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私の王子様

私には幼馴染が二人います。同い年の奈良坂透くんと、透くんの従姉妹の那須玲ちゃん。私が小学生に上がる頃に三門市に引っ越しして、最初にできたお友達です。
何も知らない初めての町で、初めて二人に出会った時の衝撃を私は今でもよく覚えています。色が白くて、どこか儚い雰囲気の玲ちゃん。そんな玲ちゃんに寄り添うようにしていた、同い年なのにずっと大人びて見えた透くん。幼い私には、二人は絵本から飛び出してきた王子様とお姫様に見えました。そして同時に、きっと私にも『私の王子様』がいるのだと、変な確信を持ってしまいました。
いつの日だったか、私は玲ちゃんに訊ねたことがあります。

「わたしにも王子さま、いるかなあ?」

玲ちゃんが不思議そうに首を傾げると、ふわりと髪の毛が肩から零れました。そんな何気ない仕草にも見とれてしまいます。

「なまえちゃんは王子様に会いたいの?」
「うん!わたしもお姫さまになりたいんだ!」

私の言葉に引っかかるところがあった玲ちゃんは、目をぱちぱちと瞬かせました。

「わたしも?」
「だって玲ちゃんの王子さまは透くんでしょ?」

私にとっては当たり前だった認識は、玲ちゃんには意外だったようです。びっくりした顔で私を見つめ返してきました。

「あれ、ちがうの?」
「考えたことなかったかな…」
「そう、なんだ……」

どこか困ったような表情の玲ちゃんに今度は私が困ってしまいました。
私の知っている童話に、お姫様が自分をお姫様だと知らないお話はなかったので『当たり前』が崩れてしまって、私にはどうしていいのか分かりませんでした。
黙ってしまった私を、玲ちゃんが心配そうに覗き込んできます。そのやさしい瞳はやっぱり私のとは違って、世界に一つだけしかないとっても大切な宝石のようにも思えました。

「玲ちゃんと透くんはお似合いだと思うなあ」

絵本で見たキラキラして素敵な王子様とお姫様を思い浮かべて、そう言いました。
その後の玲ちゃんの反応はもう覚えていません。もうずっと前、子供の頃のお話ですから。
当然今は、白馬に乗った王子様が現れるなんて思ってもいないし、王子様の代わりに来てくれたのは白いトリオン兵。待つ私もお姫様からは程遠い、両手に拳銃型のトリガーを握る立派な戦闘員。今日も一匹残らず撃ち抜いて、にんまり笑顔を浮かべました。
こんな野蛮……じゃなくて、アグレッシブになってしまった私がなぜ、昔の、お姫様になりたかった頃の私を思い出したのかと言えば、出水と米屋と文化祭の話になったからです。
私のクラスは夏祭りの屋台を模して、射的やヨーヨー釣りをやるお店ということで決まったのですが、出水と米屋のクラスは難航しているようで、本部に来て、周りに同じクラスの人がいなくなったからか、好き勝手に喋っているところに私がたまたま通りかかり、その話題に巻き込まれました。何でも、二人のクラスでは、女装男装喫茶と何か出し物をやって披露する喫茶で割れているのですが、後者の手間のせいで、このままだと女装男装喫茶になりそうらしいです。……言わなくても分かるかもしれませんが、女装はしたくないし、一芸身につけるのも面倒だしで、元々男子の方が不利です。可哀想に。
ところでどんな女装をするのかと好奇心で訊ねてみたら、パーティーグッズを売っているお店で簡単に手に入る、メイドや童話のプリンセスの格好になりそうだと言っていました。

「メイド服とプリンセスだったらまだメイド服の方がマシだな」

そう言ったのは米屋。確かに米屋がドレスを着ていたら笑い転げる自信があります。

「男はプリンセスには憧れねーからなー」

ため息交じりに答えたのは出水。本人には悪いけれど、メイドでもプリンセスでも下手に似合って、周りから半笑いされそうな気がします。
男子がお姫様に憧れないのは分かるけど女子はどうなんだ?って訊ねられて、冒頭の話になります。
私の憧れが、物語の中のお姫様なのか、お姫様のような玲ちゃんなのかは分かりませんが、少なくとも何かしらの憧れはありました。勿論、私が玲ちゃんのようになれるわけではないことは分かっているので、今は憧れよりも大切なお友達だという意識の方が強くはなっています。

