須賀とシオリ(霧雨)
熱っぽい吐息が首元にかかり必要以上に体がびくりと反応した。情けないことに硬直した体制のまま、視線の先を天井に向ける。だってそうでもしなければ、彼女の、しぃちゃんのはだけた服から覗く胸元が、見えてしまいそうだったから。
くらり、と酔ってしまいそうな錯覚に陥る。実際のところ本当の意味で酔っているのは、僕じゃなくてしぃちゃんだけれど。僕の首元に巻きついた腕、押し付けられる柔らかな肢体、そして至近距離に僕の胸へと傾けた頭から香る彼女の匂い。なんだかもう、いっぱいいっぱいで。そうして思い返すことすら恥ずかしくなってきた。
きっと自分の今の顔はまるでゆでだこ状態だろう。なんとなく察しがつく。この顔の火照りと、よく分からない感情の奔流が全身を駆け巡っているのは気のせいじゃない。間違いなく今この状況だからだ。それゆえの産物。
ああもうどうすれば。みっともない声を出しかけた喉を叱咤し、無理やり奥に押し込めた。
いつまでもこうしているわけにいかない。とにかくしぃちゃんから体を離さないと、なんとなく危ない気がした。何がとまでは分からない。ただ本能的に警鐘を鳴らすものの正体は自制心だということには薄々気がついてはいるのだけれど。
(……まずい。変な汗まで、出てきた)
依然としてお互いとも動かない。一瞬しぃちゃんは寝てしまったのかと思ったけどそうではないみたいで、ただ顔を埋めているだけで反応がない。しかも無言。そんなしぃちゃんに対してひどく不安が募る。
そもそもまだ未成年なのにお酒を口にしてしまったのだ。潰れるのも無理はない。しぃちゃんがうっかり飲んでしまったのは、たまたま僕が昔望月さんに貰ったアルコール度数の高いお酒(その当時はまだ僕も未成年だってことを知らなかったらしく、後で謝られたがなぜか持って帰りはしなかった。警察がそれでいいのだろうか)。
管理を適当にした僕自身が悪いけれど、しぃちゃんはどうやらジュースだと思って飲んでしまったみたいで。案の定、あっという間にアルコールが回りしぃちゃんは酔ってしまった。慌てる僕をよそにフラフラとした足取りで抱きついてきて、そのまま二人倒れこんでしまったーーというところで、今に至る。
(まずい、これは、本当にまずい)
しぃちゃん、とかすかに声を出し名を呼ぶ。すると少しだけしぃちゃんは体を反応させた。
良かった、声は聞こえるんだーーとほっとしたのも束の間。
「え」
次の瞬間には目の前に明るいブラウンが目一杯広がる。怪しく揺らめく瞳とぶつかって、目が離せない。
うわっと思わず発しかけその中途半端に開いた口へ、ぬるりと何かが侵入した。当然そこにある僕の舌へと、入り込んだそれとが絡み合う。
そこでやっと、自分が今何をされているのか理解した。
「ーー!?」
驚愕のあまり更に大きく口を開いてしまう。そのせいで更に侵入を許してしまった。ぬるりと動く舌は僕の口内を荒らし始める。慣れない感覚に背筋がぞわぞわと波打つが、不思議と嫌な感じはしなかった。
(ーー熱い)
短かったようにも長かったようにも感じる時間。そろそろ息が苦しい、というところでお互いの口が離れた。
名残惜しげにつぅと引かれた糸が、とても艶かしく映り反射的に顔を隠したくなる。
なんだ今のは。あんな行為は、全く知らない。あれはただのキスにしてはあまりにも濃厚、だと思う。しぃちゃんの唇の感触。暖かい舌の感触。合わさる目と目。感じる熱量。その全てがさっきの口付けで味わったものだと思うと、無性に逃げ出したくなった。なんなんだろう、なんでこんなことになってるんだろう。
(とーーとりあえずしぃちゃんから離れないと)
深く息を吸い荒く乱れた息を整えようと努力するも全く効果がない。動悸と息切れが激しい。煮えたぎるような熱さに脳内が浮かされて、くらくらくらくらと視界が揺れた。
なんとかやっと震えながらも声を絞り出す。
「し、」
もどかしくてたまらない。たった一言、もう寝ようと言えば済むことなのに躊躇してしまう。なんで、どうして、早く早く言ってしまわなければ。
「しぃ、ちゃ」
「ーーこうくん」
足がふらついた。倒れそうになるところをすんでで踏みとどまる。より一層熱に浮かされた体はもう制御不可能なほど混乱していた。
「な、な、しし、しぃちゃん!?」
「あ、こうくん。耳まで真っ赤ーー」
クスクスと笑いながら、僕の胸元へ頬を寄せる。あまりにも。あまりにも妖艶で。僕は言葉が出なくなる。
ダメだ、ダメだ、ダメだダメだダメだ確実にせり上がるこれは紛れもなく欲そのもので、歯止めが効かなくなるその前に、早く、ここから。
「……それに、すごくドキドキしてるね」
「……あ」
「ね、こうくん」
突然。強い力で引っ張られ、すっかり惚けてしまっていた僕はバランスを崩した。
そして、
「私も、ドキドキしてる」
しぃちゃんの上に覆いかぶさる形になる。とろんとした目で微笑むしぃちゃん。僕はといえば、もうなんだか、色々と振り切れてしまっていて。
「ーーしぃちゃん」
「なぁに?こうくん」
頭の中で、ぷっつり。理性という名の糸が切れた音が、まるで他人事のように響いていた。
融かしきれない欲を抱く
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