4年生の先輩が引退して少し経った。
春の大会前だが、昨日からの記録的な豪雪で、部活やるどころか、電車も止まって完全に休講状態なので家に引きこもっている。
正直、私も含めて部員皆レポートやら課題やらでひーひー言っていたのでありがたい休暇だ。
「手、止まってるよ」
「酒…酒くれ…」
「アル中みたいな事を言うな」
余裕で自分の課題を終えた唐沢くんは、人の部屋でだらだらしながら私を監視していた。主にアルコール摂取の。
唐沢くんが来るまでは酒片手に課題出来たのに!冬は期間限定のチューハイとか多いのに!私の楽しみ奪いやがって!
「終わったら飲んでいいんだよ」
「終わるかよ、こんな課題!」
もういっそ代わりにやってもらいたいくらいだけど、学部も学科も違う唐沢くんにこの訳分からん課題を押し付ける訳にもいかない。…と思いきや。
「それ必修だったから前期で取ったけど、自分なりに考えて書けば評価もらえるよ」
「早くそれを言え!…助けて唐沢くーん」
「丁重にお断りします」
まるで外の雪のように冷たい。
仕方ないか。答えがあるような課題じゃないし、唐沢くんが書いた内容教えてもらったら、多分パクったのバレるし。
むすっとしながら課題と向き合って大分時間が経った頃、香ばしい匂いが漂ってきた。
「チャーハンだ!」
「正解」
台所の方を振り返れば、唐沢くんが馴れた手つきで料理していた。
相変わらずコンビニ飯生活を続けていた私に、心底呆れた唐沢くんが料理を恵んでくれるようになって、おかげで胃袋は満たされたが、その分アルコールは制限される。
料理と酒、どちらを優先させるか…。究極の選択だ…。
「出来たよ」
「飯ー!」
ほかほか湯気の立つお皿を持ってきた唐沢くんからお皿を受け取って、課題をどかしたテーブルの上に置いた。
結局は『腹が減っては戦は出来ぬ』って事で料理優先になるわけだけど、これはきっと私から酒を奪うために胃袋を掴むという恐ろしい策略に違いない。
悔しいが完敗だ…。見た目通りおいしい…。
「私より料理上手いとか、唐沢くん、あんたモテるぜ!保証する!」
ぐっと親指を立ててウィンクしてやると、つまらなさそうな顔をされた。
「豆腐を切ることしか出来ない人と比較されても…」
豆腐だって切れば冷奴!煮れば湯豆腐だぞ!立派な料理だ!舐めんな!料理出来てる!
私の反論には耳を貸さずに「チャーハン冷めるよ」とだけ言われたので、租借したチャーハンと一緒に悔しさも喉の奥に飲み込んだ。
悔しい…けど、私が作るよりおいしいんだよな…。
「ごちそうさまー」
テーブルの上に空っぽの食器が並ぶ。
唐沢くんはタイミングよく湯呑に温かいお茶を注いでくれて、それに口を付けつつ、実家にいた頃を思い出した。
一人じゃないってやっぱりいいな…。
「どうかした?」
訝しげに唐沢くんが見てくる。
そりゃそうだ。突然一人で笑い出したら気になるよな。
「さーあなー」
余計に険しくなる視線を避けて窓を見る。
外はまだまだ雪が降っていてすきま風が寒いけれど、この部屋の中は温かかった。