ふと空を見上げる。

真っ青な空はどこまでも、どこまでも澄み、真っ白な入道雲がもくもくと湧いていた。

夏休み本番である。



夏の想い出










「あっちー!!!」

猛スピードで自転車をこぎながら、エドワードは叫んだ。
前方には、入道雲をバックにみなれた(でもなんだか、夏だというだけで違って見える)校舎が見えてきた。

朝9時。

まだ朝の爽やかな風が残る時間帯だ。
しかし、太陽は容赦なくアスファルトを照らす。
微かに、水分が蒸発する、あの独特の匂いが鼻を掠めた。

ああ、夏だ、夏休みだ!!

その匂いを嗅ぐ度に、気分が高揚するのは、まだまだ自分がこどもだからだろうか。

「エド!!はよっ!」

「おう!」

コーナーを勢いよく曲がると、左手にプールが現れ、そこから同級生のハボックが手を振っていた。

もう既にひと泳ぎしたのか、健康的な引き締まった身体に、細かな水滴がつき、キラキラと輝いている。

エドワードはフェンスごしに自転車を一時とめてハボックを見上げた。

塩素独特の匂いがした。

「水泳部はもう練習?」

「もちろん。もうすぐ大会だ」

「ハボックはでんの?」

「ああ、高校最後の大会だからな」

にかっとハボックが笑う。

高校最後……そう、今年で高校も終わりだ。

最後の俺達の、夏。

「ハボックは推薦?」

「そ、体育大学に」

「すっげ」

急にハボックが眩しく見える。

彼は既に自分の進路を決めてしまっていた。

それだけで、どこかしら彼が遠くへ行ってしまった気になる。


「エドはどうすんだ?」

ふ、と問われた言葉に我にかえる。

さあ、と異様に冷たい汗が背を伝った。

「お前なら…っておい!!」

「すまんハボック!俺、マスタングに呼ばれてたんだ!!」

ガッと自転車のペダルを踏み込む。

自転車置場まで続く坂を見上げ、一気にスタートをかけた。

頑張れよー、とハボックの哀れんだ声を背に坂を昇る。

このまま青空まで飛んでいってしまおうか、と一瞬思った。

そんな自分の思考がどこかおかしくて、なんだか笑ってしまった。


自転車置場につくと、直ぐさま3階の化学準備室の窓を確認する。

ふっと顔をあげると、逆光に照らされた見慣れたシルエットが目にはいった。

そのシルエットがおもむろに口を動かしているのがわかり、エドワードは目を細めた。

「ち」

「こ」

「く」


はい、アウト。

エドワードはげんなりしながら、階段を駆け上がった。






「やあ」

「……すんません」

カラカラと扇風機が回る音と、ジージーと煩い蝉の声をバックに男は立っていた。

口には煙草を加えている。

「煙草吸うんですか?」

「君を待つ時間が長くてね」

手持ち無沙汰だったんだ、と言いながら部屋の中央にあるテーブルへエドワードを招きながら男は煙草を消した。

ふわり、とその煙が風に乗って窓の外へと流れていく。

「まあ、座りたまえよ」

テーブルを挟んで、前にあるソファを奨めつつ、男は深々ともう片方のソファへと腰を降ろした。

「失礼します」

遅刻してきたというバツの悪さと、この男と二人きりだという現実を前に、エドワードは少し戸惑いながらソファへと腰掛ける。


ロイ・マスタング。

エドワードの高校の化学教師である。

「さて、今日、なぜ、呼び出されたかは分かっているね」

きた、とエドワードは思った。

一種の賭けだったのだ。

無視されるかもしれない、鼻で笑われるかもしれない。

「……はい」

カサリ、とテーブルに置かれたプリントを見つつ、エドワードはぎゅ、と手を握りしめた。

手の平には、びっしょりと汗が浮かびあがっている。


「第1志望はさすがというべきか…君なら確実に合格だろうな。前回の模試では?」

「A判でした」

「うむ、素晴らしい」

ああ、やめてくれ

回りくどい大人の手法で、俺を絡めとらないで

「第3は滑り止めだな。地元国立、健全な判断だ」


ニヤリ、と絶対、男は笑った。

それが空気で分かった。

エドワードは咄嗟に目をつむる。

耳から、扇風機と蝉の声以外に、グラウンドで練習する野球部の掛け声や、他の教室で補講をするやる気のない教師の声が入ってくる。

「問題は第2志望だ」

きた!!

エドワードはさらに目をきつく閉じた。

その瞬間



エドワードは確かに、唇に柔らかな感触を覚えた。

そして、爽やかなシトラスと煙草の混ざった香が、フワリと鼻を掠める。


無音。

外部からの音が、一瞬遮断された。



「提案なんだが、第1志望と第2志望の併願なんてどうだろう?」



目を開けると、そこには優しく微笑む彼の顔。

爽やかな風が窓から入り、頬を擽る。

その言葉を理解した瞬間

音の洪水が

エドワードを襲った。


















くしゃり、と笑った彼の顔。

綺麗な琥珀色の瞳から流れる涙。

はい、と静かに、だが、確かに呟いた、彼の桜色の唇。


私は、引き寄せられるかのように、もう一度彼の唇へと口づけをおとした。




カサリ、と風に舞う進路志望書にかかれた第2志望は

『マスタング先生のお嫁さん』











夏。

誰もが少し、大人びていく。






2010/07/22/web



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