「笑っていいよ。どうせ昔の話だし」

自分で自分を笑っていると、意外にも二人は、納得したように首を縦に振っていました。

「よくある話じゃん?ナントカちゃんと結婚する!とかな」
「男だと戦隊モノのレッドに憧れるやつだろ?……まあ、うちの隊長はそのまま大人になったけどな」

そう言って、自分の隊服のヒラヒラした裾を両手で摘まみ上げる出水。誰が見ても、忍田本部長に憧れちゃったんだろうなー…って分かってしまう隊服だと思います。誰もそれを指摘しているの聞いたことはないけれど。
私が隊服に意識が向いている間に、米屋は別の事に気付いて、出水の腰の方を指差しました。

「おっ、お姫様になる気、十分?」

それは出水が裾を両手で摘まみ上げた仕草が、ドレスの裾を摘まみ上げる仕草に似ている、ということでした。当然出水の表情が嫌そうに曇ります。

「出水がお姫様なら、私が王子様になろうかなー」

冗談で、腰を折って、手を差し出したら、出水は嫌そうな顔のまま、お姫様になりたいのは私の方だったはずだとさっきの話を掘り返してきます。

「何なら、俺が王子サマなるぜ?」

今度は米屋が冗談たっぷりに言って来ましたが、どう考えても米屋は騎士がいいところだと思います。

「絶対に嫌だー。それならまだ出水の方が王子様感あるよ、まだね」
「お、脈あり?」
「ないない。究極の二択だから」
「ひでぇな!」

そんな風な会話をして笑っている私たちを見ていた存在があったことを、この時の私たちは知りませんでした。それが分かったのは、この会話の丁度一ヵ月後、十月の半ばでした。
基本的にメディア対応をしているのは嵐山隊ですが、様々な方法で私たちの活動を紹介したり、何とかして覗き見しようとしている人もいたり、とにかくボーダー隊員である以上は目立つ存在なわけです。
だから、というわけではないと思いますが、佐鳥から「ハロウィン近いし、防衛任務でも仮装しましょう!」なんて案がいつの間にか出て、いつの間にか実行されることになっていたのです。
多分メディアの人がいい感じに撮って、いい感じの宣材にするんでしょうが、私は驚いたし、学校でも女装する事が決まった出水と米屋は……それはそれで楽しそうにしていました。佐鳥が私たちの会話を聞いて、これを思い付いた事を知るまでは。これは私には関係のない話なので割愛しますが。
衣装は、デザイナーさんと技術開発室の人たちが、ハロウィンらしい仮装を何パターンか作って、それを隊ごとで選んでもらうという形になるようで、私の隊は隊長が好き勝手に選んでくるので私には決定権がありません。
代わりに、この話を聞いた時にものすごく嫌そうな顔をした三輪くんの代わりに衣装を決めに行く米屋と、米屋の独断が怖いからと念のためについて行く透くんに同行して、私も技術開発室にお邪魔します。

「なまえが衣装選んでくれるのか?」
「米屋は何でもいいでしょ。そうだ、包帯男で」
「ぜってー何も見えねー!」

ケラケラ笑う米屋の隣で、透くんが少し困った顔をします。そもそも包帯男みたいな戦闘に支障を来たしそうな衣装はないんだけれど、米屋が動きづらい格好になったら三輪隊全員巻き添えになるので、当然の反応です。

