「小南先輩、どら焼きありますよ」
「えっ?…あっ分かった!嘘でしょ!」
ふふんと得意気に胸を張る小南先輩に、とりまるは少し眉を潜め、片手に持っていた箱を見せた。
「いえ、嘘ではないです」
「だって今日エイプリルフールじゃない!騙されないわよ!」
「…じゃあ陽太郎にあげてきます」
「えっ本当にあるの?」
背を向けたとりまるの手から箱を奪ってふたを開ける。
「嘘です」
小南先輩の手の中には空っぽの箱。とりまるは相変わらずしれっとした表情で、テレビを見ていた修の方を親指で指した。
「小南先輩の分は修が食べました」
「騙したなー!」
「いたっ!」
がぶっと修に襲撃する小南先輩。襲撃された方の修は突然のことにあたふたしている。
「私のどらやき返せー!」
「食べてないです!食べてないですって!」
今日も元気だなぁ…と思っていたら、同じく二人を見ていた遊真が寄ってきた。
「なあみょうじ先輩」
「うん?」
「えいぷりるふーるって何だ?」
あの小南先輩が一度は騙されなかったのは今日が『エイプリルフール』だかららしいと気付いたものの、エイプリルフール自体が何か分からない遊真に簡単に説明する。
「なるほど、嘘をついても怒られない日なんだな」
ふむと頷いている遊真に、私は口角を上げながら「皆にどらやき出してあげよっか?」と言いながら席を立つ。
当然遊真に嘘は通じないので、遊真は少し嬉しそうに後をついてきた。
「みょうじ先輩は嘘つかないのか?」
お茶の用意をしていると、どらやきを片手に遊真が私を見上げて訊いてきた。
「どうせ嘘をつくなら、嘘だと分かったときにちょっと幸せになる嘘の方がいいなって思わない?」
淹れたてのお茶を遊真の前に置く。
「今日のお茶はすっごくまずいよ」
遊真は瞬きを一つすると、躊躇なく口をつけた。
「うまい」
「こういう嘘はいかがでしょう?」
「うむ…こなみ先輩しか騙されないな」
手厳しい反応に思わず苦笑いしていると、遊真は目を細めて唇を尖らせたいつもの表情で、「まあ、そういう嘘が下手なみょうじ先輩は好きだな」と、人を小馬鹿にしたような褒め方をしてきた。
「何か悪口言われてる気がする…」
「言ってない言ってない」
「嘘でしょ!」
「いやいや本当です」
完全に目を反らす遊真の頭にぺしっと手刀を叩き込む。
「遊真のそういうとこ嫌い!」
「ふーん。おれのこと嫌いなんだ?」
遊真は胡乱げに私を見た後、大袈裟にしょんぼりし始めた。
「おれ、みょうじ先輩に嫌われてたのか…ショックだ…」
「ちょっとやめてよ。何か私が遊真いじめてるみたいじゃない」
「あーあー。嫌われてるのかー」
「嘘!嘘だから!好き、遊真ほんと好き!」
弾みで言っただけで本心ではないことぐらい分かってるくせに凹む遊真に、慌ててそれを言うと、途端に遊真は元のテンションに戻った。
「ほう、嘘じゃないのか」
「そこだけサイドエフェクトってずるいでしょ」
「何のことだかさっぱり」
「こーのー!」
へらへら笑う遊真に手を伸ばすけど、遊真はどらやきの乗ったお皿を持ったまま楽々避ける。
「早くしないとオサムがこなみ先輩に食われてしまう」
「ちょっと!こっちの話は終わってないんだけど?!」
急須にお湯を注いでお盆の上に乗せて、追い付けない遊真の後を追おうと頑張る。
「おれ、みょうじ先輩嫌いだよ」
「エイプリルフールは嘘ついていい日であって、人を困惑させていい日じゃない!」
にししと笑って去ってく遊真のそれに、エイプリルフールの存在を一番教えてはいけない人に教えてしまった気がした。