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姉と大晦日

久しぶりの玄関で靴を脱いでまっすぐにリビングの戸を開けると、こたつの天板に顎を乗せ、唇で器用にお猪口をくわえ、行儀悪く酒を舐めながら年末の特番を見ている人物が目に入った。

「おー、克己も帰って来たん?」

お猪口から唇離して、コトンとこたつの上に置くと、酷く虚ろな目でこちらを見上げてきた。

「ただいま。…父さんと母さんは?」
「お寺の手伝い。まあ、座れや」

そう言ってまたテレビに視線を戻して、干物の貝柱を口に放り込むこの残念な人が、残念なことに姉だ。大晦日に実家のこたつで一人ダラダラ酒呑んで、完全に出来上がっている辺り、その残念さを体現している。

「俺も挨拶してくるかな」
「はぁ?座れっつってんだろーが。聴こえんのか、コラ」

仕方なく向かいに座って、こたつの上に置いてあった籠からミカンを取って剥く。

「最近どーよ」
「海外飛び回ってるから忙しいよ」
「そーじゃねーよ、女だよ女!」
「…その言い方やめようか」

姉の荒れっぷりから、どうせ親戚辺りから「結婚しないのか?」等と言われたのだろうと推測した。両親は既に姉の結婚に関しては諦めている。

「俺に彼女がいると思う?」
「はぁ?無理無理」

だったら訊くな、と思う。

「姉さんこそ最近どう?仕事は?」
「仕事は…アレだよ。天使と小悪魔がフリーダムだよ」

文字通り聞くと意味が分からないが、保育士をしていることを考量して適当に解釈しておく。泥酔さえしていなかったら、もう少しまともな返事が返ってきたかもしれないが、それは考えても意味がない。

「んなことより、克己も呑めや」
「遠慮します」
「んだよ、私の酒が呑めんっつーのかあ?」
「姉さんも呑めないだろ…」

唐沢家は下戸ばかりで、例に漏れず姉も下戸である。下戸なのに酒好き。こればかりはどうしようもない。

「母さん帰ってきたら怒るよ」
「もう怒られたわ!」
「自慢することじゃない」

ミカンの最後の一房を口に入れて立ち上がると、姉の目が追いかけてきた。

「そろそろ日付変わるし、挨拶に行こう」
「えー」
「…おしることかあるよ、多分」
「おーし、行こー!」

言葉と裏腹に床にごろんと転がった姉の頭の上に立つと、だらんと腕を挙げてきたので、その手を掴んで引きずり出す。

「寒っ。やっぱやめた」
「行くよ」
「やーだー」

完全に引っ張り出して、今度は姉の前に立って、体を引っ張り起こす。一応抵抗はしているらしいが大した抵抗でもなかった。

「筋肉バカめ!」
「現役より筋肉落ちたよ」

何とか立ち上がらせたが足取りが若干怪しい。本人もその自覚があるのか、自力で立つ気配がない。

「克己、おんぶ」
「は?………近所から押し車借りてこようか?」

この近辺の人は農家がそれなりに多いから持っている人は多いので借りてくるくらいなら問題ないし、押し車に姉を入れてごろごろ押して歩けば確実に運べるが、普段地元にいない娘息子が変なことをしていたら恥をかくのは両親か。
言い出しておいて駄目だと気付いた時には、ずっと濁っていた姉の目が輝いていた。

「それやって!やって!」
「やらない」

子供のように騒ぐ残念な姉をこの際置いていくべきか悩んで見下ろす。こんなどうしようもない姿を人に見せたら、もう婚期なんて来ないかもしれない。
考えている間に姉は後ろに回って背中を叩き始めた。

「克己、運べ」

姉と弟。背を越えようが、力強さで勝とうが、学力で抜こうが、姉と弟である以上、ヒエラルキー的には勝てない。
心の中で両親に謝りつつ、仕方なく背負って行くことにした。



いつも夜は静かだと思うが、大晦日の夜は格別静かに感じる。実際は出歩いている人の方が多く、除夜の鐘の音もするから静かではないはずなのに、毎年思うのだからもしかしたら心境的なものかもしれない。
背負った荷物も最初は何か言っていたが、飽きたのか、眠いのか、今では無言だ。
定期的に静かに鐘が響いている。初めから数えたわけではないのでそれが何発目のものかは分からない。

「昔は私が背負ったんになー」

十回程鐘が鳴ったあと、完全に荷物に成り果てていた姉が口を開いた。

「俺はこの歳で姉さんを背負うことになるとは思わなかった」
「乗り心地微妙だし」
「降りる?」
「降りん」

姉は忍ぶように笑ってから、少しだけ首に回す腕を絞めた。

「私多分一生結婚しないから、克己結婚しても私のこと見捨てんなよな。…お父さんお母さん死んだら、私には克己しか残らんし」
「…世話が焼ける姉さんだな」
「私が克己の世話してやるんだよ」
「なら、降ろすよ?」

一瞬生まれたしんみりした空気を壊したばかりだったが、どうしてもこれだけは言いたかったので、少し真面目に言葉を発する。

「姉さんなら結婚できるよ」

酒さえ飲まなければ、ね。
そう付け加えたら首を絞めにかかってきた酒癖の悪い姉に、本当にいい結婚相手が見つかることを願うばかりだ。


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