「たらーいまー!」
恋人のなまえの日付を跨いだご機嫌の帰宅に唐沢は呆れた。
別に彼女の帰りを待っていたわけではないし、そこそこ年齢が離れているからと保護者的に心配になったわけでもない。
だからと言って、なまえも社会人だから責任は本人にあるが、明らかに度を越えた飲酒をして帰ってくるのは恋人的にはいただけない。
少し釘を刺そうと思い玄関に向かって、その臭いに思わず顔をしかめた。
「お帰りなさい」
「あれ〜?かっちゃん、ごきげんなーなめー?」
ふふふと笑って唐沢の顔を覗き込む。
呼気が酒くさい。
「飲み過ぎですよ」
「でもちゃーんと帰って来たよ!タクシーで!」
自慢気に仁王立ちする酔っ払いに、淡々と敬語で応対する。
「そんな千鳥足なら電車は厳しいでしょうね」
「もーかっちゃん冷たーい」
べしべしと胸を叩くなまえを、唐沢は無表情で見下ろした。
「そんなことより、誰と飲んできたんですか?」
「同期とサシ飲みー!」
何がそんなに嬉しいのか、なまえは唐沢に抱きつくが、唐沢はすぐに引き剥がした。
さすがに酔っ払いもあまりに恋人が冷たいので首を傾げる。
「何でほんとーに怒ってるのー?」
「そうですね…」
なまえに背を向け、冷蔵庫に向かう唐沢と、そのあとをふらふらついていくなまえ。
「煙草くさいからですかね」
「ええー?かっちゃんもたばこ吸ってるのにー?」
唐沢は振り返って、酔っ払いの頭を鷲掴みにし、顔を近付けて凄む。
「とにかく、他の男の煙草の臭いなんてつけて帰ってくるな」
「よく男ってわかったねー。すごーい」
この酔っ払いに本気で怒っても通じない事は分かっていたので、すぐに手を離して、冷蔵庫から取り出した水を渡した。
「男がよく吸ってる銘柄だからね」
「ふーん?」
水をガブガブ飲みながら、話半分にしか聞いていなさそうな返事。
唐沢はため息を吐いて、なまえの上着のボタンを外し始めた。
「もういいから、早くこのくさい服脱ぎなさい」
「あーい」
脱がした上着に消臭スプレーをかけている間に、なまえはそこら辺に脱ぎ散らかして、下着姿のままソファで寝ていた。
唐沢的には、本当は風呂に入ってほしかったが、酔った体に風呂は悪いので起きてから入ってもらう事にして、あまりにはしたない現状の格好には、部屋から持ってきた布団をかけておく。
すぴーすぴーと呑気な寝息を立てている姿は完全に子供だった。
脱ぎ散らかした服を片付けて、なまえの寝顔を拝む。
服とは違い、さすがに人間には消臭スプレーはかけられないので、煙草の臭いが鼻についた。
「やっぱりくさいな」
臭いで銘柄が分かる程の数を吸ったわけではないが、メジャーな銘柄くらいは分かる。
いかにも意気がったガキが吸ってそうなやつだ。
自分の煙草ですらくさいと思うのに、他の人、ましてや知らない男の煙草なんて、例え臭いがキツくない銘柄だろうとくさいに決まっている。
テーブルの上に置いてある煙草の箱に視線を落とし、いつもなら換気扇の下かベランダでしか吸わない煙草を、あえて部屋の中で吸ってやろうか、なんて考えて苦笑する。
もちろん彼女の服が自分の煙草でくさくなるのは、唐沢の望むところではない。
「早く起きて、風呂入ってくれ」
煙草くさい髪を撫でながら、同じシャンプーを使っているから風呂から上がれば俺と同じ匂いだ、と大人気ない独占欲が僅かに上がった口角からこぼれた。