「ごめんごめん。透くんが似合いそうなやつにしようよ。それなら多分三輪くんも我慢してくれるはず」
「まー秀次が納得してくれないと困るしなー」

私と米屋の目が透くんの方を向きます。

「ね、透くん。お願い!」
「分かった」

そう言って、私と米屋は透くんを着せ替え人形にして、いろんな衣装を着せて遊び……じゃなくて、どれがいいか選びました。透くんは、米屋だったら似合いそうなワイルドな感じの狼男の衣装は少しも似合わなかったけれど、ファンタジー映画で見た魔法学校の生徒のような格好でも、洋画に出てくる海賊の船長スタイルでも、ある程度整った服装なら何でも似合います。思わずため息が零れてしまうくらいです。

「おっ、ホレた?」

技術開発室の人に衣装の細かい調整をされている透くんを、遠目にうっとりと眺めていたら、横から米屋がにやにやしながら小突いてきます。
玲ちゃんを『お姫様』と慕ったように、透くんのことも『王子様』だと思っていた私です。憧れだけならずっと昔からしてきました。なので私は笑って答えます。

「昔からホレてるよー。透くん、かっこいいもん」

私の反応が意外だったのか、米屋の方が驚いていました。
さて、人をからかおうとした米屋には仕返しておかないといけません。
横目でちらりと透くんを見ながら、私は口角を上げて笑みを作ります。

「でも透くんに似合う格好が、米屋に似合うかなー?」

正確には、透くんが似合えば米屋以外の三輪隊のメンバーは似合いそうで、米屋だけ似合わなさそうなんですが、それを分かってか、米屋は私の左右のこめかみに拳を当て、グリグリと攻撃してきました。

「痛い痛い痛い!」
「……何やってるんだ」

透くんが私の悲鳴に反応して、声をかけてきます。どこか呆れ交じりに聞こえるのは、きっと米屋に対してでしょう。

「米屋が虐めるー!」
「肉体言語で語り合ってるだけだろ?」
「離してやれ」

透くんにたしなめられた米屋は、あっさりと手を離してくれました。けれどゴリゴリやられた私の頭は痛いままです。普段暴力に訴えない私でも、ちょっとくらい反撃してもいい気がしますが、私よりも透くんの方が怒っているように見えるので、私まで怒らなくてもいいかな、と思いました。
技術開発室の人の作業が終わって戻ってきた透くんの格好は、シックな感じのドラキュラ衣装。ちょっと装飾が増えた二宮隊の隊服みたいな感じもしなくもないので、もう一人の狙撃手古寺くんも、三輪くんもギリギリ許してくれそうな気がします。でもラフな格好が好きな米屋には窮屈そうな気もしますが、米屋もこの衣装で妥協しそうな雰囲気です。
あとは他の隊とも合わせて、細かいところを修正して完成になるようなので、今回はこれで帰ります。
米屋は時間の許す限り戦闘がしたいという、いつもの戦闘狂っぷりをちらつかせて、ランク戦のロビーに向かって行きました。
透くんはこのまま帰るようなので、私も途中まで一緒に帰ります。昔は近所に住んでいた透くんでしたが、第一次侵攻で家が壊されてからは、あまり近くではないので、本当に途中までですが。

「そう言えば、なまえのところはどんな仮装をするんだ?」

歩きながら透くんが訊ねてきたので、隊長が勝手に決めた話をしました。三輪隊の衣装を選ぶときに見ていたのは全部男性の衣装だったので、あの中の衣装ではないことは確かです。ただコンセプトは大体共通なので、頭にカボチャを被ったジャック・オー・ランタンや、ゾンビみたいなグロテスクな見た目のものを選ばれなければ、ほぼ無難なものになるはずです。

