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結果良ければ全て良し?(忍田誕)

幼い子の誕生日を祝うのは、年々大きくなるその子の成長を祝福するために。還暦すぎたあとは、また一年無事に生きられたお祝いに。
じゃあその間の誕生日はなんて祝えばいいんだろ?
ちなみに私は25過ぎた辺りから年齢なんて数えたくない病に感染してるから、三十路とかそんなの知らないし、祝われても複雑な心境だ…。

「…私くらいの歳の男性への誕生日プレゼント…ですか?」

喫煙所から出てきた唐沢さんに訊ねたのは、唐沢さんならこの手のことに詳しそうだから。
具体的に相手が誰かとは言わなかったけど、唐沢さんは少し考えたあと、人の良さそうな笑みを浮かべた。

「ネクタイは無難ですが、忍田さんは貰っても着用する機会が少なくて悩むかもしれませんね」

だ、誰も真史さんに渡すなんて言ってない!

「顔に出てますよ」
「何ですと!」

このっ、顔の筋肉め!早速バレちゃった!
ぐにぐにと自分の頬を揉んでいたら、唐沢さんは静かに笑ってたので、慌てて否定する。

「し、忍田本部長じゃないですからね!」
「では真史さんですか?」
「ぎゃー!」

慌てて周りを見る。幸い近くには誰もいないみたいだ。
そんな私に唐沢さんは遂に声をあげて笑いだした。

「まあ何と呼んでもいいんですけど」
「何とも呼ばないでください!」

仕方ないと言わんばかりの表情の唐沢さんに凄んで見せるけど、あまり効果がないようだ。
本部長である真史さんと付き合っているのを秘密にしているわけではないけど、真史さんには秘密にしたいから、こうしてこそこそしてるって言うのに…。

「話を戻しますが、男性へのプレゼントなら実用的な物の方が喜ばれます」

さすが仕事でいろんな人に会って交渉したりするだけあって、贈り物とかも詳しいみたいだ。お高い候補からリーズナブルな候補までいろいろと提案してくれた。

「ちなみに唐沢さんなら何が欲しいですか?」

真史さんのことだから、何あげても喜んで受け取ってくれるので、同い年の唐沢さんにヒントをもらうことにしたのだけれど。

「………休み、ですかね」

わあ…なんて社畜みたいな回答なんだろ…。
私を困らせるためにわざと言ってるのが手に取るようにわかる。多分それもわざとなんだろうけど…。

「私には用意できないですね…。むしろ私も休みが欲しい派です!一週間くらいまるまる!」
「鬼怒田さんに聞かれたら怒られそうですね」
「鬼怒田さんには内緒ですよ」
「ええ、内緒です」

二人でクスクス笑ったあと、唐沢さんは手を打って、にっこり笑った。

「そういえば、忍田さんの欲しいもの、ありましたよ」





「…それで、その話を信じろと?」

椅子に足を組んで座る真史さんの前に正座して、事のあらましを伝えること、私の体感時間で三十分。実時間は多分十分も経ってない。
別に真史さんは怒っているわけじゃない…と思いたい。すごい威圧感に負けて、自ら進んで正座をしているだけであって…。
でもこんなところを誰かに見られたら、間違いなく私が何かやらかして直属の上司である鬼怒田さんを飛び越えて、本部長直々に説教されてると思われる。なんでわざわざ本部の中でこんな醜態を晒さないといけないんだろ…。いや、私が自主的に正座しただけだけど!

