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4月のキャベツ 3

ドシンって地響きがしたり、ドカンって破壊音がしたりするのは、三門市民ならみんな大体慣れている。もちろん私もずっと三門市民だから慣れている。近界民が現れた時の警戒のアナウンスも何度か聞いたことがある。だから今聞こえた近界民が現れたっていうアナウンスにも、よしっあんまり警戒区域には近づかないようにしようって思って、学校からスーパーへ向かって歩いていたルートを変更した…はずなんだけど、ドシン、ドシンって音が近づいてる…気がする。
何となく後ろを振り返る。真っ直ぐ続く道の先には警戒区域のバリケードがある。その向こうには前に見たことがある白っぽい大きな近界民が立っていた。

「ね、いば…っ」

かなり離れているはずなんだけれど、大きな目は私を見ているっぽくて、気のせいでなければばっちり目が合っている…と思う。
逃げよう。よくわかんないけど、逃げよう。そう走り出そうと足を踏み出そうとしたとき、誰かの悲鳴が聞こえて、思わず足が止まる。もし、本当に私を見ているのなら、私が逃げたらついてきちゃう…?
それは、だめだ。

「君、どこ行くの!」

様子を見るために出てきたんだと思われる近所の人に呼び止められたけど、私は警戒区域の方に向かって走る足を止めなかった。
前に私を助けてくれた人や真史くんみたいに戦うことはできないけれど、それでも真史くんが守ってくれている街を私が壊しちゃだめだ。
バリケード越しに見上げた近界民は三階建ての家くらいの大きさがあって、やっぱり私を見ているからバリケード沿いを走ってみると、ドカンガシャンと警戒区域内の人の住んでいない家を壊しながら追ってきた。
私ってそんなにおいしそうなのかな…ちょっとやだな…。
走りながらそんなことを考えていたら、後ろから近界民の出す破壊音とは違う音と光がして、目を細めながら振り返る。ぼふんと煙が上がるその中にさっきの近界民の姿はない。

「やったっ!」

立ち止まって、私が倒したわけではないけれど小さくガッツポーズしていたら、白煙の向こうからこっちを見ている人影があった。多分体の大きい男の人。
本当ならちゃんとお礼を言うべきかもしれないけれど、あの人と話してもいいのか分からないので、ちょっとだけ頭を下げたら、なぜかその人も私の方に向かってきた。
私の周りにいるボーダーの人は二人、本部長の真史くんと、強いらしいって有名の慶にぃだけだ。慶にぃなら「近界民に追いかけられたってこと真史くんには内緒にして!」って言えるけれど、あの男の人は慶にぃよりもずっと体が大きいから、あれは絶対慶にぃじゃない。真史くんは家にいるはずだし、もし真史くんなら遠くにいても分かるから真史くんでもない。あと他に知り合いはいないから、あの人が私の方に寄ってくる理由がわかんない。
あっ、もしかして危ないことするなって怒られる?真史くんにまで伝わっちゃう?

「待て!」

静止の声を振り切って、心の中で謝りながら、あの人に掴まらないよう走って隠れる。追ってくる気配はなさそうなので、そのままこそこそしながらスーパーまで辿り着いた。
さて、気を取り直して買い物だ。ロールキャベツに必要なものと、大体毎日消費している牛乳や卵、あと他に欲しいものを買うとなかなかの重さになった。キャベツと卵を同時に買ったのがいけないんだけれど…。
よしっと気合いを入れて、肩にスクールバッグ、右手に卵が入った気をつけて持たないといけない袋、左手にキャベツが入ったちょっと重たい袋を持った。朝から変わらず風は強いままで、買い物袋が風に煽られて結構歩きづらいけれど、お米を買ったときよりは重くないからそれよりはましだと自分に言い聞かせて家に帰る。

「ただいまー」

ふーっと大きなため息をついて玄関に荷物を置くと、真史くんが自分の部屋から顔を出した。

「おかえり。…買い物に行ったのか?」

いつもはお休みの日に行くか、メモを渡して真史くんが買ってきてくれたりするから、学校の帰りに寄るのは意外だったらしい。小学生のときは寄り道したら怒られちゃうからやらなかったっていうのもあるけれど。
驚いたように目を見開いた真史くんに向けて、じゃーんと効果音が鳴りそうな感じに両手を開いて荷物をアピールする。

