変な体勢で人間抱えて歩いたり、床で寝たりしたせいで、案の定体が軋んだ。
「どした?」
「すみません…あなたは…誰でしたっけ…?」
部活に入った時にも、昨日飲む前にも自己紹介はしたけれど、他に微塵も接点がなければまだ覚えられないか。
「あー…起きたら知らない部屋で知らない人間がいるんじゃびっくりするよなー。ラグビー部のマネージャーやってるみょうじだよ」
「…ああ、みょうじさんでしたか…。すみません、まだ覚えられていなくて…」
「昨日の事を詳しく話してる時間ないから、詳しくは帰ってからでいいかな?風呂とかトイレとか勝手に使ってていいから、適当に待っててくれー」
「本当にすみません…」
ひらひら手を振って、今度こそ家を出た。
「おかえりなさい」
「おー、ただいまー」
玄関を開けると大分元気になったらしい唐沢くんが部屋の奥から顔を出してきた。
「体調はどうだ?」
「お陰さまで、大分よくなりました」
「そりゃよかった」
ようやく唐沢くんの酔い以外の表情が見られた。本当に大丈夫なのだろう。
2限終わって帰って来て、丁度12時回った頃だ。いい感じに腹が減った。
「何か食った…わけないよな…」
「ええ…冷蔵庫の中、牛乳と酒と豆腐しかなかったので…」
唐沢くんが少し渋い顔をする。
ま、まあ、独り暮らし始めて二ヶ月ちょっとだし、少しは勘弁してほしい。
「えーと…とりあえず、何か食いに行くか?」
「そうしますか」
近くにはファミレスも喫茶店も個人の料理店もファーストフードも、飲食店なら大体ある。
特にこだわりはないと言われたのでファミレスにした。
適当にメニューを選んで注文したあと、唐沢くんが今朝言いたかっただろう話を持ち出してきた。
「それで、昨日の新歓の事ですが…」
「ああ、大変だったなー」
たまたま同じ授業にラグビー部員がいたので聞いてみたが、泥酔した人を家に帰すのが大変だったらしい。
元気な人は元気な人で、居酒屋をハシゴしていたようだ。していたと言うか、連れ回されているというべきか。本当に御愁傷様である。
「3杯飲んだところまでは記憶にあるんですが、後は全然…」
昨日出されていたピッチャーは、わりとアルコール薄めだったんだけどなー。それでも駄目だったのか、この男。
「昨日酒飲んだの初めて?」
「いや入部してから何度か飲まされていますが…毎度こんな感じです…」
薄めのアルコール3杯であれとは、つまり。
「唐沢くん、君、下戸の中の下戸だな…」
「だよなぁ…」
唐沢くんもそんな気がしていたのか、こめかみに手を添えて悩ましげに俯いた。
「体質的に飲めないんじゃなー。控えた方がいいよ、最悪死ぬし」
「そうできたらいいんですが…」
世の中全ての体育会系が「酒飲めオラ!」っていうのではないことは分かるが、しかし、うちの大学のラグビー部員は残念なことにそっちではなく「酒飲めオラ!」側だ。
「俺、ラグビーやりたいだけなんだけど…」
不憫だ。不憫すぎる。真面目なスポーツ青年はちゃんと応援したくなる。そもそもスポーツ選手に酒はよくないしな。しかし、付き合いも大切だ。
「なら、今度から私の隣に座るか?」
「どういうことですか?」
「唐沢くんが潰れる前に、私が周り潰そうか?って」
あははと笑う私を見る唐沢くんの視線が痛い。
「私、ワクなんだよ」
「ワク?」
「酒豪とも、うわばみとも言うね。めっぽう酒に強いんだよ。昨日も唐沢くんに飲ませてた先輩潰してやったし」
唐沢くんがえげつないものを見る目を向けてくる。なんか、ごめん。
「迷惑はかけられません」
「…よし、言い方を変えよう」
丁重にお断りされたが、残念、この不憫で健気なスポーツ青年を放っておく程私は冷たくはない。
と、言うよりも。
「君の分の酒も私によこせ」
「そっちが本音ですか…」
唐沢くんの呆れたツッコミは速かった。