宝物 | ナノ

ホールディング・ラブ

時間はちょうど正午。ここマグノリアでも、 ちょうど昼食時を迎える時刻である。そして同じ くして、ここフェアリーテイルでも、昼時の注文 が行き交っている。 そのテーブルの一角で、異様な空気が漂ってい た。

「………。」
「………。」

長机に長椅子のテーブルにて本を片手に困り顔に なっているルーシィのすぐ隣には、殆どゼロ距離 で座るグレイが居る。そんなに間を詰めなければ ならないほど満席になっているわけでもないが、 相席を頼まれたとしても、ここまで詰める必要も 無いだろう、と突っ込んでしまいそうな程だ(と いうか、今の時間帯はいくらでも空席がある)。 そしてその距離に座っているにも関わらず、特に 何かを話す気配も無ければ、どこかへ行く様子も なく、ただじっとそこに座っている。周りはいつ ものように賑わっているのに、ここだけ別の空間 に切り取られて見えない壁にでも囲まれてしまっ ているかのような疎外感と、妙な存在感を漂わせ ながら無言で居る事への気まずさが入り混じる。

「…あの、グレイ?」

思い切ってルーシィが名前を呼ぶと、グレイは何 事も無く「あ?」と言ってルーシィの方を振り向 いた。意外にもあっさりとこちらを向いたため に、ルーシィは少しもたつく。

「あ、えっと、何か用?」
「別に」
「そ、そう」
「おお」

そうして、また沈黙。短い会話のなかで、服越し にでもはっきりと分かるくらいに密着しているこ とに対してなんの意図も無いらしいことを悟る ルーシィだったが、違和感は拭い切れなかった。 恋人として付き合うようになってから、グレイ はベタベタするのもされるのも好きではない、と いうより、むしろ嫌いな方なのでは、とルーシィ は思っていた。ルーシィ自身も、そんなにくっつ いたり触れたりといったコミュニケーションを好 んでいるというわけでもなく、持ちつ持たれつ、 楽しく言葉を交わすことの出来る今の関係を好ま しく思っていた。ギルドの仲間として、友人とし て、そして恋人として。グレイもそう思っている と、雰囲気などで勝手に思うようになっていたの だけれど。

「(そういえば、昨日の仕事から帰ってきたとき も、なんか様子がおかしかったような。)」

それは本当に小さな異変だ。普通に過ごしていた ら、簡単に見逃してしまうような。そういうもの に気付けるようになるくらいには、グレイと過ご す時間が増えたと言うことなのだろう。それを思 うとなんだか照れ臭いような気がするが、今はそ れは措いておいて。 昨日の仕事といえば、グレイは山賊の残党、そ れも頭に当たる人物を追う仕事へ出ていたはず だ。無事に捕まえる事は出来たものの、その後や はり露出癖が災いして、評議会に通達されること になったのだけれど。まさか、露出癖について、 本格的に悩み始めたのだろうか。それなら結構な ことだが、果たしてグレイが今更、自分の露出癖 について悩んだりするだろうか。

「ルーシィ」
「…へ?」

思慮に耽っていたルーシィは、グレイの声につい 生返事を返した。グレイは気にするでもなく言葉 を続ける。

「ちょっと、外出ねぇ?」
「え、え?」

腕を引かれて立ち上がらせられ、そのままギルド を出て行く。途中、背後でどす黒い魔力を感じた のは怖いので流して、グレイの足の向くままに、 ルーシィも歩いく。というより、腕をがっちりと 掴まれているので、歩いて行かざるを得ない。 しばらく会話も無く街路を歩いて、グレイが突 然路地の角を曲がった。腕を引かれているとはい え安定感を得ないルーシィはよろけながら角を曲 がったが、その瞬間に息を呑んだ。

抱き締められている。

「ぐれい…?」

身体に絡む腕は力任せに締め付けてきて、苦しい くらいだ。ルーシィが少し咳き込むと、グレイは 本の少しだけ力を緩めた。それでも苦しい。 しばらくの間、そうしたままグレイは動かな かった。ルーシィは息のし辛い状況の中で、され るがままにグレイに抱き締められていた。 まるで子供のようだ、と思う。寂しくて耐えら れなくて、けれど口にする言葉を知らなくて、行 動で示すしかない子供。付き合うようになってか ら、幾度となくグレイのこういう姿を見ているけ れど、いつでも唐突なものだった。そして、何度 こういうグレイに遭遇しても慣れないのがルー シィである。顔を赤く染め、心臓の音がグレイに 聞こえやしないかと思う一方で、グレイをどう慰 めればいいのか、未だにはっきりとした答えが出 ない。 知りたくて、徐にグレイの背に腕を回し、その 身体を抱き締める。途端に、グレイがびくりと身 を震わせる。その反応にルーシィも少しびくつい てしまう。いけないことをしてしまっただろう か、と思ったが、グレイはそれ以上は得に反応を 示さなかった。 ルーシィから抱き締めるのは初めてのことだっ た。言い訳かもしれないが、いつもグレイの方が 身を寄せてくるから、自分から身を寄せたいと思 う機会がなかった(グレイはあまりベタベタと くっつきたい方ではないと思っていたので、意外 だった)。