「晩ご飯はロールキャベツです!」

にっこにっこしている私に反して、真史くんは困ったような顔をして私の頭に手を乗せた。

「本当に無理しなくていいんだよ」

真史くんはいつも私に好きにしていいって言うけれど、真史くんの言うそれは、もっと遊んだり、部活とか趣味とか自分の時間に使っていいよってことなんだと思う。
でも私、今日一日で気づいたんだ。ご飯何作ろうかなって考えて、作って、食べている時間が、すごく好きだなって。
頭に乗った真史くんの手に私の手を重ねる。真史くんの手はゴツゴツしているけれど、いつだってやわらかな優しさがある。

「んーん、無理じゃないよ。私が作りたいの。…だめ?」

真史くんの目をまっすぐに見つめたら、真史くんは私の大好きな笑顔をようやく見せてくれた。



制服から着替えてキッチンに入る。
今日の夕飯はロールキャベツ。それと明日のお弁当用のおかずと、昨日慶にぃにほとんど食べられちゃった常備菜を作るつもり。
同時にやるのは大変だけれど、先にロールキャベツを完成させて、あと煮物はご飯食べている間に煮ればいいからそんなに大変にはならない。

「手伝おう」

夕飯作りの準備をしていたら、真史くんが腕まくりしながらキッチンに入ってきたから、今日洗濯物干してもらったりとかしてもらった分ここは私に任せてほしくて元気よくお断りすると、真史くんは頬をかいた。

「いや…言葉が悪かったな。手伝わせてくれないか?」
「…うんっ、お願いします!」

手を洗って準備をしている真史くんにこれから作りたいものをつらつらあげると、量の多さに少しびっくりされた。でも常備菜だから、ここで作っておけば明日以降楽できる。
ということで、真史くんにロールキャベツをお願いする。
私が先に沸かしておいたお湯でキャベツをさっと茹でてもらって、包丁を使っている私が芯の厚いところを削ぎ落とす。

「指切ったりしないよ」

真史くんは私が包丁を使うのをいつもじっと見てくるから、指はもちろん切らないように気をつけているけれど、あまり上手に切れていなかったら恥ずかしいから、ちょっとだけいやだ。
そんな真史くんの視線を外すために、電子レンジで温めておいた木綿豆腐の水を捨ててボウルに入れ、豚ひき肉、みじん切りにしたニンジンとたけのこ、醤油、調理酒、こしょう、それから片栗粉と一緒に混ぜてもらう。

「なまえは、料理が好きなのか?」

こねこねしている真史くんの質問に、流水で冷やしているほうれん草から真史くんの方に視線を向けた。真史くんはどうしてか心配そうな顔をしていて、思わず首を傾げた。

「好きだよ。おいしくできたらうれしいし、それに…」
「…それに?」

続きの言葉を言う前に、さっきのキャベツを真史くんのそばに広げて置く。これにこねてもらった具を乗せて、巻いて、スパゲッティーを刺してキャベツを留めたら後は煮るだけだ。
できあがりの図が浮かんで、思わず口がゆるむ。
昔の私じゃ考えられないくらいに、今の私は料理が好きだ。
おばあちゃんが残してくれたレシピは小学生の私には結構難しくて、パパに追いつこうとがんばっても何ひとつほめてもらえなくて、それでもパパは私に料理を覚えさせようとして、もう料理なんてしたくないって思っていたけれど、それもこれも、ぜーんぶ、真史くんがいてくれたから。真史くんにおいしく食べてもらいたかったから。だから今の私は料理が大好きなのだ。

「真史くんが好きだからかな…」

ちょっと照れくさくて、えへへ…って笑って誤魔化した。
これができあがったら、ちゃんと部活はやらないこととか、私が家のことがんばりたいとか、それは無理してるんじゃなくて私がとってもやりたいからなんだってちゃんと聞いてもらうんだ。もちろん真史くんの迷惑になりたくないっていう思いもあるけれど、それは真史くんに言うべきことじゃない。真史くんには笑っていてもらいたい。
和風だしで煮ているロールキャベツがいい匂いを出し始めたけれど、できあがるにはあと少し。今日のキャベツは春キャベツだから、きっと甘くてやわらかいロールキャベツになる。
こうして何の心配もせず、おいしいご飯のできあがりを真史くんと一緒に待っていられるのが、私にとって何より一番幸せなことみたいだ。


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