「そのあと二人でどこかに出掛けたようだが?」
「ちょ、ちょっと待って、見てたの?」

私が慌てて腰を浮かせると、真史さんは目を少し細め、さっきまでの威圧感がかわいいものだと感じるような冷ややかで鋭い圧力をかけてきた。

「見られたら困ることだったのか?」

わあ…怒ってる…。いつになく怒ってる…。

「むしろ見ていたなら声かけてほしかった…です」

話しかけられたら、それはそれで適当に誤魔化したけど…。バレたらびっくりさせられないから。
でもこのまま尋問が続いたら驚かせる前に教えなきゃいけなくなりそうなので、先に答えを教えることにした。

「これ買ってきたんだ」

真史さんの誕生日は本当はもう少し先だけど、幸か不幸か、さっき物を取りに行ってきたから、今手元に真史さんの誕生日プレゼントがあるので、この場を収めるために、鞄の中にしまった袋から小さな箱を取り出して差し出した。

「これは?」
「誕生日プレゼント。少し早いけど…」

箱を開けた真史さんの表情が固まって、痛い程の威圧感も消し飛んだ。
だって中身は唐沢さん調べの、真史さんの欲しいもの。サイズは、前に唐沢さんが真史さんから計り方を訊かれたときに試しに真史さんのを計って、それをたまたま覚えていてくれたから問題なく買えた。
真史さんが驚いてくれたならそれで十分満足なんだけれど、ちゃんと言葉も添える。

「私はもう誕生日なんて嬉しくないけど、今年も一年真史さんと一緒にいられて、真史さんの誕生日を迎えられたのは嬉しいから、その感謝と、また来年誕生日を祝わせてほしいっていう約束!」

うまく言えなかったー!ちゃんと伝わらなかったかもしれないー!なんて脳内大騒ぎしながら真史さんの返答を待ったけど、何の言葉も返ってこないので、恐る恐る真史さんの方を見るとまだ固まったままだった。
私が何度か名前を呼んで、ようやく、返事の代わりに立ち上がった。

「ど、どうしたの?」

無言で詰め寄る真史さんから逃げるように、正座のまま仰け反って視線を泳がす。

「さっき、何と言った?」

詰問のような言い方に、小さく息を飲んでから、先程と同じ言葉を全く違う声色で応えた。

「今年一年一緒にいられて、誕生日をお祝い出来て嬉しかった…です」
「それから?」
「また来年も一緒に祝いたい…です」

さながら取調室の警官と犯人だ。全く身に覚えはないけど。

「それで…これは?」

私が渡した小さな箱を目の前に突き出される。見なくても分かるそれは、部屋の照明を小さく反射させてきらりと光っている。

「指輪…です。唐沢さんが、真史さんが欲しがってるって言ってました」
「…自分のやっていることが分かっているのか?」
「誕生日を祝っただけ…です…?」

私はおかしなことを言ったつもりはないのに、真史さんの顔は余計に険しくなってしまった。

「私、なんかおかしなことした?」
「ああ。プライドが傷付いた」
「なんでー!」

分からなさすぎて困惑していると、真史さんはその指輪をするりと自分の指にはめた。サイズはちゃんと合っているようでひと安心。

「…もうひとつあるんだろう?」
「…言いましたっけ?」

私が視線で鞄を指せば、真史さんは躊躇なく私の鞄に手を入れて、もうひとつの箱を探り当てた。
そう、実はペアリングだったりする。唐沢さんがどうせならってオススメしてきたから、普段仕事三昧でお金を使わないおかげで貯まってたそこそこの額を出して買ってみた。
何の断りもなく箱を開けて指輪を取り出す真史さん。

「大体、唐沢さんに弄ばれているところも気に入らないな」
「だって唐沢さんならプレゼントとか詳しそうだし、それに太刀川くんに訊いたら真史さんまで筒抜けになりそうだし、あと…」

正座のまま仰け反って弁明する私を支える左腕を拐われて、バランスを崩し、掴まれた左腕を離されたら正座のまま後ろに倒れそうな、主に太ももが痛くなりそうな姿勢になる。まだ倒れてないから痛くないけど。
真史さんは掴んだ私の左指に、対になる指輪をぐりぐりはめて、必死に弁明を続ける私に顔を近付けた。

「もういい、黙れ」

そのまま右腕も拐われて、後ろに倒れながら唇を塞がれた。やることは乱暴だったのに、そのキスはただ長く触るだけの優しいもので、頭が混乱する。
しばらくして離れた真史さんの表情は、もう少しも恐くなかった。