「後でのお楽しみ、ってことで」
「じゃあ楽しみにしておこう」

透くんはそう言ってくれましたが、きっとお世辞でしょう。でもその気遣いが嬉しいので「楽しみにしてて」と胸を張って答えると、透くんは微笑み返してくれました。ベタな表現かもしれませんが、透くんが笑うと、少女漫画のように背景に花が咲いているんじゃないかと思うくらい、やさしくてふわっとした空気が広がってきます。
しばらくお喋りしながら歩いていましたが、そろそろ別れなければいけません。透くんはやさしいので「家まで送ろうか?」と提案してくれましたが、それはお断りして、手を振って別れました。
一人になって、もう一度透くんのやさしさを噛み締めて、思わず頬が緩みます。
私は透くんのやさしさも大好きです。第一次侵攻の時に、まだお互い家族の安否が分からなかった時にずっと傍にいてくれたのも、あの時の恐怖を乗り越えて強くなりたいと思ってボーダーに入隊する事に決めた後、模擬戦闘でトリオン兵を前に足が竦んでしまった私を励ましてくれたのも、透くんでした。
玲ちゃんは仲良くなればなるほど親近感が湧いて、憧れの念がどんどん薄くなっていったのに、透くんは逆に憧れが強くなっている気がしています。
でも、それは透くんが魅力的な人だというだけの話かもしれません。同じ学年にいれば誰が誰を好きだとかそんな噂はいくらでも耳にします。その中でも透くんはよく名前に挙がっていました。当然玲ちゃんの名前もよく聞いたので、幼馴染としては、当然でしょ!と鼻が高くなったものです。けれど反面、どこか遠い存在のような気がしてしまうことも、今でもたまにあります。だから憧れが増してしまうのかもしれません。
そんなときに、ふとしたやさしさを見せられると嬉しくなってしまいます。私はまだ『王子様』のお友達でいられるのだと。



ハロウィンの仮装用戦闘服を選んでから数日経って、佐鳥経由で技術開発室の人から、手の空いている学生が呼ばれました。大体の調整は終わったけれど、実際に動いてみて戦闘に支障が出ないかどうかの確認だそうです。誰でもよかったらしいのですが、佐鳥が目についた人に声をかけたからか、ほとんど高校生ばかりです。私も、私の隊の隊長に声をかけて一緒に来ました。
もう既に仮装している人がいて、いつもの訓練室がパーティー会場のように賑やかです。目についたところだと、影浦隊の北添先輩の狼男は、衣装のイメージに反して耳としっぽが生えたマスコットのようでかわいらしいですし、渋々付き合われているといった表情の香取さんもパイレーツ衣装が凛々しく、米屋はドラキュラ衣装がやっぱり窮屈だったのか大分着崩しています。
私も隊長が勝手に決めた衣装とようやく対面しました。隊長は一度透くんに着てもらった魔法学校の生徒のような衣装を着ていますが、私のはそれのスカート版で、かなり短いスカートにニーハイソックスという、何とも言い難いコスプレ感があります。例えるなら、深夜にやっていそうなアニメに出てくる女の子の制服みたいな感じです。ちょっとスカート丈が短すぎるので、後で直してもらうことにして、今は黒のローブに改造されたバッグワームをきっちり纏います。
そんな目に入るものも、耳に届くものも、全てが賑やかな訓練室で、一際大きな悲鳴が上がって、みんなの視線が一斉に集まりました。

「聞いてない!こんなの!」
「熊谷先輩かわいいですー!」

頭を抱えて蹲る白い服のくまちゃんの隣で、学校の制服のままの日浦ちゃんが目をきらきらさせています。

「茜ちゃんに一番似合いそうな衣装にしたのだけれど、くまちゃんもとっても似合ってるわ」
「そんなことない!」

そう言って人と人の間から見えた玲ちゃんは、真っ白の衣装に身を包んでいました。横から見ると、前が短くて、後ろが長いドレスのように見えましたが、向きが変わると、それが羽根をイメージした腰布で、実際は下にズロースを穿いていることが分かります。確かに日浦ちゃんが着ればかわいいこと間違いなしなのですが、玲ちゃんが着ると同じ衣装なのにとっても綺麗で、私も私の周りの人も思わず見とれてしまっていました。

