私は営業部長の唐沢さんが好きだ。でも私と唐沢さんは十歳も年齢が違う。
『歳の差があっても愛があれば問題ない』なんて言葉、私には何の役にも立たない。
「気持ちは嬉しいけれど、あなたにはもっとふさわしい人がいますよ」
そう言って唐沢さんは大人の優しい笑みを浮かべるから、私はこれ以上先には進めなくなる。
そもそも恋愛対象にされなきゃ、愛なんてあっても意味がない。
一応社会的には成人になったのに、大人の恋とは難しい。
「またか」
ぐすぐす鼻をすすれば、どこからかやってくる大人。
「忍田さんはあっち行って下さい」
一応上司に当たる人だけど、今はそんなことはどうでもよかった。邪険に返したところで怒る人でもない。
「こんなところで泣かれては困る」
「…どうせ忍田さんは困らないじゃないですか」
「ああ、そうだな」
こっちの大人は微塵も優しくない。
「忍田さんは人を好きになったりとかしたことないんじゃないですか」
「…呼気が酒臭い」
嫌そうな顔をする忍田さんに私はムッとした。酔ってるか酔ってないかと言われれば酔ってる。やけ酒した。歩けないからここにいる。苛立つ筋合いはないけどこればかりは理屈じゃない。
「頼むから、本部内で酒を飲むな」
「今度から気を付けますー」
「隊員たちに見られたら示しがつかないだろう?」
「どうせ夜中にいるのは大学生ばっかですー。仲間ですー」
忍田さんを困らせる事において、今の私の右に出る人はいないんじゃないかと思う。現に忍田さんはしかめっ面でため息を吐いた。
「本当に君は子供だな」
そう言って忍田さんはしゃがんで、私はその背中に覆い被さって背負われる。余裕の表情で私を背負って歩いていく忍田さんは、やっぱり大人だ。
「忍田さんみたいな人には分かんないですよ…」
二十歳を過ぎれば自然に大人にはなると思っていたのに、現実は全く違っていて、いつまで経っても私は私のまま。大人になんかなってくれやしない。
「大人の恋ってどうするんですかね…」
「そうだな…」
忍田さんは黙って薄暗い廊下をこつこつ歩く。私も黙ってゆさゆさ揺れる。
「古い恋を忘れたくてする恋…だろうか」
意外な言葉が出てきて、やっぱりこの人も大人なんだなと思う。
「じゃあ、私と大人の恋、してくれます?」
「酒臭い人はお断りだ」
私の精一杯の色気は即却下。やっぱり忍田さんは冷たい。
「ここは『あいつなんかやめて、俺にしとけ』って言うところじゃないんですか」
「…君に言ってどうする」
「言われたいんですー」
「黙れ、酔っ払い」
そう言って投げ飛ばされた先は仮眠室のベッドの上。
「現実を受け入れるまでそこで寝ていろ」
「ひどい」
傷心を慰めてくれる様な人は世の中にはいないらしい。
少女マンガの読みすぎと言われたらちょっと否定できない。
「添い寝募集ならそこら辺に大学生も残っている。よかったな」
よくない。全くよくない。
「それなら最初からほっといてくれてもいいのに…」
どうせあの時間にあの辺通るの、昼夜問わず本部に引きこもってる技術班くらいだし。
「酔っ払って、誰彼構わず付き合おうなんて言い出す部下を放置出来るわけないだろ…」
「心配してくれるんですか?」
「通行人のな」
忍田さんは心底呆れたような顔をして、私の頭を鷲掴みにした。痛くはない。
「同情してもらいたいだけの恋なら外でやれ」
「…それ以外ならいいんですか?」
「子供に出来るものならな」
そう言って忍田さんは仮眠室を出ていった。
優しい言葉も、優しいこともしてくれない。恋の駆け引きなんてそんなものは微塵も存在しない。ただぞんざいに扱われただけ。なのに、どうして、ほっといてはくれないのだろう。もし相手の心を読めるのなら読んでみたい。私はただのめんどくさい酔っ払った部下ですか。本当にそれだけですか。
さっきまでの失恋の気持ちはどこへやら。全く、大人の恋とは難しい。