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うわばみと彼女3

目の前の光景に、とにかく必死に記憶を辿ってみる。



昨日は送別会だったはずが、唐沢くん非公認彼女とガンガン酒を飲ませ合い、どっちが先に潰れるかの競い合いになった。
正直酷かった。酒の飲むペースもさることながら、様子を見に来た素面の唐沢くんがドン引くような会話が繰り広げられていた。

私と唐沢くんは学部から違うのでキャンパス内での行動範囲や行動時間がほとんど被らない。なので部活以外の唐沢くんの様子は実はあまり知らない。
ただ日中渋々彼女に付き合っていたのは聞いていたし、彼女の方も私と唐沢くんが部活以外で接触していないことを知っていた。
実際は帰宅すると唐沢くんがいたり、後から唐沢くんがうちに来たりしていたから頻繁に会ってるんだけど、携帯で連絡し合うことは滅多になかったし、待ち合わせの予定を立てたりもしないので、ここまでバレずに来たのだろう。いや、どうせ唐沢くんの事だから、携帯の中を見られても勘付かれないように細工していたに違いない。
彼女は、私が部活以外で接触していない前提で、当の唐沢くんがいないことをいいことに、唐沢くんが嫌々付き合ってやってた日々を脚色たっぷりに話してくれた。
…まあ、私からしか見えないところに唐沢くんいたけど。
会話の内容が内容だったから、唐沢くんのおぞましい物でも見るかのような視線が刺さったけど、唐沢くんの存在は教えない方がいいだろうなと思って頑張って意識の外に追いやった。

「ふーん、唐沢くんとヤったことあるんだ?」
「あるし!酔った勢いで口説かれてぇ」

唐沢くんが言い張られていた内容と大体同じようななれ初め話を糖分増し増しで語ってくれるので、私は笑って彼女の言葉を遮った。

「へえ、唐沢くんと飲んだんだ?」
「飲んだよ!克己君は覚えてないみたいだけど」

覚えてないのは当然だ。一緒に飲む前に潰れていたらしいし、第一唐沢くんが酒の席で誰かに付き合えるわけがない。下戸だし。すぐ吐くし。
話題の唐沢くんは彼女にバレないように何やらこそこそしている。恐らく何かを仕掛けるつもりだろう。
…さて、どうしたものか。少し鈍くなった頭を頑張って働かせる。

「酒の席で口説かれたんだ?サシ?」
「…他にもいたけど?」
「えっ、それでそのままヤったわけ?皆の前で?」
「そんなわけないじゃん。別の部屋だし。バカなんですかぁ?」

まずは一つ目。唐沢くんが行った先輩の家はワンルームだ。別の部屋なんかない。起きたときは先輩の部屋にいたとも言っていた。あの唐沢くんが自力で移動出来るわけがない。

「サシでは飲まないんだ?」
「飲むよぉ。本当は私の方が好きなのに、先輩がしつこいって飲む度に言ってるんですよー?」

二つ目。そもそも唐沢くんは自分からは酒を飲まない。もし飲んでいたとするならば、飲めない人に飲酒を強要したってことになるな。
そして三つ目。迷惑しているらしいけど、いや実際迷惑かけてるけど、しつこくした覚えは一切ない。むしろ呼んですらいないのに、人の家で風呂入って、人のベッドで寝て、年末なんか短いながらも居候してた唐沢くんの方がどうかと思うけど?
しつこくしていないのは、この間先輩交ぜて三人で鍋したのもあるので一応証人はいる。

「そんな頻繁に会うんだ?唐沢くん、バイトばっかで全然付き合ってくれないのにー」

架空の私が唐沢くんに粘着しているらしいので、ちょっかい出してるアピールをしてみる。

「バイトを口実に避けられてるんじゃないんですかぁ?」

それはどっちだよ、なんて言いたくなったのをぐっと堪えて、私は「悔しいなー」とぼやいてみせた。
彼女が見たがっていた私の悔しがる姿にようやく彼女が嬉しそうににやついた。

「一昨日バイトの後飲まないか誘ったんだけど、断られたんだよなー」
「バイトの後は疲れてるのに、それも労われないとかサイテー」

部活の後に料理させてるとか最低な自覚はあるけど、君には言われたくない!
段々自分の中から冷静さが抜けていくのが分かったので、そろそろ切り上げたくなって、試しに訊いてみた。

「一昨日の夜会ったの?」
「…会ったよ?」
「だってよー、唐沢くーん?」

有頂天から一気に引きつった表情になった彼女に対して、彼女の後ろに立つ唐沢くんの口元は歪んでた。
私も彼女も酔っ払いの部類に入るけど、そこに立っている男は今日は一滴も飲んでいない完全な素面。一昨日の事はちゃんと覚えているはずだ。