「天使なんですよー!かわいいですよね!」
「無理…こんな衣装堪えられない……」

しばらく玲ちゃんと日浦ちゃんがくまちゃんを宥めてる様子をみんなで微笑ましく見ていたのですが、ふと隊長が私の方を見て笑って言いました。

「お前じゃ、あんなフリフリ絶対似合わねーよなー。いいところで死神とかだろ」

その言い方に引っかかるものがないわけではなかったのですが、今の私が天井にぶら下がっている蝙蝠みたいな黒ずくめなのと、玲ちゃんを見た後であの格好が似合う人を他に挙げろと言う方が難しいと思ったので、私も曖昧に笑って同意します。

「残念、死神じゃなくて魔法使いでーす」
「怪しい薬作るやべー方のな」
「確かに」

人差し指を杖に見立てて振ります。特に何も出たりはしませんが、代わりに真っ白な玲ちゃんと目が合いました。せっかくなので、玲ちゃんのところに行こうと思って歩き出すと、玲ちゃんも私の方に向かって歩いてきました。お互いに半分歩いたところで、丁度ぶつかります。

「玲ちゃん、すごい綺麗だね!」
「ありがとう。なまえちゃんは……」

玲ちゃんが少しだけ困ったような顔をします。全身真っ黒だと、感想に困るのも分かります。

「くまちゃんと同じだよ。恥ずかしくて……」

スカートが短くて、とは言いませんでしたが、玲ちゃんはやさしげな目を少しだけ尖らせるように細めました。
それから、玲ちゃんはまた歩き出しました。なので、私もくまちゃんと日浦ちゃんのところへ向かいます。

「くーまちゃん。似合ってるよ!」
「なまえー……何その格好!」

かっこいいくまちゃんの面影が見当たらない程、どんよりとした表情が、私の格好を見て一気に驚いた顔に変わりました。

「怪しー魔法使いだよ。じゃあ日浦ちゃんに魔法をかけてあげよう!」
「魔法使えるんですかっ!」

日浦ちゃんが跳ねるような勢いで私を見上げます。
残念ながら私は魔法が使えないので、先にネタばらしをします。私が適当な呪文を唱えたら、日浦ちゃんには、玲ちゃんとくまちゃんとお揃いの天使の衣装に着替えてもらう。それだけです。
でも日浦ちゃんが楽しそうに乗ってくれたので、私も昔アニメ映画で見たシンデレラに出てきた魔法使いと同じ呪文を唱えます。くるっと周りながら、トリオン体を構築した日浦ちゃんは、いつのも隊服ではなく、二人とお揃いの天使の衣装に変わりました。

「はい、シンデレラ!」
「天使ですけど、シンデレラです!」
「二人とも楽しそうだね……」

くまちゃんは疲れ切った様子です。でもくまちゃんが嫌がっているだけで、とってもかわいいと思うのですが、あまりかわいいかわいい言うから余計に照れてしまっているのかもしれません。こういうのは恥かしがっている方が恥ずかしくなるから、諦めて楽しんだ方が、気にならなくなると思うのです。

「ここは楽しんだもの勝ちでしょ?」

そう、くまちゃんに笑いかけました。少しだけくまちゃんが元気を出してくれそうになったその時、後ろから玲ちゃんの声がしました。

「この服装での動きやすさを確認したいから、みんなで模擬戦しましょう?」

それはいつもの玲ちゃんのやさしい声ではありません。いえ、普通に聞けばあまり変わらないのですが、くまちゃんもびっくりしているので間違いありません。何があったのか分からないけれど、玲ちゃんはどうやら怒っているみたいです。
怒り心頭の玲ちゃんに気付かない面々は、玲ちゃんの言葉を額面通りに受け取って、模擬戦をする流れになりました。玲ちゃんの様子を心配したくまちゃんと日浦ちゃんを見送って、私は訓練室の外から、みんなの様子を見守ることにします。きっちりローブを纏った状態では戦えないし、開いたらミニスカートすぎることが気になって上手く動ける気がしないからです。