「…ああ、そうだ。ちゃんと言葉で応えないといけなかったな」

ふっと笑う真史さんに思わずかわいいなぁと思ったけど、それよりも倒れちゃったせいで太ももがぴりぴり痛い。つりそう。

「この姿勢痛い、助けて」

真史さんは呆れたようにゆっくりまばたきをして、私を助けることなく、じっと私を見た。

「全く…雰囲気も何もないな。プロポーズされたと思ったんだが」
「へっ?」

プロポーズ?…プロポーズって、あのプロポーズ?いつした?
頭がフル回転するけど答えが出てこない。
私の表情で察したのか、完全に呆れた声で解答が出される。

「来年も一緒に誕生日を祝いたいと言って指輪を渡されたら、そういうことだろう?」
「本当だー!」

確かにそう言われたらプロポーズにしか見えない!私、そんなつもりなかったんだけど!

「なまえには、私がプロポーズも出来ないような男に見えたか?」
「えっ…いや、ほんと、そんな滅相もないです!」
「ではこれは?」

目の前に指輪のはまった真史さんの左手をつき出され、ぐっ…と言葉に詰まった。
やってることはプロポーズで、そのせいで真史さんの男性としてのプライドを傷付けてしまったらしい。かと言って、ここでプロポーズじゃないと言えば、それはそれで真史さんを弄んだことになるんじゃ…?
それに指輪は唐沢さんの陰謀かもしれないけど、言葉は私自身のものだから、そう受け取られる原因は私にある。
私は…もう年齢とか数えるのやめたけど…三十路手前だから結婚したいけれど…真史さんはそれでいいのかな。
ぴりぴりする足の痛みも忘れるほど悩んだあと、真史さんに笑ってみせた。

「真史さん。私と結婚、しませんか?」

ダメ元ではあったけれど、改めて言おうとしたらやっぱり声も表情も強ばってしまった。人生の中でこんなこと何度も言ったり言われたりするものじゃないから仕方ないけれど。
真史さんはくすりと笑って、右手で掴んだままの私の左手首を引っ張って私の目の前で二つの左手が並んだ。

「婚約指輪にしてはシンプルすぎるな」
「そんなつもりなかったからね…!」

明確な返事が来なくて思わず虚勢を張れば、それを見透かしたように、私の左手を解放して、その手で頬を撫でられた。

「これは結婚指輪にしよう。婚約指輪は私が買う」
「それって…」
「結婚しよう、なまえ」

自分から言ったのに、同じ言葉なのに、どうして言われるのはこんなに嬉しいんだろう。
私が両手を伸ばせば、真史さんの顔が降りてきて、もう一度触れるだけの口づけを交わした。
そんな幸せの絶頂の中、全く空気の読めない太ももが悲鳴をあげ始めた。

「…ところで真史さん、そろそろ本当にどいて。足つらい」

真史さんは少し驚いたような顔をしたかと思えば、目を細めて、意地悪そうに口を歪めた。

「それとこれとは別だ。唐沢さんにいいように弄ばれたことに対する反省はないのか?」
「反省してる!すっごくしてる!」
「二人で顔を近づけて笑い合っていたのには?」
「それは…内緒話だったからであって…!」

私の訴えを無視して、突っ張って痛む太ももをわざとらしく撫で始めたけれど、冷静に考えると、ここは本部で、しかも土足で歩く床の上。こんなところで何始めようとしてるの、この人。

「あのう…ここ本部ですよ、本部長?」
「本部でも私の部屋だ。問題はない」

いやいや、問題だらけだからね?!
暴れようにも足は動けないし、右手は床に縫い付けられ、左手だけじゃ近付いてくる真史さんを押し返せなくて、結局押し負けて、耳元に唇を寄せられた。

「自分がこれから誰のものになるのか、ちゃんと覚えてもらわないと困るな」

私からプロポーズしたんだからそのくらい分かるよ…!
そう反論しようと口を開いたところに侵入してきた真史さんの舌に、言いたかった言葉を絡め取られ、そのまま唾液と一緒に飲み込むことしか許されなかった。


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