夜の雨は何だか長く感じる。雨の音は周りから隔絶する檻のようで。
…さびしいな。
きっとあの人は傘なんか持ってないから、私は傘を2本掴んで雨の街に出た。
濡れた街は、街灯の光を拡散して幾分か明るいけれど、人気はない。歩けど歩けど、寂しさは募るばかり。
「まだいるかな」
私の不安は、傘の上の雨粒の足音にかき消されて、どこにも届かない。
「会いたいな」
傘から腕を出せば、たちまち濡れたところから冷えていく。だから誰かに会いたくなるのかな。寒さを忘れるような、ぬくもりがほしいから。
更に歩くと、人気どころか、明かりも少なくなった。暗くで、どしゃ降りで、誰もいない、私一人の街。
もっと先にはここよりも真っ黒な街と、真ん中には白い箱のような建物。
あなたがいるかもしれないところ。
そして私には近付けないところ。
「なまえ…さん…?」
名前を呼ばれて振り返れば、黒い街の方からやってきた、黒い影が私を見てる。
「克己さん、傘持ってなさそうだなって」
思ったの。
水溜まりに傘が落ちて、頭の先から濡れていく。
「何でこんなところに?!」
少し速い鼓動が、私の外から聞こえる。
頭と背中に回る手に包まれた心はあったかくて、少し溺れそう。
「風邪引いちゃうよ」
「こんな時間に一人で出歩くなんて」
噛み合わない会話は腕の中で溶けていく。
「お迎えに来たよ」
「せめて連絡して欲しかった」
強く抱き締められると少し痛い。
「克己さん、痛い」
「痛いのは俺の心の方だよ」
それなら仕方ない。
私の心は痛くないから我慢しよう。
「風邪引く前に帰ろうか」
「傘持ってきたのに濡れちゃったね」
ふふふと笑えば、克己さんは困ってしまう。
ごめんね。
克己さんは落ちて水を貯めた傘を畳んで、私の腕にかかった傘を開いた。
2人で入るには少し狭くて肩が濡れて、じわじわと冷えていく。
「帰ったら今回の件について、しっかり話し合おう」
「ただ迎えに来ただけなのにな…」
「それが駄目だという話をね」
反して、触れ合った腕は、そこから熱を帯びていく。
「克己さん?」
「はい」
「…会いたかった」
指を絡めれば、力強く握り返してくれる。
「俺も会いたかった」
雨の檻は、さすがに1つの傘の下までは邪魔できないみたいだ。