「なまえ、どうした?」

訓練室の中に入らなかった私に気付いた透くんが隣に来ました。私以外の人が中に入っていく中、一人だけ残っていたから目立っていたのでしょう。
透くんは、米屋の着崩していたそれとは違い、見事に着こなしています。ドラキュラ衣装ですが、どちらかと言えば、ファンタジーに出てきそうな闇の貴族と言った感じでしょうか。前に試着していたときにはなかったマントを羽織っています。きっと私のローブと同じ、バッグワームを変形させたものだと思われます。

「透くんこそ、模擬戦行かないの?」
「なまえが気になったからな」

そう言って、透くんは私を上から下まで見ると、険しい表情を向けてきました。

「それはバッグワームか?」
「そうだよ。うちの隊長は知らなかったみたいなんだけど、この下、スカートが短くて。後で直してもらおうかと思ってるの」

バッグワームを消して本来の衣装を透くんに見せますが、学校でもこんなに上げている人はいなさそうな短さのスカートを、風もないのに思わず軽く手で押さえてしまいます。慣れないとやっぱり気になります。
透くんがギョッとした顔をしたので、私も苦笑いしてしまいます。そんな顔される程似合ってなかったかな……と思っていると、透くんがすぐ隣まで寄ってきて、マントを摘まんだ手を私の腰に回してきました。
突然の事で驚いて見上げると、近いとこにある透くんの顔がおもしろくなさそうに歪んで見えました。

「出なくて正解だ」
「う、うん…」

いつもなら「そんなに似合ってなかった?」とか「さすがに短すぎるよね」とか言えるのに、あまりに近くに透くんがいるせいか、言葉が出てきません。
冷静さを失っていた私は、もう一度あのローブ型のバッグワームを出すという発想まで至れず、周りをきょろきょろ見て、何とか別の話題を探そうとしました。そうして見たのは、訓練室で絨毯爆撃している玲ちゃんの姿でした。

「玲ちゃん、何で怒ってるの?」

出水はいなかったから、飛んでいるトリオンキューブはほぼ玲ちゃんのものだと思って間違いなさそうです。

「なまえが馬鹿にされたからだろうな」

透くんの言葉に、全く身に覚えのない私は眉間にしわを寄せます。

「誰に?」
「お前のところの隊長に」

思い返してみても、玲ちゃんが怒りそうなことをされた覚えがありません。強いて挙げるなら、玲ちゃんの着ている衣装は似合わないだろうなって笑われたくらいです。
そう言ったら、どうやらこれのことだったようで、透くんは派手に暴れる玲ちゃんを見つめながら、でもどこか遠くを見るようにして、話始めました。

それは透くんの知っているお話です。
昔から身体の弱い玲ちゃんは、一緒に遊べる相手が全然いなくて、急に体調を崩したら困るからと、一番安心できる従兄弟の透くんとよく遊んでいたそうです。そんな二人の前に、ある日私が現れました。
私は別に気遣いのできる賢い子ではなかったのですが、玲ちゃんの仕草の一つひとつに興味があったからという、本人に言うには忍びない理由で、静かに遊ぶ玲ちゃんの後をついて回っていました。それが、玲ちゃんにとっては、透くん以外の初めてのお友達だったようです。
いつの日か私が玲ちゃんに「お姫さまみたい」と言ったことがありましたが、玲ちゃんは玲ちゃんで、その話を透くんにしたことがありました。

「なまえちゃんに『お姫さまみたい』って言われるんだけれど、なまえちゃんの方がお姫さまよね」

それは私のイメージしていた、お淑やかで可憐なお姫様像ではありません。明るく元気で、たくさん友達を作っていける、そんな快活なお姫様のイメージを玲ちゃんは私に持っていたようです。だから、例え冗談でも私を馬鹿にした隊長に少し灸を据えようとして、盛大な爆撃をしているのではないか、と。
そこまで言われた私は困惑するしかありませんでした。