「一昨日は確かに会ったよ」
「ほら!」
「一晩中泣かせた」
「え…?う、うん、そう!」

日中に会っていた事は私も知っていたが、夜に関して言われた時の彼女は酔っててぼんやりしてるとかそういう反応じゃなかった。身に覚えのないことを言われて混乱している、と言うのが一番近い。それでも唐沢くんに乗った辺り、唐沢くんが加勢してくれたんだと判断したらしい。
…もしかしたら、私がしつこくしてるとかでっち上げていたのは唐沢くんなのだろうか。その辺よく分からないし、大分酒が回ってきて考える余力もあまり残っていない。
ただ、唐沢くんが一昨日一晩中泣かせたのは。

「みょうじをね」
「思い出したくない」

オールナイト、ホラー映画三昧。時間帯も相まって最悪な一晩を過ごした。
先日怖いものが嫌いだとか何とか…って話しして、私がホラー物怖がると睨んで借りてきやがった。そりゃもう凄まじかったですよ…。血飛沫とか。悲鳴とか。思い出しただけでもキツいくらいには怖かった。そうだよ、ホラーは大っ嫌いだよ!唐沢くんの前で泣くとか屈辱的だったよ!
…さて、そんなところで十分ボロが出ただろうか?

「もーいーかい?」
「ああ、ありがとう」

その後は唐沢くんの番だった。
さすが素面、難しいことをたくさん言う。
分かったのは、基本的に成人男性がレイプされた場合は裁判沙汰にしても勝てる見込みがないらしく、それでもどうにか訴えてやろうと何やかんやしたこと。今の会話で、彼女の発言と実際の出来事の統合性のなさを証明出来る、録音しておいてよかった云々。精神的苦痛で裁判沙汰にしようか、などなど。顔面蒼白になっていく様は大変見事だった。唐沢くん、恐ろしい。
しかし相手は相手で、私がガンガン飲ませた酔っ払いだ。酔っ払い相手に論理的に説明しても伝わるか怪しい…。私も言ってる意味がよく分からなかったし。
とりあえずもう二次会とかどうでもいいから早く帰りたかったので、どんどん鈍ってきた頭で考えられた最強の方法でこの場を去ることにした。

「まー、でも唐沢くん?今の君の彼女はその子だろー?」

唐沢くんが物凄い形相でこちらを見る。
そりゃそうだ。いい流れだったのに、まさか私に邪魔されるとは思わないだろう。
何かを言いかけた唐沢くんの口を手で遮り、私は赤くなったり青くなったり忙しい後輩に同じことを訊ねた。

「そう!私の彼氏!」

ちょっとだけ元気になった彼女に、私は満面の笑みで頷いた。

「じゃあ遠慮なく奪えるねー?」

唐沢くんの口を塞いでいた手を離して、その胸ぐら掴んで引き寄せてキスした。それはもう嫌みったらしく見せつけるように。
呆然とする彼女以上に、唐沢くんが困惑しているが分かったけど、そこは許してほしい。

「自分のものを奪われる気持ちはどんな感じかなー?」

ぽいっと唐沢くんから手を離して後輩を見れば完全に固まっていた。

「じゃ、行こーかー」
「え…あ…ああ…」

同じく固まっていた唐沢くんの手を掴んで、送別会から抜け出した。
まずは隠れるところからだ。逆上して刃物持って追ってこられたらそれこそ大事件だ。さすがにそこまではしないと思いたい。
唐沢くんの手を引いて、頑張って周囲にも気を張り巡らせて、いろんな道をぐねぐねと曲がり、本来なら5分で帰れる家まで20分もかけて帰った。

「…後はつけられてなかった、と思う」

私より意識がはっきりしているであろう唐沢くんが言うから間違いない。

「そりゃよかった…」

そう言って、ベッドの縁に頭を預けるようにして床に座った。



そこまでは覚えている。むしろその後はそのまま寝たはずだ。
じゃあ何だこれは。何で私ベッドで寝て…いやそれはいい。何で隣に唐沢くんが寝てるんだ。
一人でうんうん呻いていたら、いつの間にか起きていたらしい唐沢くんが吹き出して笑った。
殴った。とりあえず殴っておかないといけないと思った。

「痛い…」
「説明してもらおうか?」
「………少なくともみょうじが思っているようなことにはなってないから…」

それはよかった。

「じゃあ何でここにいる?」
「床が思いの外寒くて…」
「この根性なしめ!」

もう2発程殴ったら、体が揺れたついでに頭が軽く痛んだ。

「…何か頭痛い」
「凄いペースで飲んでたからな」

わざとなのか、頭をポンポン叩かれる。頭に響く。やめろ。

「この私が二日酔いだと…?」

不覚。一生の不覚。
正直唐沢くんに添い寝されたことより、こっちの方が衝撃が大きかった。


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