「…大丈夫…?」

抱き締めた腕を緩めて、その背中を撫でてやる。 珍しく着たままの、服の感触が少し寂しい。

「…二人きりに、なりたかっただけだ」
「…そっか」

本当にそうなのだろうか?と聞いてしまうのも悪 い気がして、ルーシィは黙ったままでいる。する と、グレイはまた少し腕に力を込めて抱き締めて くる。元の息苦しさが戻ってくるのに眩暈がしそ うだったが、ルーシィも負けじとグレイを抱き締 め返す。 そうしていれば、何も言わなくても、言葉より も多くのことが伝わっていくような気がした。

*

数十分ほどして、ようやくグレイがルーシィか ら離れる。それに合わせてルーシィも、グレイを 抱き締めていた腕を解く。そうして向き合い、改 めてグレイの表情を見る。いつもと変わらない表 情は、まだ少し気弱な雰囲気を漂わせている。

「…落ち着いた?」
「…ああ。けど…少し驚いた」
「どうして?」

訳が分からずに問い返すと、グレイが少し頬を染 めて、そっぽを向く。そして、口ごもりながら 言った。

「まさか、お前から抱き締めてくれるなんてよ」

言葉にされて、初めて自分のしたことに自覚が芽 生える。赤面するルーシィに、グレイは照れ笑い を浮かべ、その手を取った。指を重ね合わせ、 しっかりと握り込む。

「行こうぜ」
「…うん」

ルーシィの見上げたグレイの横顔には、もう寂し さはなかった。口元に浮かぶ笑みにルーシィはそ れ以上の詮索は必要ないと思い、グレイの腕に寄 り添い歩いた。

END

おまけ

「ねえ、グレイ」

ギルドへと戻る道中、ルーシィはどうしても気に なって、グレイに質問した。

「どうして、いつも唐突に抱き締めてくるの?」

その質問にグレイは少し考えてから、こう言っ た。

「そうしてぇから、そうしてるだけだけど」 「それ、答えになってないような…」

聞くだけ無駄だったか、と肩を落とすルーシィ。 しかし、気を取り直して「何か悩んでて疲れてる んなら、相談に乗るよ?」と、譲歩して言った。 すると、グレイは「別に悩んでねぇよ」と言っ た。ルーシィは少し驚いて思わず、「脱ぎ癖を治 したくてもなかなか治らないから、落ち込んでる のかと…」と突拍子もなく言った。グレイはそれに 対してすかさず「なんでだよ!」と突っ込む。

「つーか、何をどう考えたらそんなことで俺が悩 んでると思うんだよ…」
「だって、ここのとこずっとそうじゃない?評議 会からも言われてるんでしょ?」
「今更だろ」
「あと昨日の仕事から帰ってきたときも、なんか 寂しそうだったし…」
「……そんなことまでお見通しって訳かよ」

その答えにルーシィは「え?何が」とグレイを伺 う。何やら腑に落ちないような微妙な表情を浮か べていたグレイだったが、やがてポツリと「この 間の仕事先は、俺の故郷のすぐ近くだったんだ よ」と言った。

「そんでまあ、少し昔を思い出す機会があったん だよ。それで、お前の言う“寂しい”って顔になっち まってたんじゃねーの。つーか、別にそれと抱き 締めたいのとは別だかんな!」
「じゃあ、なんで抱き締めるの?」
「…それ聞くのかよ…」

赤面して口篭るグレイに、ルーシィは面白くなっ て「ねえ、なんで?」と寄り添う。豊満なそれが 無遠慮に腕に押し付けられるのを眺めながら、グ レイは出任せに「お前が好きだからだよっ」と ぶっきらぼうに言った。ルーシィはその答えに満 足したのか、満面の笑みを浮かべて「そっか」と 言った。

「(本音を言えば、ルーシィを抱き締めてると癒 されるし、あちこち柔らかくて気持ち良いからな んだけど)」

今腕に当たっているそれもしかり、と思いつつそ んな言葉を隠して赤面しているグレイの隣で、 ルーシィはようやく納得したように、笑顔を零し た。

「…つーか、さっきから何でそんな嬉しそうなんだ よ」
「だって、グレイにもいろいろあるんだなーって ことが分かって、嬉しいの!」
「んだそりゃ」
「あたしも好きよ」
「…そりゃぁどーも」

無邪気に微笑むルーシィに、グレイも釣られて照 れたように笑みを浮かべる。

「つーか、お前も自分から抱きついてこいよ」
「人前じゃ恥ずかしいじゃない」
「じゃ、俺ンち来るか?」
「今日はあいにく、家で小説書く予定でねー」
「ふーん。じゃあ、俺がお前ンち行けば問題ねぇ な」
「お茶しか出さないわよ」
「それじゃ、ギルドで食ってからにすっか」

そんな他愛もないことを言って笑いながら、二人 はギルドへと戻っていった。







百倉様より相互記念にいただきました!
素敵すぎてやばいです!

素敵な作品ありがとうございました!