「え、ええー……お姫様は玲ちゃんの方でしょ。そう思わない?」

ダメ元で透くんに同意を求めてみましたが、否定の返事しか返ってきません。

「でも、ほら、さっきまで私、黒ずくめの魔法使いだったし!」
「関係ないな」

確かに黒ずくめの私と、私が玲ちゃんから見たらお姫様だったっていう話に関係はないんだけれど、無理矢理こじつけて話を進めます。

「関係あるよー。魔法使いはお姫様じゃないんだから」

めちゃくちゃな論理だけれど、透くんはこの破綻した理論には手を出さないで、代わりに私の目を見て、別の質問をしてきました。

「なら、お前にとって、俺もまだ王子様か?」
「……それ透くんにも言ってた?」
「ああ、言われた」

玲ちゃんに言うならともかく、透くんに言っていたと思うとちょっと恥ずかしい。
視線を落としても、透くんの身体が見えるだけなんだけれど、透くんの視線から逃げたくて、下を向いたまま歯切れ悪く肯定します。
今でも王子様だと思っているのが知られるのは、すごく恥ずかしくて、視界に入った白いシャツから違う方向に持って行く言葉を思い付きます。

「あっ!でも今日は貴族って感じが……」

そう勢いよく顔を上げたら、私はそれ以上言葉を言えなくなってしまいました。
透くんの空いていた手が私の頬に添えられて、そのまま小さく笑います。

「昔から俺のお姫様もお前だけだったよ。今でもそれは変わらない」

それは、どんなでたらめな理屈も切り捨てられる、今の私にはちょっと理解が追いつかない言葉でした。

「え、ええぇ……?」

言葉にもなっていない震えた声が自分の唇から漏れます。頭に血が集まっていくような感覚はあるのに、少しも頭が働かなくて、どうしようもありません。
そんな私の様子を見ていた透くんは、目を閉じて、私の頬に触れていた手を離して、そのまま自分の口元を隠してそっぽを向いてしまいました。

「……少し格好つけすぎたか」

透くんが先に我に返ったことで、よく分からない焦りが込み上げてきました。それは透くんの方もだったようで、腰に回されていた手もいつの間にか離れて、私も透くんも一歩後退します。

「え、ええと……れ、玲ちゃんに吹き飛ばされた人!戻ってくるかな!?」
「いや…仮想訓練だから、自分から出てこない限りは……」
「そ、そうだよね!」

二人して乾いた声で笑って、居た堪れない沈黙が生まれました。
顔はすごく熱いままだけれど、頭はさっきよりも冷えていて、ここは私が何かを言わなければいけない場面だと必死に言葉を練り上げます。

「透くん」

名前を呼ぶだけで声が震えてしまって、また変な緊張感が出てきてしまうのだけれど、透くんも辛抱強く私の次の言葉を待ってくれます。

「あの…私、そんな、お姫様っていう柄じゃないんだけど……いいの?絶対後悔するよ?」
「これ以上放っておく方が後悔するからな」

透くんは私のこめかみを指先でなぞると、不愉快そうに目を細めました。

「あまり陽介とくっつくな」

予想外の言葉が飛んできて、思わず瞬きして、透くんを見上げてしまいました。

「そこなの?」
「悪かったか?」

少しの悪びれもない言葉に思わず笑ってしまって、透くんの視線が少し痛いです。けれど、今ので私の中にあった緊張感が全部飛んでいった気がしました。
透くんはいつもやさしくて、玲ちゃんと並んだら童話の王子様とお姫様のようで、お姫様になりたいと願った私には手の届かない憧れでした。

「全然!」

そう言って、透くんの手に自分の手を伸ばします。その手に届く前に、透くんの方から私の手を握ってくれました。思い返せば、昔から透くんは私が手を伸ばせば、いつだって握り返してくれる人でした。助けてほしい時に傍にいてくれたのに、昔の私が決めつけた『玲ちゃんの王子様』という枠から外すことができなかっただけなのでしょう。

玲ちゃんに透くんがいるように、私には私の王子さまがいるんだ、と信じて疑わなかった昔の私に教えてあげたいのです。
王子様が現れるのではなくて、私を選んでくれた人が王子様で、その王子様が選んだ人がお姫様なのだと。


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