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下戸と反省会


「これは一体、どういうことかな、唐沢くん…?」
「ただの確認と反省会」

ふわふわする頭で、しれっとペットボトルの緑茶を飲む唐沢くんを見上げる。駄目だ、かなり眠い。
まさかあの唐沢くん相手に酔わされるとは思ってなかった。

「あとは『飲めるから飲む』だと、いつか必ず体壊すからその前に矯正」
「鬼!」
「何とでも」

頑張って荷造りを完了させた私は、浮き足立ったまま唐沢くんの家に向かって、先に帰っていた唐沢くんに出迎えられて部屋に入ればそれはもう楽園。久しぶりに気兼ねなく酒が飲めるとなればテンションも上がるわけで、歓喜して飲めば、まさか早々に酔っ払ってしまった。屈辱。

「…これに見覚えない?」

私の死角になるところに置いていた瓶を、横になった私の目の前に置いた。透明の液体が入った瓶。ラベルは何語だろう。ちょっと読めない。

「………知らない」
「ウォッカ」

ウォッカか。私が飲んだ事のない、度数の高い酒。そりゃさすがに酔いもするわけだ。

「先輩の家にあった。みょうじが飲んでたやつ」

ちょっと言いたいことはいろいろあるんだけれど、何でそれを唐沢くんが持ってるんだ?

「話をつけに行った時にもらってきた。あの日みょうじ置いて出かけただろう?」
「そんなこともありました」

確かに後始末に行くとか言ってたけど、まさかあの時酒をくすねて帰ってきたとは知らなかった。というか、私が酔った原因まで調べ上げているとは…。

「最近の唐沢くんは何て言うか黒沢くんだよなー」

お腹の中真っ黒。何かしたら三倍返しで返ってきそう。
唐沢くんは少し考えて「半分くらいはみょうじが原因だね」と言いやがった。責任転嫁も甚だしい。私が何したって言うんだ。覚えてないけど、集団リンチに遭いかけてたなら被害者だぞ!…結果的に過剰防衛した感あるけど。

「話戻すけど、みょうじって洋酒に弱いね。…俺よりは強いけど」

そんなわけないと思う。ウォッカはちょっと駄目で記憶失くしたけど…。
と思いきや、過去の事例をいくつか挙げられると、確かにワインがぶ飲みした時はほろ酔いで調子乗ってたりしてた。何か酒の種類によって酔いやすさとか、二日酔いになりやすいなりにくいがあるらしいけど、そうか、私洋酒は比較的不得意だったのか。そこまで気にした事なかった。

「だからあまり飲み過ぎないように」
「えー、でも酒に溺れて死ぬなら本望だしなあ」

口を尖らせて抗議すると、唐沢くんは盛大にため息を吐いた。

「俺はさ…」

目を冷たく細めて私を見下ろしてから、そこら辺に投げ出していた私の腕を押さえ込んで覆い被さってきた。

「もう少し自分で自分を守れって言いたいんだけど…分かるよね?」

見下ろしてくる暗い表情に、これはヤバいやつだな…って思ったけど、咄嗟に抵抗してプロレス技をかけたりはしなかった。
まさか唐沢くんに襲われるとは微塵も思ってなくて、状況は分かっているのに、ただぼんやりと見つめ返すしか出来ない。

「この間も、雪降る中飲みに行かなくてもいいのにわざわざ行って、その後は自分から挑発して…自分の強さに慢心してるとしか思えないけど?」

慢心してるつもりはない。一応女の自覚はあるし。ただこの間のは多分火事場の馬鹿力的なやつだと思うけど…確かに酔ったときは調子乗ってるかもしれない。自分では覚えてないから何とも言えないけど。

「…技、かけて欲しかったのかい?」
「いや、かけられなくて安心した」

暫くお互いに睨むように見つめ合った後、唐沢くんが笑うように息を吐いた。

「みょうじは強いよ」

ようやく唐沢くんは私の上から退いて、さっきよりも優しい声色で、先日顔面に作ったアザがあった辺りを撫でてきた。

「引っ越したら助けに行けないんだから。俺はそもそも飲まされないようにすればいいけど、みょうじは飲むんだし」
「分かったよ…。適度に飲めばいいんだろ…」
「そう」

何が楽しいのか分からないけど、くすぐったくてその手を払いのけようと手を挙げて、唐沢くんが何故か悲しそうな顔をしていたからやめた。そんな顔するくらいなら最初からほっといてくれていいのに。

「唐沢くんは過保護か」
「みょうじもだろう?」

強要される酒から庇ってくれたりだとか、いくつか例を挙げられたけど、全く耳に残らなかった。
みょうじも、って何だ。も、って。唐沢くんは私に対して過保護だってことなのか?何それ。唐沢くんにとっての私って何だ?

「唐沢くんのそういうとこ、訳分かんないぞ?」
「分からないなら知らなくていい。…そういうみょうじが好きだよ」

そういう言葉は何か嬉しくない。だからと言って、どういう言葉が欲しいのか自分ではよく分からないんだけど。




反省会とは言えど度数高い酒を飲まされていたせいで、気付いたら布団の中だった。唐沢くんが運んでくれたらしい。ありがたい。ありがたいけど。

「…いや、だからさ」

寝起き早々唐沢くんの脇腹に拳を叩き込む。

「君には、私を床に放置して寝るか、私にベッドを譲って自分は床で寝るっていう選択肢はないのかよ?」
「さむい…」

もぞもぞ動いて私が剥ぎ取った布団を探す唐沢くんはまだ寝ぼけているようで、人の腰に腕を回して「あったかい…」と呟いてまた寝た。私は布団じゃない。
肩を揺するけど起きる気配がない。何で酒飲んだ私の方が目覚めいいんだ。

「なあ、起きろって」
「んー………ああ…ごめん…」

眠そうに目を瞬かせた唐沢くんはふにゃりと笑った。

「おはよう…みょうじ…」

その時私は何故かぐっと息を飲んだ。
その意味に気付いたのはもっと後だったけど。


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